第九話
さんちも様より素敵なレビューを頂きました。
さんちも様、ありがとうございました。
宇宙暦四五一七年八月十日。
私の生活は激変した。
巡航戦艦ベンボウ12号では艦長であったマーティン・グリント大佐が体調不良で旗艦付となり、副長であったハリー・ミルワード中佐が査問会議に掛けられるため、二人とも昨日のうちに艦を離れている。
その代わりに査察官として艦を訪れていたダイアン・フォーサイス大佐が艦長代行となり、精力的に乗組員たちと交流していた。
副長代行には情報士のヴィオラ・デンプスター少佐が就いた。少佐は私の指導官にも当たるため、今後の教育方針の説明を受けている。
「まずは体調を回復させることが一番重要ね。キャメロットに戻れば、オーバーホールに入るから、休暇を取りなさい。戻ってから三ヶ月で必要な実績を積んでもらうから、任官試験は五ヶ月後くらいになるわ。他の人より半年遅れになって申し訳ないけど、こればかりはどうしようもないわ」
士官学校を優秀な成績で卒業した候補生は通常一年以内に任官試験を受ける。既に卒業から一年以上経つが、私の場合、受験資格であるシフト勤務の日数が足りないため資格がない。
また、第五艦隊は二ヶ月間の定期修繕に入ることから、宇宙空間での勤務実績を積むことができない。
「それは構いません。それよりもしっかりと学びたいと思っています」
「よい心がけよ。あなたの場合、知識は十分、足りないのは経験だけだから、しっかりとその経験を積むように」
他には先任候補生のネッド・イーリィ候補生も旗艦に移っている。彼の場合、ミルワード中佐の査問会議の証人という建前だが、士官としての資質なしということで、士官候補生として艦隊に残ることはできないそうだ。
聞いた話では、退役するか、技術兵としての教育を受けるかの選択を迫られ、退役することにしたらしい。
他の士官候補生については、イーリィ候補生に強要されていたということでお咎めなしだが、当分任官試験を受けることはできないと聞いている。
任官試験を受けるためには、六ヶ月間のシフト勤務実績は最低条件で、佐官以上の推薦があって初めて受験できる。二人の先輩はその推薦を受ける水準に達していないとデンプスター少佐が零していた。
ミルワード中佐が任を解かれた後、軍医の診断を受けたが、想像以上に身体はボロボロだったらしい。
本来なら常時PDAを通じて血圧や心拍数などは計測されており、ドクターは乗組員の健康状態をある程度把握しているはずだが、副長が私のデータに小細工をしたため、ドクターも私の状況を把握していなかった。
当初は一日程度休養してから通常のシフトに戻る予定だったが、五日間の入院を命じられるほどで、アテナ星系からキャメロット星系に向かう超空間に入るまで、艦の病室に入っていた。
「若いから何とかなったが、三十代なら病死していたかもしれん。これは嫌がらせ行為というより殺人行為だ」
ドクターはそう言って憤り、私の診断結果がミルワード中佐の査問会議の証拠として提出されたと教えてくれた。
その査問会議の結果だが、ミルワード中佐は職務怠慢により、退役を勧告され、それに従うことになった。
艦隊内には殺人未遂で軍法会議に掛け、懲戒免職に当たる不名誉除隊にすべきだという声が多くあったが、艦隊内での処分に収める必要があることと、被害者である私が告発していないことから、比較的軽い処分となった。
私自身、納得しがたかった部分は多々あったが、告発することによるデメリットが大きすぎて、艦隊司令部の提案通りにするしかなかった。
ただし、秘密裏に軍務省の人事局が動くことになるらしく、過去の不正を暴き、除隊後に告訴し、不名誉除隊扱いにするのではないかと聞いている。
これらの情報は見舞いにきた准士官や下士官たちから教えてもらった。父や兄からも聞いたことがあるが、彼らには独自のネットワークがあり、艦隊司令部より先に情報を得ていることすらあるらしい。
キャメロット星系に戻ってきた。
