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第四話

 訓練航宙も一ヶ月を過ぎ、キャメロット星系からスパルタン星系に移動するため、超空間に入った。

 私はキャメロット星系から出たことがなかったため、初めて超空間航行(FTL)を経験したが、最初はドキドキとしたものの、戦闘指揮所(CIC)のスクリーンには何も映らず、他の艦との連絡も取れないことから、すぐに興奮は冷めた。


 五日後、スパルタン星系にジャンプアウトした。

 スパルタン星系はアルビオン王国の支配宙域だが、アテナ星系のように要塞があるわけではない。これは接続される宙域が中立国家である自由星系国家連合フリー・スターズユニオン(FSU)であるためだ。


 ただし、FSUのヤシマ星系を経由してゾンファ共和国やスヴァローグ帝国が侵攻してこないとも限らないため、補給と整備のための拠点が設けられている。

 我々練習艦隊も一度拠点に立ち寄り、エネルギーの補給や簡単な整備を行うことになっていた。


 補給を終えると、艦隊機動の実習となる。最初は教官が指揮官となって手本を見せ、訓練生がそれに代わって艦の指揮を執っていく。


 私も艦長役や航法長役になって艦を自由に動かしていった。

 最初のうちは航路計算の結果が間違っていたらと冷や汗を掻いていたが、スパルタン星系の航路情報は事前に確認していたため、人工知能(AI)の助言を聞きながら無難に対応できた。


 十日ほど艦隊機動の完熟訓練を実施した後、最後の仕上げとして模擬戦闘訓練が行われる。

 相手はスパルタン星系に常駐している派遣艦隊の分艦隊だが、練習艦隊は重巡航艦と軽巡航艦の二種類という特殊な編成であるため、シミュレーション上、重巡航艦は戦艦と巡航戦艦、重巡航艦という大型艦を、軽巡航艦はその他の艦種を模擬することで、標準的な艦隊の編制に似せるのだ。


 攻撃は実際に加速器にエネルギーを注入して発射を模擬する。但し、エネルギーは調整用の最小出力とするため、防御スクリーンを張っていなくてもダメージを受けることはない。ミサイルや質量投射兵器であるカロネードは実際に発射するわけにはいかないため、シミュレーション上で判定を行う。


 いずれにしても実戦を模擬するため、加速器のコイルの調整やミサイルの再装填などは実際に人が行うことになっていた。


 模擬戦闘といっても、相手は実戦部隊であり、胸を借りるというより、本職の動きを見て自分たちに足りない部分が何か気づくための訓練だ。

 当然、今まで一度も練習艦隊が勝利したことはない。


 練習艦隊の司令である私も勝つことは考えていなかった。ただ、やるなら全力を尽くすべきだとは思っており、勝利のための努力を惜しむつもりはなかった。


 模擬戦の目的、目標などの条件は二日前に提示される。毎回条件が異なるため、事前に作戦を考えておくことは難しいが、私は時間を見つけて自分なりに数パターンの作戦計画を立案しておいた。何もないところから始めるより、多少条件がずれていても叩き台がある方が有意義な作戦会議ができると思ったためだ。


 教官より模擬戦の条件が提示された。


「今回は小規模な分艦隊同士の遭遇戦となる。前提としては、当艦隊は先遣隊として派遣され、ジャンプポイント(JP)を確保する命令を受け、当該星系にジャンプアウトした。敵も同様の作戦を考え、ほぼ同数の小艦隊が派遣されている。本隊の到着は百時間後を予定している……当艦隊の戦略目的は敵艦隊の排除、具体的には敵艦隊に30パーセント以上のダメージを与え、撤退に導くこと……」


 比較的オーソドックスな条件であったため、それに近い作戦案は作ってあった。


 私の班の“幕僚”たちに加え、“戦隊司令”たちとの作戦会議を行った。

 最初に私から司令部としての戦略目的、目標、留意事項などを説明していく。


「……以上が条件となるが、一応叩き台となる案を作っておいた。これを見てほしい」


 そう言ってCICの大スクリーンに星系の概略図を表示する。


「我が艦隊の位置は(アルファ)JP、敵艦隊は(ブラボー)JP。ジャンプアウト時に敵の姿を発見していることから、敵の方が先にジャンプアウトしていることになる。距離は三百光分。0.2(光速)で二十五時間の位置にいることになる……」


 他の訓練生たちは私の説明を食い入るように聞いている。


「……作戦の骨子だが、巨大ガス惑星である第五惑星付近で敵を迎え撃つ。具体的な作戦だが、星間物質濃度が濃い第五惑星衛星軌道上に敵を引き込み、こちらは防御に徹する。敵が焦れて無理な機動を行ったところで奇策を用いる……」


