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ゲームマスターは温泉旅行の夢を見るか(もふもふ?)

作者: 都鳥

 VRMMO『ニューズ・オンライン』のGMO(サポートAI)ジーモは考えていた。いかにしてセレーナと仲良くなるか。

 ジーモにとっては、ニューズ・オンラインの存続の次に大事な問題である。


 セレーナは、ニューズがヒモ……もとい、間借りしている『バレンタイン・オンライン』のGMOである。ウサ耳がとっても可愛い(ここ重要)。

 セレーナと仲良くなる為には、互いのGMが仲良くなるのが一番の近道だろう。そう思って、ヤジマ(ニューズGM)とタマキ(バレンタインGM)をくっつけようと画策したのに、思った以上にウチのGMは甲斐性がないらしい。

 どうしたものかとふわりふわりと飛びながら、ジーモはオタゴ王宮のまわりをぐるりと一周した。


 * * *


「というわけで、皆で旅行にでも行ったらどうかと思うナ!」


 ここは『台所くねくね』。バレンタイン・オンライン内にあるタマキ自ら作った喫茶店で、ヤジマ達が打ち合わせと称して駄弁(だべ)……いや、会合をしたり、コーヒーや甘味を味わいに来る場所になっている。味わうと言っても、VRなので実際に腹が膨れるわけではないのだが。


 今日もGM業務のついでにこの店に来たヤジマを出迎えたのは、ジーモの唐突な提案だった。


「旅行って…… 一体どこに行くんだ? というか、わざわざそんなことしなくても、クエストにならいつでも行けるじゃないか」

「ヤジマは馬鹿ナーー!!」

「って、おい! GMに対して、馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」

「乙女心のなんたるかをわかってないナ!」

「……ってことはお前はわかっているんだな?」


 すかさずヤジマが入れたツッコミを、ジーモは華麗(かれい)にスルーした。


「いつモンスターが現れるかもしれないダンジョンで、汗臭い男たちに囲まれて戦う。そんなところにムードもへったくれもあるわけはないのナ!!」

「え? ムードとか乙女心って、いったい何の話だ?」


 ジーモの言っている内容もその目的も全く見えていない(そりゃそうだ)ヤジマの耳元で、ジーモがこそりと耳打ちをする。

「旅行と言えば温泉なのナ。ヤジマはタマキGM殿の湯上がり姿を見てみたくはないのかナ?」

「はっ!!」


「温泉、浴衣! そして美味しいものナ!!」

 最後は声高く力説するように断言したジーモの言葉を聞き、タマキもポンと手を打った。


「そうよねー 温泉といえば浴衣! そして羊羹(ようかん)よね!」

 何故か三つ目の要素に、日本人ならではの甘味の名前が並ぶのは、タマキならではの「いつものこと」なので気にしてはいけない。

 こうしてなし崩し的に、まだ見ぬ温泉を目指す事となった。


「って、温泉ってどこにあるんだよ……?」


 * * *


 無い袖は振れないように、実装されていないエリアに行く事はできない。

 端的(たんてき)に言うと、『ニューズ・オンライン』に温泉は実装されていなかった。


 一縷(いちる)の望みをかけて開発陣に聞き取りをしたヤジマに返されたのは、「温泉を作る金なんざ、うちのチームにあるわけねーだろ」との言葉と、敢えて聞こえるようにされた舌打ちだった。

 そりゃあそうだ。そんなに金があったのなら、バレンタインのヒモになるような事もしなくて済んだだろうにと、ヤジマは思い返してため息をついた。



 一行が訪れたのは『バレンタイン・オンライン』内にある『温泉旅館もふもふ』である。タマキによると、今後使う予定で絶賛開発中のエリアなのだそうで、「テストプレイを兼ねて」という名目で、結局はタマキが皆を招待してくれる運びとなった。


