第二十三話
宇宙暦四五二二年十月一日標準時間一二四〇。
巡航戦艦ネルソン99号は敵の奇襲を受け、最大の武器である20テラワット級陽電子加速砲が使用不能となった。
緊急時対策所で分かった範囲では主砲が設置されている主兵装ブロックに直撃を受けたらしく、陽電子を加速するための電磁コイルが不調となった。
また、加速空洞やコイルを冷却する主兵装冷却系統にも異常が見られ、その補修作業が必要となった。
私はダメージコントロール班を率いてMABに入っていた。
MABはスマートな巡航戦艦の形状に沿うように艦首側に緩やかに湾曲している。
巨大な主砲、20テラワット級陽電子加速砲の加速空洞と陽電子を加速する加速コイルがほとんどを占めている。
壁面には主砲を作動させるための多くの機器が設置され、通路は人ひとりが通れる程度の幅しかない。更に天井には各種のケーブルやダクトが走っており、船外活動用防護服を着て歩くと頭をこすりそうになるほど低い。
掌砲長であるジェーン・シモンズ上級兵曹長に冷却系の補修を任せ、私は主砲担当の掌砲手、キャシー・ヒルトン一等兵曹と二人の技術兵と共にコイルの調整に向かっていた。
まだ敵の奇襲は続いており、時折突き上げるような衝撃が何度も襲う。
「手早く調整を頼む」
ヒルトンたちは「了解しました、大尉」と答えると、不調のコイルに向かって走っていく。
三人が見える場所で待機すると、個人用情報端末でシモンズに状況を確認する。
「ガナー、そちらの状況はどうだ」
「計装系のトラブルのようです。強制的に回路をバイパスさせました。これでとりあえず冷却は可能になります」
「了解した。そちらの調整が終わり次第、こっちの応援を頼む……ガハッ!」
その時、激しい衝撃に襲われ、MABの壁に背中から叩きつけられていた。
PDAから「大尉!……」というシモンズの声が聞こえるが、すぐに答えられない。
それでもハードシェルを着ていたお陰で、十秒ほどで衝撃から立ち直った。もし、簡易宇宙服なら行動不能に陥っていたはずだ。
MAB内の照明はオレンジ色の非常用照明に切り替わっており、壁や天井のパネルが外れ、ところどころでスパークする火花が見えた。
軽く頭を振り、シモンズの問いかけに答える。
「私は大丈夫だ……ガナーの方はどうだ」
「こちらは大丈夫です。すぐに応援に向かいます」
「頼む」と答え、MAB内で作業しているヒルトンたちに連絡を取る。
「コリングウッドだ。状況を報告せよ」と通信すると、技術兵二人からはすぐに異常なしの報告が上がるが、ヒルトンからは報告が来ない。
慌ててヒルトンがいる八番コイルに目を向けた。
八番コイルは私の位置から艦首側に約五十メートル離れており、剥がれたパネルではっきりとは見えないが、コイル周辺に大きな亀裂が見えた。
「ヒルトン! 無事か!」
そう言って走り出すが、艦の動揺は未だに続き、障害物もあってなかなか近づけない。
「な、何とか生きています……コイルの調整は……もう少しで終わり……ます……」
途切れ途切れで聞き取りにくく、ゼイゼイという荒い息も聞こえる。
ヒルトンの情報を確認すると、バイタルが低下しており、何らかの怪我を負っているようだ。
八番コイルに到着すると、ヒルトンは変形した作業用のダクトに上から押しつぶされるようになりながらも制御盤のコンソールを操作していた。
「これで……調整完了……です……今回も……完璧ですよ……」
「ヒルトン! 今助けてやる!」
シモンズからの通信が入った。MABに入ってきたようだ。
「大尉、応援に来ました! 指示願います!」
「ヒルトンにトラブルだ。八番コイルにすぐに来てくれ!」
了解の声を聴くことなく、ヒルトンを押しつぶしているダクトを押し上げる。ハードシェルのパワーアシスト機能を最大限に利かせてもびくともしない。
「大尉……主砲の……発射を優先して……ください……私は助かり……ません……から……」
「黙っていろ! 技術兵! コイルの調整は完了したか!」
「一番コイル、調整完了!」
「あと一分ください!」と三番コイル担当の技術兵が答える。
ヒルトンを引っぱりながら、戦闘指揮所とERCに報告を行う。
「コリングウッド大尉です! 主砲の調整はあと一分! ヒルトン一等兵曹が負傷! 現在救出活動中!」
「了解。調整及びヒルトン一等兵曹の救出完了次第報告せよ」
ERCにいる副長、アンソニー・ブルーイット中佐が冷静な声で応じた。
「了解しました、中佐」
その間にシモンズが二人の技術兵を引き連れて到着した。
「大尉、代わってください。これはあたしらの仕事です」