 私の説明に幕僚役や戦隊司令役は胡散臭いとでもいうように眉をしかめている。

 一人の司令官役が発言を求めた。


「相手はベテランだ。そんな見え透いた策に引っかかるものだろうか」


「恐らく引っかからない。それどころか間違いなく予想しているはずだ」


「それでもそれをやるのはなぜなんだ?」


「ひよっこが見え透いた策を使えば、痛い目に遭わせてやろうと考えるはずだ。そうなると、手堅い作戦ではなく、大胆な手を打ってくる。大胆な策は隙が大きい。そこを突いて、敵に出血を強いるんだ」


 私の説明に納得する者が半分、上手くいくはずはないと思っている者が半分といったところだが、とりあえずの方向性に問題を提起する者はいなかった。


「では、活発な議論を期待する」と言って、司会役に徹することにした。


 三十分の作戦会議で多くの意見が出されたが、私の出した当初案はほぼそのまま認められた。


 詳細作戦案を司令部で作成することとし、会議は解散となった。

 終わった後、ステファニー・ディッキンソンが笑みを浮かべながら近づいてきた。


「さすがは首席のロングフェローに勝った天才ね。今回もみんなの意識を別の方向に持っていって自分の作戦案自体を認めさせていたわね」


「そういう意図はなかったんだが」と素直な気持ちを伝える。


 三年の時のシミュレーター対戦と兄の幻影のため、私のことを誤解しているようだ。

 私には兄のように相手の心理を読むなんてことはできない。ただ、過去の事例から最善の手となりうる方法を考えているに過ぎないのだ。


 先ほどの相手を挑発すれば、派手な方法を使ってくるというのも十年前の訓練航宙時に実際にあったことだ。相手の心理を読むのではなく、過去の事例を組み合わせることしかできない私は決して天才ではない。


 作戦案が出来上がったところで、本艦隊の本当の指揮官であるルーサー・エンライト少将に報告する。あまりに危険な作戦、例えば恒星に極端に近づくとか、艦隊運用規則を無視したようなものは認められないからだ。

 今回の作戦案は問題なく承認されている。なぜなら同じような作戦は既に実施されたことがあるからだ。


 作戦案は私の思惑通りだが、訓練生たちが私の考え通りに動けるとは限らない。それに命令を出す私が失敗することも十分に考えられる。砲撃のタイミングを誤れば、作戦自体無に帰してしまうのだ。


 作戦開始直後は退屈な時間だ。

 敵と接触するのは早くても十時間後であり、不慣れな訓練生たちの指揮でも戦闘準備を行うには十分すぎる時間があったためだ。

 敵の動きも予想の範囲内であり、私は四時間ごとの休憩を提案した。


「この状況で休憩を?」と幕僚役の訓練生たちが驚くが、


「敵に伏兵を置く余裕はないし、スループ艦による偵察も十分に行っている。戦闘が何時間も続くか分からない状況なんだ。食事と休憩を十分に与えておいた方がいい」


 これも私の独創ではない。

 父が戦場のことを語ってくれたことがあった際、待機時間について話してくれたことがあった。


『戦闘が始まってしまえば、疲れたなどと言うことはあり得ないが、戦闘が終わって緊張の糸が切れると兵たちは途端に動けなくなる。だが、勝っても負けてもやることは多い。損傷個所の応急補修や脱出者の救助など戦闘以上に大変な仕事が待っている。だから始まる前に時間があるなら、十分な休養を取らせるべきだ。疲れている状態とそうでない状態ではその後の活動に大きな差が出るのだから……』


 私の提案通り、四時間ずつの休憩が与えられた。私もCICから自室に向かい、ゆっくりしようと思った。


「ミスター・コリングウッド。今回は勝ちにいきましょう」という声が掛けられる。


 訓練生の誰かかと思ったら、この艦の掌帆長(ボースン)だった。


「あなたならやれる気がします。それにうちの連中もあなたのためにやる気になっていますよ」


 それだけ言うと、敬礼して去っていった。

 ここでも過大評価されているなと思いながら休憩時間を過ごしていった。


 模擬戦が始まった。

 予想通り敵の動きは王道を行くもので、こちらは徐々に追い詰められていく。しかし、不思議なことに損傷した艦の復帰が早かった。ダメージコントロール班の動きがいつもより遥かにいいのだ。