 言い出しっぺは自分ではないとはいえ、ヤジマは自分を不甲斐なく感じていた。どうせなら招待する側になりたかったじゃあないか。

 別に自分が悪いのではない。無かった事は仕方がないんだ。悪いというなら、無茶振りをするジーモが悪い。



 今回の旅行?の参加者はタマキとヤジマ、そして二人のGMOのジーモとセレーナ、さらにタマキのオトモの様な顔をして、二足歩行の犬……もとい、獣人アバターのヘルこと成瀬が控えている。


「二人だけで楽しい思いをするのは許さん」

「こういうのは人数が多い方が楽しいわよね♪」

 そのセリフからすると、どうやらタマキが成瀬を誘ったらしい。


 辺りを見回すとこの旅館の従業員たちは、見事な程に獣人ばかりだ。

 どうやら男の獣人はヘルと同じ様な獣頭人身で、女の獣人は人の姿に獣の耳と尻尾がついている。多分誰かのシュミだろう。


 先程受付で対応してくれたのは、金髪の狐のケモ耳っ娘だし、部屋への案内の為に前を歩いている仲居さんは、黒い犬っぽいケモ耳っ娘だ。ふさふさの黒い尻尾が嬉しそうに左右に揺れている。あの着物からどうやって尻尾を出しているんだろう?とヤジマは思った。

 『ニューズオンライン』には獣人がいないので、ヤジマにはこの光景が物珍しく感じられていた。


「ここは開発の都島さんがやたらこだわってるエリアでねぇ。スタッフNPCは全員獣人なのよお」

 タマキの説明を受け、ヤジマはニヤニヤしながらヘルに話し掛けた。

「ヘル、ここで雇ってもらったらどうだ?」


 ヤジマに揶揄(からか)われてる事を悟ったヘルは、遠慮もなしにヤジマの腕にがぶりと噛みつく。

「また噛みつきか! お前、それしか能が無いのかーー」

「うるへーー」 


「また二人でじゃれてるーー ほら、行くよー」

 そんな二人を尻目に、タマキはGMOたちを連れてさっさと部屋に向かった。


 * * *


 泊まる予定はないが、一応『旅館』なので部屋に通される。いや、テストを兼ねているのなら、風呂だけでなく部屋もきっちり確認しておかないといけない。


 8畳ほどの畳の部屋に大きな座卓、その周りには座椅子が6脚据えられている。さらに6畳間が一つ。広めの縁側には二人がけの簡易な応接セットがあり、そこからは中庭の庭園を望める事ができる。なかなかにいい部屋だ。

