第1話 ヲタクに優しいギャル
さて、まず状況を整理しよう。
俺の部屋には今、幼馴染のギャルが遊びに来ている。
で、相談したいことがあると神妙な面持ちで言ったかと思えば――
「えと……ちーくんってHな本とかゲームとか持ってるんだよね……? お、幼馴染を助けると思って、アタシにHなこと教えてくんない!?」
そんなことを言われてしまった。
――真っ白になる頭の中。
――それとは逆に高鳴っていく胸の鼓動。
しがないヲタク人生を歩んでいたのに、まさかこんなイベントが起きてしまうなんて――――
☆ ☆ ☆
「おはよー」
「おはよ! 昨日のドラマ見た?」
「あ、見た見た! 新しく始まったヤツ、面白かったよね!」
道行く女子高生たちが、朝からそんな会話で盛り上がっている。
俺が今歩いている通りは『星条高校』に通うほとんどの学生が使う通学路で、彼女たち以外にも友人と一緒に登校している者たちが多数。
「……」
そんな中――俺は一人でスマホの画面を見つめながら学校に向かっていた。
画面に映るのは、昨日動画配信サイトで配信されたばかりの新作アニメ。
こうしてアニメを見たりゲームをやったりしながら登校するのも、俺の日課だ。
俺の名前は胡桃沢 知晶。
現在『星条高校』に通う高校2年生。
スポーツが嫌いでサブカルチャーが大好きな、言わば〝ヲタク〟である。
趣味はアニメとゲーム(特にPCゲーム)、それからこっそり集めている薄い本とR18なエロゲを少々。
そんな俺は周囲の学生たちと比べれば、まあ少しばかり寂しい奴に見えるのかもしれない。
とはいえこうやって画面を眺めながら登校するのも、俺にとっては小さな幸せ――なのだが、
「ちーくん、はよーっす! なになに、またアニメ観ながら登校してんの? 今度はなんてアニメ?」
そんな活気と陽気に満ちた声と共に――俺の背中にガバッと抱き付いてくる一人の女子。
やや着崩した制服と、かなり明るく染めたサイドテールの髪。
そして無駄に気合いの入ったアイメイクと、美少女といって差し障りない整った顔立ち。
そう、世間一般では〝ギャル〟と呼ばれる存在が、ベタベタと俺に引っ付いてくる。
「……なんでもいいだろ。っていうか邪魔しないでくれよ、俺は静かにアニメを観たいんだから」
「ひっど! 最近ちーくんってば冷たすぎない!? アタシはちーくんをそんな子に育てた覚えないし!」
「俺はお前と一緒に育った覚えはあっても、お前に育てられた覚えはない」
――そう、なにを隠そう、俺とこのギャルは所謂幼馴染の関係なのだ。
彼女の名前は樋山 春華那。
俺と同じ『星条高校』の2年生で、ギャルと陽キャとパリピって言葉を3で割らないどころか3乗するレベルのギャル。
俺の胡桃沢家と彼女の樋山家は家が隣同士で、物心ついた頃には一緒に遊んでいた。
そして小学校、中学もずっと一緒だったのだが、高校に入る頃には俺は陰キャなヲタクに、彼女は陽キャなギャルになっていた。
だからもう幼馴染という接点以外全く異なる人生を歩んでいるはずなのに、俺らの腐れ縁は続いてしまっている。
春華那はクラスどころか校内カーストでも超上位勢で、その底抜けに明るい性格から男女問わず友人の数もかなり多い。
さらに見た目こそ不良っぽくはあるが問題児ではないため、服装を除いては教師陣からの評価も上々とまさに人気者。
……友人も少なく地味で教師からの評価も平凡、おまけにヲタクな俺とはなにかもが違う存在だ。
だから、彼女が俺に構う理由などないはずなのだが――
「それにそれに、朝は一緒に学校行こうっていつも言ってるじゃん! せっかく家が隣なのに、一人で登校とかつまんない~!」
「他の友達と一緒に行けばいいだろ。俺はこの時間に少しでも新作を見たいから」
「ふ~んだ! じゃあいいし! アタシもちーくんと一緒にアニメ見ながら学校行くもん!」
完全に身体を密着させたまま、俺の持つスマホの画面を覗き込んでくる春華那。
勿論彼女はアニメ鑑賞が趣味なワケでもないし、全くもってヲタクではない。
だが俺のヲタク趣味を見慣れてしまったせいか、こういうアニメとかゲームに全然拒絶反応を示さないのだ。
――ぐいぐいと背中に押し付けられる、温かく柔らかな二つの物体。
ふよんふよんと背中に伝わってくる感触から意識を遮断し、俺はアニメの展開に集中する。
あーもう、コイツは羞恥ってモンがないのか……?
「ふぇ~、なんか面白そうなアニメだね、コレ。あ、この女の子カワイイ~! ちーくんもこーいう子が好きなん?」
「まあ……このキャラは好きだけど……」
「ふ~ん? それじゃあアタシがコスプレ?っていうの? やったげよっか? ちーくんが見たいって言うならやってもいいケド~?」
「見たくない。全く……ほら、もう黙って観てろ」
――いや、本当は見たいけど。
でも幼馴染にアニメキャラのコスプレをさせる趣味なんて俺にはない。
それに春華那にコスプレさせたなんて学校で広まったりすれば、それこそ居場所がなくなってしまう。
下手をすれば、春華那の男友達にリンチにされかねん……考えるだけで恐ろしい……
こうして一緒に登校する姿を見られるのだって、かなり周囲からの視線が痛いのに……
とはいえ、これも俺にとっては日常であり、小さな幸せだ。
人が来るこそうるさけれ、とは言うもののお前ではなし――なんて言葉があるが、俺にとってそれは彼女のことを指すのだろう。
春華那が心の奥底で俺をどう思っているのかは知らないけど――俺にとって彼女は大事な幼馴染であり、親友なのだから。