 他にも各艦の動きがいつもよりいい。この艦のCICでも航法士から航法長役の訓練生への提案が早く、主砲などの武装の調整も早い気がする。

 理由を調べている余裕はないが、そのお陰で互角に近い形で戦えている。


 戦闘開始から三十分後、予想通り敵は高機動部隊を分離し、第五惑星の表面を掠めるようにして側面を突こうとした。


「作戦第二段階へ移行。ミサイル搭載艦は惑星表面に向けて全弾発射。ミサイル発射後、紡錘陣形に移行せよ」


 了解という声がスピーカを通じて聞こえてくる。

 練習艦隊は戦艦を先頭にして巡航戦艦、重巡航艦がその後ろにつき、更に高機動の軽巡航艦と駆逐艦が滑るように後方に回っていく。


 メインスクリーンに惑星表面で大きな爆発が発生し、連鎖的に核融合反応が起きていると示される。荒れ狂うガンマ線や中性子線が敵艦隊を襲った。


「奇襲に成功……」と戦術参謀役の訓練生が言おうとしたが、すぐにそれを訂正する。


「敵高機動部隊に顕著な混乱なし。敵本隊前進してきました!」


「計画通り後退しつつ半球陣に移行せよ」


 戦艦が味方を守るように展開しながらゆっくりと後退していく。その後ろには紡錘陣形を組もうとしていた巡航戦艦と重巡航艦が後退しつつゆっくりと広がっていく。

 更にその外側を軽巡航艦と駆逐艦が最大加速で展開していった。


 スクリーンに映るアイコンの流れはまるで花が開くかのようだ。

 これほど見事な艦隊機動ができるとは思っていなかったので、一瞬見入ってしまったほどだ。しかし、すぐに気を取り直し、攻撃を命じた。


「敵高機動部隊に向けて集中的に攻撃を行え」


 敵高機動部隊は巡航戦艦を中心に重巡航艦と軽巡航艦で構成されている。数は二百隻ほどで、勢いに任せた縦陣に近い陣形だ。その先頭に練習艦隊すべての火力を集中する。

 スクリーンには巡航戦艦が爆散する表示がいくつも現れ、CICでは歓声が上がっていた。


 しかし、練習艦隊の快進撃が続いたのはここまでだった。

 敵本隊が戦艦の主砲による攻撃でこちらの側面をえぐってきた。更に駆逐艦からのミサイル攻撃が加わり、最外郭の駆逐艦が次々と撃沈されていく。

 各戦隊が穴を埋めようと艦を動かすが、予定外の機動に対応できず、味方の艦同士で衝突しそうになるなど大きく混乱する。


 その混乱に敵高機動部隊が油を注ぐ。

 先頭の巡航戦艦から順に散開しながらミサイルを放ってきた。そのタイミングは本隊のミサイル到達時刻と揃うように調整されている。


「ミサイル迎撃態勢をとれ」と命じた。


 常識的な命令だが、これが傷口を大きくした。

 ミサイル迎撃のため、戦隊旗艦を中心にAIが連携される。しかし、戦隊の司令部が最適なタイミングで指示を出さなかったため、攻撃が止まり、それが隙となった。

 時間にして三十秒ほどだが、その隙を突き、敵本隊から主砲が放たれ、多くの艦が沈められていった。


 そして、敵ミサイル群が練習艦隊に届いたという情報が映し出された。艦長役の訓練生が慌てた様子で迎撃を命じるが、タイミングを逸していた。

 その結果、私の乗っているハートオブオーク1号は撃沈という判定結果を受け、メインスクリーンの表示がすべて消えてしまった。


「やはりうまくはいかないな」と呟くと、ベテラン航法士が笑顔で褒めてくれた。


「ここまで追い詰めた訓練生を見たのは初めてだ。運がよければ勝利条件をクリアしているんじゃないか」


 この模擬戦闘の勝利条件は敵艦隊の30パーセント以上にダメージを与えることであり、百五十隻以上にダメージを与えていれば、こちらが全滅でも勝利となる。


 AIが戦闘終了と判断し、シミュレート状態から通常状態に戻った。

 結果を見ようとメインスクリーンを見ると、エンライト少将の顔が映し出された。


「模擬戦闘の結果だが、諸君らの敗北だ。事前に伝えてある勝利条件が満足できなかったためだ……」


 その言葉にCICに落胆の溜息が漏れる。


「……しかしながら諸君らの奮闘により、敵艦隊に28.5パーセントのダメージを与えている。つまり目標達成に1.5パーセント届かなかっただけということだ。これだけの損害を正規艦隊に与えたことはなかった……」


 私自身、勝利できるとは思っていなかったが、予想以上によい結果に驚きを隠せない。


「……君たちは善戦したが、想定外の事態に対して対応できていない。戦術の講義で何度も見ている状況のはずだが、実際の戦闘では見えるものも見えなくなるのだ。これを克服するには経験を積むことが一番だ。明日以降の模擬戦闘訓練ではその結果を見せてくれることを期待する」


 それから三回の模擬戦闘訓練が行われた。

 私は司令役から航法長、情報士、副長と役割を変えており、作戦の立案には加わっていない。これは私自身が希望したことで、少将の言う通り、経験を積むことが何よりも重要だと思ったためだ。


 結局、その後の模擬戦闘訓練では惨敗が続いた。


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本シリーズの合本版です。
(仮)アルビオン王国宙軍士官物語~クリフエッジと呼ばれた男~(クリフエッジシリーズ合本版)
内容に大きな差はありませんが、読みやすくなっています。また、第六部以降はこちらに投稿予定です。
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