体調は通常の勤務ができるほどにまで回復していたが、第四惑星の衛星軌道上にある大型兵站衛星プライウェンに入港したため、勤務自体が少なくなった。
艦長から休暇を取得するように命じられているため、それに従ったが、結局プライウェンから出ることができなかった。
理由は兄に対する報道が過熱しており、ここで私が地上に降りたら取材攻勢を受けることになるためだ。
ミルワード中佐の件は今のところ外部に漏れていないが、私に対する取材が増えれば、少尉任官試験を受けていないことを嗅ぎつけられ、そこから外部に知られてしまう可能性があった。
ちなみに少尉任官試験の遅れについては体調不良が原因とし、私を含めた関係者が口裏を合わせることになっている。
「ここまで酷いとは思わなかったわ」と艦長も呆れていたが、すぐに別の案を提示してくれた。
「プライウェンの高級ホテルはどうかしら。娯楽施設も結構あったはずだし、メディアも入り込めないから、追い回される心配はないわ。もちろん、軍が支払うからあなたの負担はないわよ」
プライウェンには軍関係者の家族たちが宿泊できるホテルがいくつかある。その中には将官級の家族が宿泊する高級ホテルもあり、艦長はそこに泊まってはと提案してきた。
「ありがとうございます。ですが、艦に残っていた方が気が楽なのですが……」
父も予備役准将とはいえ、一応将官級なので父が来るならおかしくはないが、士官候補生には敷居が高すぎる。
「そうね。確かにいきなり提督とすれ違ったら落ち着かないわね。分かったわ。艦に残ることは認めます。ですが、出来る限り身体を休めるように」
結局、二ヶ月間、艦に残ることになった。同室の先輩たちはほとんど艦に残らなかったので、四人部屋を個室のように使え、意外に休めた気がする。
他にも工廠の技術者たちと話す機会が多かった。技術者たちも兄のことで憤っており、私に対して思った以上に優しく接してくれたため、有意義な時間を過ごすことができた。
オーバーホールを終えると、キャメロット星系内での演習が始まった。これは初期故障を発見するためと、オーバーホール期間に行われた人事異動で移ってきた乗組員たちの慣熟訓練を兼ねている。
ベンボウ12号には新たに副長が着任したが、艦長と副長というトップ2が短期間で、かつ、まともな引継ぎもなく交代するという前代未聞の状況だ。
そのため、訓練の最初の頃はちぐはぐな対応が目立ち、戦隊司令部からの叱責を何度も受けている。
しかし、優秀な艦長であるフォーサイス大佐は一週間もかけずに艦を掌握した。その手腕は見習うべきことが多かった。
オーバーホール後の演習を終えると、通常はキャメロット星系内で待機となるのだが、ゾンファ共和国方面がきな臭くなったため、大艦隊での演習が実施された。
艦隊の規模は五個艦隊と二万隻以上が参加し、我々もその演習に参加している。演習は多岐に渡り、高機動艦と主力艦を分離しての複雑な艦隊機動や要塞攻略演習なども行われている。
第五艦隊は可もなく不可もないという感じだが、兄がいる第三艦隊の評判が悪かった。その当時の私にはどこがと明確に言えなかったが、見ていると何となく一拍置くような微妙な遅れがあったのだ。
逆に第九艦隊は素晴らしいの一言に尽きる。
第九艦隊は鈍重な戦艦が一隻も存在しない高機動艦隊で、巡航戦艦を先頭に重巡航艦、軽巡航艦、駆逐艦がサメの群れのように縦横無尽に宇宙を駆けていた。
その雄姿に第九艦隊を希望する士官が多数出たと聞いている。私もその一人だ。
大艦隊での演習の中で面白い訓練を見た。
それは戦艦と砲艦がペアとなって円形陣を作るというもので、最初はどういう意図があるのか全く分からなかった。
上官たちも同じだったようで首を傾げていたが、フォーサイス艦長は士官と士官候補生を集めて、その奇妙な訓練の意図を説明してくれた。
「総参謀本部からの情報ですが、あれは超遠距離砲撃用の陣形だそうです。脆弱な砲艦を戦艦の陰で守りながら、戦艦と砲艦の主砲を一斉に発射することで、要塞砲に匹敵する出力を作り出すことができるのです」
