第六話
訓練航宙を終え、キャメロット星系に戻ってきた。
いくつかの失敗を重ねたが、この訓練で少しは成長できたのではないかと思っている。
訓練航宙から戻ると、七月一日の卒業まで残りは三ヶ月。といってもカリキュラムが楽になることはなく、厳しい訓練は続いていた。
残り二ヶ月を切った五月中旬、担当教官から士官候補生として配属する艦の希望を聞かれた。
私は巡航戦艦を希望したが、そのことに驚かれてしまった。
「軽巡航艦や駆逐艦でなくともよいのかな? 君の成績ならどの艦種でも選びたい放題だが」
教官が言う通り、士官候補生に人気があるのは小型艦だ。
理由は独航もしくは少数の艦で任務に当たることが多く、大型艦にありがちな単調さがないことと、士官候補生が一名、多くても二名ということで、人間関係で悩むことが少ないためだ。
「巡航戦艦のことを知っておきたいのです。士官になってからでは聞けないことでも候補生の間であれば聞けますから」
私の目標は他の訓練生と同じく、巡航戦艦の艦長となることだ。そのためには艦のことをより知っておく必要がある。
しかし、士官であれば准士官はともかく、下士官や技術兵にこと細かに聞くことはできない。准士官に聞くにしても、彼らは常に忙しいから際限なく教えを乞うことはできないだろう。
その点、候補生の間なら下士官や技術兵に話を聞くことは推奨されこそすれ、遠慮する必要は全くない。
「しかしだな……大型艦は候補生の数も多いし、気苦労も多いと思うのだが、本当にいいのか」
「構いません」ときっぱりと言ったが、この決断を後に後悔する。
宇宙暦四五一六年七月一日、卒業式の当日、私は次席という自分でも上出来の席次で卒業することになった。
他の卒業生は入学式と同じくヴァーチャルであるが、席次百位までの者は会場に入ることができる。
首席は最後まで一度も譲らなかったコンスタンシア・ロングフェローだ。一時期、訓練航宙の結果を踏まえ、私が首席になるのではと言われたが、総合力では彼女の足元にも及ばないと思っていたので、この結果に驚きはない。
軍の高官や校長があいさつを行い、コンスタンシアが答辞を述べる。それが終わると、彼女は王太子エドワード殿下より証書と恩賜の短剣を受け取り、殿下から直々に士官候補生の階級章を襟に仮止めしてもらう。
次の瞬間、万雷の拍手が湧き、軍帽が講堂に舞った。
軍の広報の取材を受けた後、解散となるが、コンスタンシアから声が掛かった。
「あなたがいてくれてよかったわ。目標ができたから」
「それは私のセリフだよ。これからは別々の道を往くが、元気で」
そう言って右手を差し出した。
卒業式が終わると、早い者はその場から配属先の艦に向かう。
私は七月十二日に第四惑星ガウェインの衛星軌道上にある大型兵站衛星プライウェンに入港している第五艦隊所属の巡航戦艦ベンボウ12号に入った。
ベンボウ12号は俗にアドミラル級と呼ばれるフッド級で、攻撃力に特化している巡航戦艦の中でも更に攻撃力を強化した最強の巡航戦艦だ。
全長850m、全高160mの大きな艦体を見上げながら、舷門から艦に入っていく。
当直の下士官が立っており、敬礼で迎え入れてくれた。
「ようこそ、本艦へ」
その敬礼に答礼を返し、
「着任の報告に行きたいのだが、どこに向かったらいいだろうか」と尋ねる。
本来なら個人用情報端末に着任時の手続きに関する情報が送られてくるはずなのだが、何かの手違いで届いていなかった。
「こっちにも連絡はないですな。艦長室、戦闘指揮所、士官室は全部Cデッキにありますから、そこまで上がって聞いてみてはどうですかね」
「ありがとう。そうしてみるよ」
そう言ってエレベータに向かった。
Cデッキに上がるものの、士官に会うことができない。入港中とは言え、着任していない士官候補生がCICに向かうのもためらわれるし、それ以上に艦長室は敷居が高い。
通常なら副長の個室で着任のあいさつをすると聞いているため、ワードルームに向かうことにした。
ワードルームの前には警備の宙兵隊員が歩哨として立っていた。
「本日着任したファビアン・コリングウッド士官候補生です。副長に着任の報告に来ました」
宙兵隊員は聞いていなかったのか、顔に疑問符が浮かんでいる。しかし、PDAを使って上位者に確認してくれた。
