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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第五章:年下の男の子編】
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第92話:雑談と帰り道

 夏は日が落ちるのが遅い。

 おかげで、少しくらいなら遠出をしても、まだ暗くなるには余裕がある時間に、屋敷へと帰ることが出来る。

 そんな、夕刻に差し掛かろうという時間。帰り道でソルは眉根を寄せて唸っていた。


「まだ、気にされているんですか?」

 隣に連れだって歩くリュンヌが訊いてくる。

「だって、仕方ないじゃありませんの。あの手応えは、判断に迷いますわ」


 ソルの薬学知識を基に、色々と開発した薬は生産や質の安定化は見込みが立ってきた。供給先も順調に増えてきた。しかし、今度は生産力の増加に対して販売先が頭打ちになりつつある。それは、何とか打開したい。

 なので、ソル達は少し遠くにある街の商人や投資家達に売り込みをかけに行ったのだ。

 ただ、その手応えは良くなかった。悪かったとも言い切れないのだが。


「でも、それも承知だったはずでしょう? あの街まで、ソル様の薬の評判が伝わっているかというとそうじゃない。そこから、食い付いて貰うには、試して貰って信用を勝ち取っていくしかないのだと」

「それも、分かってはいたんですけどねえ」


 ソルは溜息を吐く。

 頭では理解しているが、期待していたのは否めない。ともあれ、完全に希望が潰えたわけでもないのだから、この先の結果は賭けるしかない。勿論、やれるだけの手は尽くしていくけれど。


「というか、ここらで止めようという気は無いんですか? 正直、この世界に来た頃に比べて、相当に懐は潤ったと思うんですけど?」

 そんな事を言うリュンヌに、ソルは唇を尖らせて見せた。


「あ、はい。全然そんな気は無いんですね。そんな気はしていましたけど」

「当たり前ですわ。前にも言いましたけれど、人生はいつ何が起きるのか分かりませんのよ?」

「分かってますよ。それで、ソル様の心配が少しでも減るというのなら、僕も何も言いません。実際、ソル様のおかげで生活が助かっている人達もいて、僕の懐も潤っているわけですし。いや、本当に倍にして返すどころじゃなくなるとは思いませんでした」

 そう言って、リュンヌは苦笑を浮かべた。


「ひょっとして、リュンヌはもう。お金はいらないって思っているのかしら?」

「そうですね。いらないとまでは言いませんけど、あまりピンときません」

「ふぅん?」

 ソルは少し、目を細めて見せた。


「あ? 何ですかその顔は? 言っておきますけど、報酬を減らしていいっていう意味じゃありませんからね? それは、きちんと正当な額を要求しますからね?」

 少し慌てた表情を浮かべるリュンヌに、ソルは微苦笑を浮かべた。


「馬鹿ですわね。そんなわけないじゃありませんの。これも、前に言いませんでしたかしら? 私、貸し借りはきっちりと済ませる主義だって。それで、リュンヌから変な恨みを買うのはご免ですわ」

「それを言うのなら、変な薬の実験台の方を控えて欲しいって、前から何度も言っているんですけどね? そっちの方で、結構恨みが溜まっているんですけど?」


「何よ? そんなにも嫌なんですの?」

「そんなにも嫌だって何度も言っているじゃないですかっ!? 特に、吐き薬系は」

 必死に訴えてくるリュンヌに対し、ソルは満面の笑顔を返した。


「本当に、そこでイイ笑顔を浮かべますね。貴女っていう人は」

 心底呆れたといわんばかりに、リュンヌは半眼を浮かべた。


「でも、そんな事言いながら、リュンヌは何だかんだで実験には付き合ってくれるんですのね。お金も、それほどもう欲しくはなさそうなこと言っているのに、視察や採集にも同行してくれて」

