EX14話:息子からの手紙
息子を妻の本家にあたる貴族の家に送り出して、二月近くが経とうとしている。
色々と不出来な息子を遠縁の、しかも貴族の家に面倒を見て貰うというのは、彼にとって恐縮してあまりある話だった。
息子が何かとんでもない粗相をしでかしてしまうのではないか。それによって、息子が辛い境遇に置かれたりはしていないだろうか。心配の種は尽きない。
息子には、妻が書いた、エトゥル宛てに挨拶と感謝を述べた手紙を持たせていた。そして、エトゥルからも手紙の返信は送られている。手紙を読んだ限り、穏やかな人格の持ち主のようで、彼はささやかに安堵した。
それから、何とか理由を見付けて息子の様子を伺おうとは思うものの、どう切り出したらいいのか分からず途方に暮れる。そんな毎日が続いていた。
書けない理由は、分かっている。一言で言えば、恐いのだ。エトゥルに対しても、不義理な真似はしていると思う。しかし、彼や息子からどう思われるかと考えると、勇気が出ない。自分について、良いように伝わっているとはとても思えないからだ。
息子には、散々立ち向かってこい。勇気を出せと言ってきた。その挙げ句は、自分は手紙一つを書く勇気すら出せない男だとは。これで騎士を名乗れるものかと自分で自分が嫌になる。
我ながら情けない。そう、彼は思った。
「あなた。手紙が届いたわ」
部屋の外から、妻の声とノックの音が聞こえた。
「ああ。分かった。誰からだ?」
「ルトゥからよ」
その言葉に、彼は心臓を握られたような気がした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
拝啓 お父様 お母様
夏の暑さも和らぎ、秋の訪れを感じるようになった今日この頃、如何お過ごしでしょうか。
少し、近況を伝えたくなってこうして筆を執らせて頂きました。
僕は、元気です。
フランシア家の方達は、みんなとても優しくて立派な方ばかりです。最初は僕も恐縮していたけれど、彼らとの生活はとても楽しく過ごしています。
体と心を癒やしながら、そして時には少し無茶もしたりしたけれど、おかげでそっちもほとんど治ったように思います。
動ける時間が増えたり、やれることが増えていくことを実感して、少しずつ自信を持てるようになりました。
勉強はまだ追い着いていないけれど、それも、ソルお姉様に教えて貰うことで、少しずつ遅れを取り戻せているという実感はあります。
ユテルさんは色々と工作が得意で、僕も時にはその手伝いを任されたりします。二人で色々と物を作るのは面白いです。
ヴィエルはとても優しい女の子です。色々と遊び相手になったりしているけれど、どのゲームもとても強くて凄いと思います。あと、話をしていてとても楽しいです。
ティリア様は自ら台所に立って、率先して料理を作る方なのですが、料理が本当に美味しいです。最近、そのせいか食欲が増しています。それで、ついつい、食べ過ぎてしまっている気もするけれど「沢山食べてくれると嬉しい」って喜んでくれるので、僕もお言葉に甘えています。
エトゥル様も、そんなご家族の方を温かく見守り、そして領民のために精一杯尽くしている立派な方です。
あと、色々と思うところがあって、剣術の練習を再開しました。カンセル=グランという方に師事しています。
後輩に王都の近衛騎士がいて、その後輩の方にも匹敵するような立派な方です。
こんな事を言うと、カンセルさんを恥ずかしがらせてしまいそうですが、僕は心の底からカンセルさんを尊敬しています。
優しく、厳しく、丁寧に剣術を教えてくれるカンセルさんは、僕の人生の師だと思っています。カンセルさんに出会えたことも、ここに来てよかったと思います。
少し、父さんにも似ている気がします。一度、特訓で無茶をし過ぎてカンセルさんに背負われて帰ったことがありました。僕ももうそんな小さな子供じゃないんですが、小さかった頃に父さんに背負われたときと同じものを感じました。
一度、どうしてこんな立派な人がと、不思議に思って聞いてみたのですが、カンセルさんはクランゼの名門騎士学校の出身なのだそうです。そして、奥さんとこの地で知り合って、そのまま暮らすことにしたんだそうです。ただこの話については、奥さんに聞くとたっぷり惚気話が始まるので、あまり触れないようにしています。
最後に、一つだけ我が儘を言わせて下さい。
どうか僕を気が済むまでここにいさせては頂けないでしょうか。大げさな言い方かも知れません。けれど僕は、ここで人生で大切なものを日々学んでいるように思います。
自分の中で踏ん切りが付いたら、必ず帰ります。そしてそのときはきっと、大きく立派になった姿を父さんと母さんに見せたいと思います。
それでは、お元気で。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
手紙を読み終えて、彼は肩を震わせた。妻が優しく、背中を撫でてくる。
目から熱いものが溢れるのを止めることは出来ない。
自分の教育が間違っていたという後悔。そして、それでも離れずにいてくれた息子の心。それが、彼の胸を抉った。
「お前はもう、立派だよ。俺なんかより、ずっと立派だ」
ようやく、彼は手紙を書くことが出来そうな気がした。
ヴィエル「ルトゥ? 手紙に私の関係については書いたの? ほら? ご両親へのご挨拶とかもあるから」
ルトゥ「え? いや、それは流石にまだちょっと気が早いというか。エトゥル様に知られたらどうなるか考えるとさ?」
ヴィエル「非道い。私とのことは遊びだっていうのね? 本気ならお父様にも堂々と言えるでしょ?」
ルトゥ「遊びだなんて、そんなわけないじゃないか。ただ、エトゥル様に認められるためにも、僕がもっとしっかりしないと」
ヴィエル「そんなに待てないわ。私はあと何年待てばいいの?」
ルトゥ「ええと(滝汗)」
ソル「尻に敷かれてますわね」
リュンヌ「これはこれで、茨の道ですね」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
―?年後―
ルトゥ「ただいま」
父&母「え~と? どちら様?(デカいなこの人。熊か?)」
ルトゥ「やだなあ。僕です。ルトゥです」
ルトゥ母「嫌あああああぁぁぁぁっ!? あの子がこんなムキムキのマッチョメンになるなんて! 返して! 可愛かったあの子を返して!」
ルトゥ「ええ~~?」
ルトゥ父「(大きくなるってそういう意味かよ)」