五分ほどやり取りをし、ようやく行き先が決まったのか、宙兵隊員はうんざりとした表情で行き先を教えてくれた。
「副長がお会いになるそうです。中にお入りください」と言った後、
「副長には気を付けてください。若くて優秀な人には辛く当たるので」と小声で付け加える。
それに小さく頭を下げて応えるが、幸先が悪いと気が重くなった。
ワードルームに入ると、すぐにラウンジがあり、数名の士官が寛いでいた。そこで一度立ち止まり、敬礼を行った後、最も奥にある副長のキャビンに向かった。
キャビンはすぐに見つかり、ノックをすると、プシュッという小さな音とともにドアが開いた。
部屋に入ったところで敬礼を行い、着任の報告をしようとしたが、
「遅かったな、ミスター・コリングウッド」と答礼もせずに言われてしまう。
「申し訳ございませんでした。中佐」と頭を下げておく。
事前に着任時刻を連絡しているし、まだその時間を過ぎたわけではないため、理不尽だと思いながらも一応謝罪した。父や兄から理不尽なことにいちいち反応していたら軍ではやっていけないと言われているからだ。
素直に謝ったことでそれ以上、追及されることはなかったが、不機嫌そうな顔をしているままだ。
「ファビアン・ホレイショ・コリングウッド候補生、着任いたしました」と言ってもう一度敬礼する。
「副長のミルワードだ」と着任を認めたことすら言わずに名前だけ告げる。
「士官学校では次席だったそうだが、そんなことは忘れてしまえ! 分かったな!」
怒りを込めた感じの耳障りな高い声だった。これからこの声を毎日聞くことになるのかと思うと気が滅入るが、そのことはおくびにも出さずに宙を見つめて返答する。
「了解しました、副長!」
「この艦ではお前の兄のように運よく任官できるなどということはないぞ! 次席だろうが、仕事を覚えぬうちは任官試験を受けさせることはない! そのことは肝に銘じておけ!」
「了解しました、副長!」
副長の目を見ないようにしてそれだけ答えておく。
「ガンルームに行って先任候補生のミスター・イーリィの指示に従え。分かったな!」
「了解しました、副長! ミスター・イーリィの指示を受けるため、ガンルームに向かいます!」
念のため復唱したためか、“ちっ”という舌打ちが聞こえてきた。
副長のキャビンを出た後、ワードルームを出てガンルームに向かった。
アドミラル級の巡航戦艦は全長850m、全幅120m、全高160mで総重量425万トンにも達する大型艦だが、攻撃力に特化しているため、居住性が劣悪だと言われている。
十層ある甲板のうち、士官候補生に割り当てられる士官次室は上から五層目のEデッキにある。ミサイル収納庫に挟まれており、通路の両サイドに四人部屋が三つと四人部屋と同じ面積のラウンジスペース、共用のトイレとシャワールームがあるだけだ。
このガンルームに准士官六名と士官候補生四名の計十名が住むことになる。
開いているドアの隙間から四人部屋の中が見えた。そこには二段ベッドと小さな机が二つしかない。
訓練航宙で乗ったハートオブオーク1号はカウンティ級重巡航艦の改造艦であり、比較的広い居住スペースがあったが、ベンボウ12号では半分程度しかないと思えるほど狭い。
士官候補生に割り当てられている部屋の前には士官候補生が立っていた。
「先任候補生のネッド・イーリィだ。お前がコリングウッドか?」
そう言いながらこちらを睨んでいる。本来なら候補生には“ミスター”または“ミズ”の敬称を付ける必要があるのだが、呼び捨てにしていた。
「ファビアン・コリングウッド候補生です」と言って敬礼するが、予想通り敬礼を返すことなく睨んでいる。
敵意をむき出しにしており、溜息を吐きたくなるが、何とか我慢する。
ミスター・イーリィは私の三期先輩だ。つまり兄の一期後輩だが、未だに少尉任官できていない。後に知ったのだが、この時すでに二回試験に落ちていた。そのため、既に大尉になっている兄クリフォードのことを罵る言葉を何度も聞いている。
士官候補生としての生活が始まったが、最初の印象通り、最悪の環境だった。
最初の三ヶ月はまだマシだった。備品のチェックや調理場の衛生管理などの雑務ばかりだったが、それはそれで勉強になったからだ。
しかし、半年が過ぎても、戦闘指揮所や緊急時対策所に入れることは稀で、任官試験に必要なシフトの業務の実習をさせてもらえない。