シモンズは私の返事を待つことなく、技術兵に指示を出す。
「ダクトのサポートと壁の出っ張りを切り離せ! 切り離したら一気にキャシーを引き出すよ!」
「「了解!」」
「ガナー……無駄ですよ……完全に足を……挟まれてます……それに腰から下の感覚が……ありません……」
よく見ると、右足が制御盤と変形した壁に挟まれている。
「分かっているさ。まあ、あたしに任せておきな」
「サポート切り離しました!」
「よし! 壁の方はどうだい!」
「奥に手が届きません! もう少し待ってください!」
「三番コイル、調整完了!」という声がPDAから聞こえてきた。
「よし! 主兵装操作室に向かえ! ガナー、どうだ!」
「もうちょいです」と冷静に答える。
その間にも艦の動揺は断続的に起きており、敵の激しい攻撃が続いていた。
「時間がない。テックはMAOCに退避! 二人で引き出すぞ。ガナーは腰のベルトを引け」と言ってヒルトンの腕を取る。
「了解しました、大尉! それじゃ、引きますよ。そーれ!」
二人分のパワーアシストで僅かにヒルトンの身体が動いた。
「大尉……私を置いて……」
「黙れ!」とヒルトンを一喝し、
「ガナー、もう一度だ。三、二、一、引け!」
真空であるため音は聞こえないものの、軋むような振動が伝わり、ヒルトンの身体がゆっくりと動く。
「いけます! もう一度引きますよ!」
そこでヒルトンの身体がスポッという感じで引き抜けた。ハードシェルの右足部分に穴が開き、自動補修の跡があった。腰辺りの外部装甲板も大きく変形している。
「ガナーはヒルトンを連れてMAOCに向かえ!」
「大尉はどうするんですか?」
「最終チェックは士官の仕事だ。主砲の状況を確認してからMAOCに向かう」
それだけ言うと返事を待たずにチェックを開始する。既に八番コイル以外のチェックは完了させており、これを確認すれば主砲は使える。
「コイル制御系自己診断シーケンス……異常なし。目視異常なし……A主伝送系異常……B伝送系異常……後備伝送系反応なし……これではCICから主砲が撃てない……」
加速コイルと冷却系統は回復させたが、ヒルトンが負傷した砲撃で三系統ある伝送系がすべてダウンしていた。
慌ててCICとERCに報告する。
「主砲制御伝送系損傷! これより補修作業に入ります!」
「すぐにでも主砲が必要です。MAOCで主砲を操作しなさい」
主兵装操作室はその名の通り、主砲に関する機器の操作を行う制御室だ。一応主砲を撃つことができるが、通常はCICまたはERCからの遠隔操作を行い、MAOCで操作するのはメンテナンス時に限られる。
その理由は主砲自体の発射は可能だが、完全な手動操作であり、人工知能の助言はあるものの補正が行えないからだ。そのため、命中率が著しく低く、実戦での使用は現実的でないと言われていた。
それでも艦長が命じたことから、何らかの意図があると思い、即座に了解する。
「了解しました、艦長! MAOCより主砲操作の指揮を執ります!」
MAOCは主兵装ブロックのすぐ横にあり、加速空洞から発生する強力なガンマ線を遮蔽する頑丈な部屋だ。シモンズと技術兵三人が待機していた。
「ヒルトン一等兵曹は医務室に運ばせました……」
シモンズの報告を遮り、
「伝送系がすべてダウンした。艦長からここで主砲を発射するよう命じられている。直ちに主砲の発射準備をしてくれ」
私の言葉に驚きの表情を浮かべるが、すぐに「了解しました、大尉」と冷静な口調で了承し、部下の技術兵に命令を下す。
「全員コンソールに着け! 分かっていると思うがAIの補正がないんだ。お前たちの目でしっかり監視するんだ。分かったね」
シモンズの言葉に技術兵たちは「了解」と答え、コンソールに着く。私も指揮官用のシートに座り、コンソール画面で状況を確認していく。
「加速空洞温度異常なし!」
「加速コイル磁場正常!」
「陽電子注入系異常なし!」
技術兵たちの報告に「了解」と答え、シモンズに「最終安全装置解除」と命じる。
「了解しました、大尉。最終安全装置解除。対消滅炉接続準備完了!」
「了解」と答えた後、すぐにCICに報告する。
「主砲発射準備完了! いつでも撃てます!」
「了解。発射はそちらに任せます。今は当てることより、撃ち続けることが重要です。そのつもりで」
ベークウェル艦長がやや早口で命じてきた。外のことは分からないが、緊迫した状況なのだろう。
照準画面に切り替える。
帝国艦隊からの攻撃は未だ収まっておらず、艦は激しい動揺が続いている。照準画面もその動揺と回避機動のために激しく揺れ、AIの示すターゲットが安定しない。