要塞砲の出力は30ペタワット(30兆キロワット)で、標準的な戦艦の主砲の出力である20テラワット(200億キロワット)とは桁が違う。
標準的な艦隊には百隻の砲艦があるが、仮に七個艦隊の砲艦と同数の戦艦を集めたとすると、計千四百隻になる。その主砲の合計出力は28ペタワットとなり、理論上、要塞砲に匹敵する出力となる。
「ですが、机上の空論ではありませんか? あのような特殊な陣形で三十分近く慣性機動をしていればいい的になってしまいます。
戦術士のパトリック・チャットウィン少佐が発言する。その考えに同意する者が小さく頷いている。
「そうかしら? ミスター・コリングウッド。あなたの考えを聞かせてほしいわ」
突然の指名に驚き、「了解しました、艦長」と答えるが、すぐに答えが思い浮かばない。
「私の考えですが……」と言って時間を稼ごうと思ったところで、今のやり取りを思い出した。
「一度であれば奇襲に使えるのではないかと考えます。初めて見た時にどのような意図があるのか判断が付きませんでした。高機動艦による陽動などを組み合わせれば、敵も罠を警戒してすぐに手を出してこないのではないかと考えます。以上です、艦長!」
「さすがはコリングウッド少佐の弟ね」と艦長は笑った。
私の顔に疑問が浮かんだところで、艦長が説明を始めた。
「この運用を考えたのは“崖っぷち”ことクリフォード・コリングウッド少佐だそうです。“賢者”もミスター・コリングウッドと同じ見解だと聞いています」
“賢者”とは総参謀長のアデル・ハース中将のことだ。
その一言で士官たちが一斉に私を見た。
「使う機会があるかは別ですが、面白いことを考えるものですね。総参謀長はこのような新たな提案を歓迎すると明言されました。何かよいアイデアを持っているのなら、戦術研究論文として副長に提出してください。副長と私が検討に足ると判断しましたら、艦隊本部に上申します」
そう言われても新たな戦術などすぐに思いつくはずもないと思っているのか、誰も反応しなかった。
「候補生はこの戦術の運用方法についてレポートを作成しなさい。ただし、各自相談はしないように。次のシフトで完成させ、副長に提出すること」
兄のお陰で宿題が与えられてしまった。しかし、この宿題は兄の考えをなぞることになるため、面白そうだと思った。
要塞攻略、拠点防御など、常識的な使い方から考えていくが、次々と弱点が浮かび、使えないことが分かった。
次に艦隊戦での使い方を考えていくが、静止または慣性航行しているだけではステルスミサイルの的になるだけで使えない。
兄ならどう考えるかと頭をひねるが、最後までいいアイデアは思いつかなかった。そのため、苦し紛れで考えた、“あえて弱点を晒す陣形を見せることで、劣勢な敵を引きずり出し、遠距離からの砲撃で相手を崩して高機動艦隊で止めを刺す”という常識的な案をレポートにして提出した。
それでも艦長の評価はよかった。
「私ではせいぜい拠点防御くらいしか思いつかなかったわ。間違っても要塞攻略には使えないし。まさか艦隊決戦に使う案を出してくるとはね」
「ですが、敵を引きずり出すと言っても相手が乗ってこなければ意味がありません。その作戦を考える方がよほど難しいと思います」
「そうね。その辺りは賢者殿が一番分かっていると思うのだけど」
「総参謀長閣下も使うつもりはないのではないかと思います。敵も愚かではありませんし、砲艦はともかく、貴重な戦力である戦艦を無為に無力化することになりますから」
「では、どうしてあれほど訓練させているのかしら?」
「砲艦戦隊の士気向上ではないかと思います」
「それはありそうね」と艦長は頷いた。
兄が配属された砲艦戦隊は非常に評価が低く、配属されている者たちの士気は最低と言っていいほど低い。しかし、彼らも戦力として活用するつもりがあると総司令部が見せることで、砲艦乗りたちの士気を上げようとしているのではないかと考えたのだ。
約八ヶ月後のSE四五一八年六月に、私の考えが誤りだったことが分かった。
第三部の導入部分あたりの話になります。
これからは隔日で更新していきます。