 せっかくだからと、先程の仲居さんが淹れてくれたお茶に口を付けると、茶の香と一緒に香ばしさを感じた。玄米茶らしい。


 別にここに来るまでにも何の苦労もしていない。オタゴ王宮脇の正面扉から『台所くねくね』に入り、そこからはタマキが用意してくれた転移陣に乗っただけだ。

 でもこういう部屋に腰を落ち着けると、一息つきたい気分になるのは日本人の性らしい。


「さて、そろそろ露天風呂に行きましょうかー」

 タマキが声をあげるまで、皆ついついこの雰囲気に腰を落ち着けてしまっていた。


 * * *


 部屋からは一度受付前を通り、さらに長い廊下を進んで離れの露天風呂に向かう。

 ゲームなのだからわざわざ遠くに作る事はないのだが、敢えて離れた場所に作る事で温泉までの期待感が増すものだ。


 廊下の先に少し開けたホールがあり、ここから先には女湯と男湯ののれんが掛かっていた。

 じゃあまた後でと言い、女湯ののれんをくぐるタマキとセリーナの後から、ふわりふわりとジーモが続いた。


「おい、ジーモ! お前はこっちだろう?」

 それに気づいたヤジマが声をかけると、ジーモは悪びれもしない様子で答えた。


「ジーモはお二人のお供をするのナ!」

「はぁ!?」


「AIに性別なんてないのナ。だからジーモはどっちにでも入れるのナ」

 というわけでと言わんばかりに、タマキとセレーナの後を追って女湯に入ろうとするジーモを、ヤジマはがっちりと捕まえる。


「お前ばかりに美味しい思いはさせん!!」

「放すのナ!! ジーモは行かなければいけないのナ!! 男二人と風呂なんて、ムサいのは嫌なのナ!!」

「本音が出たな! 俺だってこんなイッヌと二人っきりで風呂なんて、嫌だぞ!」


 バタバタとせめぎ合う二人?を見ながら、タマキが微笑んだ。

「まあ、今回は私たちしかいませんし、混浴設定にしちゃいましょうか♪」


「「「混!浴!」」」


 男性二人+ジーモはとっても(とっても)沸き立った。


 * * *


 いくらここがゲームの中だとはいえ、そうそう美味しい思いはさせてはもらえないらしい。混浴だろうと男女別だろうと、ここの風呂は水着着用なのだそうだ。


 VRであろうとゲームでは実際のプレイヤーとキャラクターを同じ性別にする必要はない。男湯女湯と分けたとしても、プレイヤーの性別がそれに沿っていない可能性もあるのだ。

 その為に、男女別の風呂でも水着は着用するように。そういう決まりになっているのだそうだ。


 いや、水着姿だとしても美人と一緒の風呂というのは…… いいもんですよね。



 カポーン(風呂っぽい擬音)



 ゆったりと首まで湯につかり、大きく息を吐く。吐いた白い息は、あっという間に温泉の湯気に紛れてわからなくなる。

 温泉の温かさをめいっぱい堪能できるように、露天風呂の周辺だけ冬の外気温にしてあるそうだ。


「いやー いいですね」

「寒い中で入る温泉、サイコー!」

「これで雪でも降れば、いいシチュエーションなんだがなぁ……」


 深く考えもせずにヤジマが漏らした言葉に、タマキが上機嫌で答える。

「雪、降らせられるよ~~ ねぇ、セレーナ♪」

「はい、お手の物ダニーー」

 セレーナGMOがくるくると飛びながら返事をすると、空からはらはらと白い雪花が舞い降りてきた。


「そんな簡単に……いいんですか? この時期に急に雪が降ったら、バレンタイン・オンラインのプレイヤーさんたちが驚くのでは?」

「うちはサーバー毎にエリア分けしてあって、それぞれに異なる天候設定をしてあるから大丈夫よ。地域によって天気が違うのは当然でしょう? この『もふもふ温泉』は使ってない古いサーバーにテスト環境を置いてあるから、他には影響しないわよ」


 なるほど、とヤジマは感心した。

 自分がニューズ・オンラインのGMに就任した時には、よくわからずにゲーム内の天気をランダムにしてしまい、後に騒ぎになってしまった。それとは違い、さすがに人気ゲームだ。そこまでちゃんと考えられて設定されている。