ちょうどその頃、兄クリフォードが出世コースである上級士官養成コースに入ったという情報が入った。
これを機にミルワード中佐の私に対する対応は更に悪くなる。
それでも何とか我慢できたのは卒業前にブランドン・デンゼル少佐と話をしたからだ。
「これから君は厳しい立場になるだろう。周囲からは期待だけが寄せられるわけじゃない。それ以上に嫉妬されることを覚悟しておいた方がいい」
「それは嫌ですね」と言って苦笑すると、少佐は笑顔で私の肩を叩く。
「少尉に任官しさえすれば実力を発揮できる。もし、任官後に上手くいかなかったら、それは自分の実力だからと諦めはつくだろう」
「そうなると、候補生の間が大変そうですね」
「そうだな。だが、候補生でいるのは一年間だけだ。我慢できない期間じゃないだろう?」
卒業時の席次が百位以内の者は体調を崩すなどの特別な理由がなければ、一年以内に少尉になることがアルビオン王国軍の慣例だ。これは士官学校での努力が無駄ではないことを示し、学生たちのやる気を引き出すためと言われている。
そのため、長い軍の歴史の中でもこの不文律が破られたことはほとんどない。そのことが心の支えだったが、その不文律すら私の場合は無視された。
九ヶ月目を過ぎた頃にようやくCICやERCでの業務に従事させてもらえたが、指導官である副長からはほとんど何も教えてもらえず、怒鳴られてばかりだった。
先輩の士官候補生たちに聞くが、彼らは私がいないように振舞い、完全に無視していた。唯一、先任のイーリィ候補生だけは反応を示すが、それは嘲笑か、罵倒だけだ。
それだけでも心が折れそうだったが、更に辛かったのは追加勤務だ。
十ヶ月目のSE四五一七年六月、艦隊はアテナ星系に入り、完全なシフト勤務に変わった。
戦闘の恐れがある星系においては、四時間ごとのシフトに従い、四時間勤務し八時間休憩を繰り返す。しかし、私だけは副長からシフトの後にも追加勤務が必ず命じられた。
追加勤務は兵装や補助設備の整備状況の確認や、専門外の対消滅炉の運転状況の確認などだ。それが丸々四時間あり、私の睡眠時間は二十四時間で四時間を切っていた。
機関長や掌砲長、掌帆長たちは私の体調を気づかい、追加勤務中に休憩を摂ることを勧めてきた。しかし、副長や先任が私のバイタルを常に監視しており、睡眠状態であることを見つけると懲罰される可能性があった。そのため、彼らの気遣いに感謝するものの、それを断っていた。
六月下旬、私の心は完全に折れていた。
士官学校の同期が任官試験に合格し、少尉になったという情報が入ってきたためだ。
任官試験を受けるためには六ヶ月以上のシフト勤務実績が必要だが、未だに必要な時間に達していなかった。
今の状況が続くのであれば、少なくともあと三ヶ月は必要だが、その前に体調を崩し、更に先延ばしになる可能性が高い。
この艦に配属されたことは運が悪かったとしか言いようがないが、唯一よかったことがある。
それはガナーであるガストン・フレッガー上級兵曹長と知り合えたことだ。ガナーは不愛想な人だが、今まであった中で最高の掌砲手だ。
扱いが難しい三百トン級レールキャノン、通称カロネードの調整方法や、主砲である陽電子加速砲の緊急時の対処法の裏技など、さまざまなことを教えてもらっている。
そのお陰でフレッガーからは「いつでも掌砲手になれますよ」と言われるほど兵装系の扱いに習熟していた。
また、下士官たちにどうやって命令を出せば最も効率的か、下士官たちが何を気にしているかなど、下士官兵たちとの付き合い方を教えてもらった。
その経験が今でも生きているが、当時はそんな余裕はなかった。
後で知ったのだが、フレッガーが艦長に私のことを報告してくれていた。
この話を聞いた時、感謝とともに驚きも感じていた。なぜなら、ガナーたち准士官は士官候補生の教育に口を出さないということが不文律としてあったからだ。これは今後士官となり、自分たちに命令を下す候補生に対して一線を画すという意味がある。
フレッガーの報告はグリント艦長によって握りつぶされたそうだ。
しかし、フレッガーは更に私のために動いてくれた。それが結果として私を救うことになる。
彼は下士官たちのネットワークを使い、ベンボウ12号で行われている私に対する嫌がらせを艦隊内にばら撒いた。
そのため、艦隊司令部が動き、査察官が派遣されたのだ。