「それはまあ、僕はナビキャラですからね。ソル様の為に、出来る限り協力する義務があります」

「そうですわね」

 そう。そうなのだ。それはソルにもよく分かっている。この男は、決して自分に逆らえない。だから、従っているだけなのだと。


「――ただ、それとは別に。面白くもあるんですよ。こうして、ソル様の事業が育っていく様を見届けて、それに協力していくっていうのは」

「ふぅん?」

 照れくさそうに白状するリュンヌを見ながら。彼がただの義務感だけで動いていなかったことをソルは少し嬉しく思った。


「ただ、視察とかを全部僕達でやっていくのは、流石に大変になってきたと思います。そろそろ、協力者を増やすことも考えてみませんか?」

「協力者なら、既に何人もいますわよ?」

「そういう、生産や販売だけの人達じゃなくて。それこそ視察とか、契約を任せられるような人っていうことです」

 なるほど。と、ソルはリュンヌの提案に頷いた。


「今のところ、すぐにはその当ては思い当たりませんけれど、そういう方向で動いてみるっていうのはありですわね。少し時間は掛かりそうですけれど、人脈を辿っていけば誰かいい人は見付かるかも知れませんし」

 ひょっとしたら、そういった事業規模や体制的なものも、商談の手応えがイマイチだった理由かも知れない。

 一つ、問題が片付いたような気がして、ソルは頭を切り換えた。


「そういえば、話は変わりますけれど。カンセルの指導って、あなたの考えではどうなんですの? 昨日、勉強を教えたときに訊いてみたら、軽い棒を持たせて基本的な動作を徹底的に覚え込ませているって聞きましたけれど」

「適切な指導だと思いますよ。ソル様から見ても、ルトゥが苦痛を感じているような様子は無いと思っていましたけど?」


「そう。そうなのね」

 なら安心だとソルは思う。カンセルの腕を疑っているわけではないが、リュンヌもそう言うのなら、間違いないのだろう。


「なら、これからどんな指導が行われるのかっていうのは、リュンヌには想像付きますの?」

「そうですねえ? いくつか、基本の型を覚えたら、今度は体力作りだと思います」

「リオンみたいに?」

「そうですね。流石にいきなり、リオンのように一日中という事はないでしょうけれど。ルトゥの体調を見ながら、徐々にというところだと思います」


「ルトゥは強くなれるかしら?」

 ソルの問い掛けに。ともすれば突き放したようにも見えるくらいに、リュンヌは真剣な表情を浮かべた。


「すべては、彼次第ですよ」

 その声は静かで、厳しく。少し、ソルは気圧された。「強くなりますよ」といった。そんな、ソルの希望に沿った答えを返してくれるものと思っていたのだが。

 だがそれは、剣術というものを修めた人間であるが故の答えなのかも知れない。そんな、生易しい道ではないのだと。


「あら?」

 ソルは視線の先をリュンヌから外した。

 屋敷に大分近付いて、ソルは道の先にルトゥとヴィエルがいるのに気付く。ヴィエルも、おしめ交換の練習の成果を試してみたいと、今日はルトゥと一緒にカンセルの家へ行っていた。

 二人とも、ソルとリュンヌの姿に気付いているのか、手こちらに向けて振っている。

「行くわよ。リュンヌ」

 ソルは二人に向かって、小走りに駆け出した。


「ただいま」


「お帰りなさい。お姉様。リュンヌ」

「お帰りなさい。ソルお姉様」

 笑顔を浮かべて、ソルを出迎える二人。


 しかし、彼らの笑顔が、どことなく寂しげに見えたかも知れない。

 ただ「どうかしたのかしら?」と、ソルが首を傾げたときには、二人の笑顔はいつも通りで。

 だから、やはり気のせいだったのだろうと、ソルは思った。

お待たせしました。

12月の休載期間を終え、連載再開です。

出来れば、今年中には最終回まで持っていきたいものです。

4月までは、ちょくちょく休み入るかもですが。応募原稿がね(遠い目)?

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