「ところで使っていないサーバーって、ニューズが間借りさせてもらってる物ではないですよね」

「うん?……」

 ヘルの言葉を聞いて、タマキが少し首を傾げた。


「あれ…… 使ってる……かも??」

「って、サーバー毎って言いましたよね!? じゃあ、ここと同じサーバーのマップには……」

 周りを見ると、すでに雪は露天風呂の周りを避ける様に地面をうっすらと白く覆っている。


「ヤジマ、冬でもないのに急に雪が降り始めたと、プレイヤーから問い合わせが来たのナ」


「うわああああ!!! もう良いですから雪を止ませてくださいーーー!」



 せっかく良い風情だったのにーと少しタマキが不満げにボヤく。

 一応は丸く収めたとはいえ、雪で大変な目にあったばかりだ。こんな理由でまた無駄に騒ぎを起こす事は控えたい。


 雪が止んでまた太陽が顔を出すと、地面を覆っていた雪はあっという間に陽の光の中できらきらと溶けて消えていった。

 このくらいの雪なら、プレイヤーたちの畑の作物をダメにしてしまう事態にはならずに済んだだろう。

 ヤジマはほっと胸を撫で下ろした。


「ヤジマ、せっかく雪が降ったのにあっという間に止んだから雪中野菜が収獲出来なかったと、プレイヤーから問い合わせが来たのナ」


「え……」


 * * *


 風呂の後はもう一つのお楽しみ、お食事タイムである。しかも部屋食だそうで、気分良くホカった一行が部屋に戻ると、ご馳走らしきものの準備がされていた。


 らしきもの、と形容するには理由がある。並べられた皿に載っているのは、殆どが黒くてぷるっとしている何かだった。


「タマキさん…… なんで食事が羊羹ばかりなんですか!?」

「だって、美味しいものが沢山並んでたらとっても嬉しいじゃない」

 ヤジマもヘルもよーく知っている。タマキは無類の羊羹好きなのだ。


 ニッコニコと悪びれずに言うタマキの隣で、ヘルはもう食事に手をつけ始めていた。

「お前、先輩の用意してくれたご馳走にケチをつけるのか?」

「ヤジマはワガママなのナ!」

 ヘルとジーモの二人がかりで責められると、流石に立場がない。


「いや…… ケチをつけるわけじゃ無いけれど、限度ってものがあるだろう??」

 タマキには聞こえぬように、ヤジマはジーモにこそりと耳うちをした。


 これはいけない。今回は自分たちだけだからまだいい。でももしも本稼働でも羊羹づくしなのだとしたら…… ここで阻止しておかないと。

 そう思ったヤジマは意を決してタマキに進言した。


「タマキさん」

「うん?」

「羊羹が美味しい事はよくわかります。でもいくら美味しい物でもそれが沢山あり過ぎるのは、逆にありがたみがなくなると思うんですが……」


「ふむふむ?」


「お腹が空いた時ほど食事が美味しく感じるし、喉が乾いた時ほど飲み物がありがたく感じます。甘いものの後に甘いものでは、羊羹の素晴らしさが伝わりません!!」


「……なるほど!! じゃあ、甘くないものの後に羊羹を出せばいいのね」


「その通りです。ありきたりかもしれませんが、ちょっとだけ豪華な普通の食事の最後に、特別な羊羹を出された方が、より効果的かと!」


「そうね、最後の〆に美味しい羊羹! やっぱり君たちに見てもらって良かったわ。本稼働の時にはそうするわね!」


 タマキの理解は無事に得られた。しかし、今のこの状況が変わるわけでは無いらしい。

 ヤジマは覚悟を決めて、目の前の羊羹フルコースに箸を伸ばした。


 * * *


 今回はテストという事で、一通り施設を試して回った。卓球、カラオケ、ダーツ、ビリヤード。ちなみにこれらの遊戯施設は課金なのだそうだ。


 そんな贅沢な施設が作れるのも、『バレンタイン・オンライン』が人気のゲームだからこそだろう。

 弱小ゲーム『ニューズ・オンライン』は、まずサ終|(サービス終了)を免れるところからだ。でも、そのうちにはこんな楽しみをニューズの中でも味わえるようになりたい…… ヤジマは改めてそう思った。


 ゲームの中とはいえ、温泉旅館を堪能してリフレッシュする事が出来た。タマキの水着姿も湯上り姿も拝むことが出来た。少なくともヤジマにとっては、満足のいく旅行だった。

 はずなのだが……


 流石に夕飯の羊羹フルコースは、VRとはいえ胃にもたれ、うっぷと言いながら腹をさすった。


「流石にしばらく羊羹はいいかな……」


 そう思う山田(ヤジマ)の元に、テストの礼だと言って羊羹が届けられたのはその日の内の事であった。


====================


 追記1:届けられた羊羹は成瀬(ヘル)が殆どを食べ尽くした。


「環(タマキ)先輩の羊羹はお前なんぞにはやらん」

「そ……そうか……(汗)」


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 追記2:ジーモの企みは失敗に終わった。


「まあ、セレーナとも楽しく過ごせたから今回はよしとするナ! 次の作戦を立てるんだナ!」


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 追記3:ヤジマの預かり知らぬところで、敵ができた。


「都島さん。甘いものばかりだと甘いもののありがたみが感じられないように、獣人ばかりだとケモ耳っ娘のすばらしさが伝わらないって言われたわよ」(※言ってません)

「!! なんですって!?」

読了いただき、ありがとうございました!

よろしければ原作の方もお楽しみください!


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