今必要なことは敵に当てるより味方に当てないことだと割り切り、発射ボタンを操作する。
「主砲発射!」
照準画面に陽電子と星間物質が反応する白い光が一瞬映るが、その結果を確認している余裕はない。
「ガナー。次の発射のタイミングをカウントダウンしてくれ」
「了解しました、大尉。加速コイル温度クリア……加速空洞温度低下……五、四、三……」
カウントダウンを聞きながら、次の標的に向けて照準を合わせる。敵駆逐艦が画面に映った。
「……二、一、発射可能!」
「発射!」
その繰り返しで主砲を撃ち続けた。
■■■
十月一日標準時間一二四〇。
アルビオン艦隊は帝国軍の奇襲を受け、混乱に陥っていた。我々第六艦隊第一巡航戦艦戦隊も同様で、多くの艦が損傷を受けている。
私アリシア・ベークウェルの乗艦、ネルソン99号の状況だが、緊急時対策所にいたファビアン・コリングウッド大尉の警告を受け、比較的早期に対宙レーザーでの対応を開始したことから、僚艦より混乱は抑えられている。
しかし、敵はステルスミサイルと砲撃による飽和攻撃を仕掛けてきており、運悪く戦艦の主砲が艦首を掠めた。
「防御スクリーン、A系統過負荷停止! Bトレインも危険な状態です!」
「主砲加速コイル一番、三番、八番異常。主兵装冷却系統温度上昇中。外殻冷却系統接続……冷却系統異常! 主砲発射できません!」
戦闘指揮所で機関と防御スクリーンを担当している機関士と兵装関係を担当している掌砲手が報告する。
「了解しました。ERCのダメージコントロール班に大至急補修するように指示しなさい」
「了解しました、艦長」
「ミサイル迎撃継続。艦隊司令部からの命令に注意しなさい」
「「了解しました、艦長」」という了解の声がCICに響く。
平静を装うが内心では焦りを覚えていた。
(敵のミサイル攻撃の密度が濃すぎるわ。このまま敵が前進してきたら不味い。少なくとも敵を寄せ付けないように反撃しなければ……)
私がそんなことを考えていると、情報士から第九艦隊が動き始めたという報告が上がる。
「第九艦隊、敵左翼のダジボーグ艦隊に向けて加速開始」
メインスクリーンを見ると、後方にあった第九艦隊が敵の側面に向けて加速を開始していた。
第九艦隊の動きに帝国艦隊も対応せざるを得ず、一個艦隊分を側面に回した。そのため、アルビオン艦隊に対する圧力が僅かだが緩み、混乱は収まりつつあった。
しかし、一度統制を失った艦隊の秩序はなかなか回復せず、個艦で対応するしかない。
「主砲の補修状況は」
「作業に取り掛かったところです……」
その時、強い衝撃が艦を襲った。
「主兵装ブロック右舷側にステルスミサイルのデブリ直撃! 艦首Eデッキ減圧中!」
「被害状況を報告しなさい!」
「対消滅炉、質量−熱量変換装置異常なし!」
「通常空間用航行機関異常なし」
次々と報告が上がるが、艦首部分であったため、大きな損傷はなかった。しかし、未だに敵の攻撃は続いており、擦過弾による被害報告が何度も上がってくる。
「コリングウッド大尉より報告です。主砲の調整まであと一分。掌砲手のヒルトン一等兵曹が負傷したとのことで救出活動中とのことです」
「了解しました。戦術士は主砲が発射可能になり次第、ダジボーグ艦隊に向けて砲撃を」
戦術士のフィリップ・シェパード少佐が「了解しました、艦長」と冷静に答える。
「今のうちに艦の損傷状況をもう一度確認しなさい。主砲の応急補修が終わり次第、前進します」
艦隊司令部からの命令はないが、第九艦隊と共同で敵の左翼を切り崩せという命令が来ると予想していた。
「ヒルトン兵曹の救助及びコイルの調整完了。最終チェック中」
コリングウッド大尉の報告に安堵するが、すぐにその期待は裏切られる。
「主砲制御伝送系損傷! これより補修作業に入ります!」
コリングウッド大尉の焦りを含んだ声が聞こえたが、私は即座に命令を発した。
「すぐにでも主砲が必要です。主兵装操作室で主砲を操作しなさい」
大尉は逡巡することなく、了解を伝えてくる。この判断の速さは兄譲りなのだろうかと頭の片隅で考える。
一分ほどで準備が完了した。優秀な掌砲手が揃っているとはいえ、大尉の指揮能力の高さに感嘆する。
「主砲発射準備完了! いつでも撃てます!」
「了解。発射はそちらに任せます。今は当てることより、撃ち続けることが重要です。そのつもりで」
この時、私は戦果を期待していなかった。ただ、敵に混乱を与えられればいいと考えていたためだ。
しかし、それはいい意味で裏切られた。
「主砲命中! メルクーリヤ級重巡航艦大破!」
「鳥級駆逐艦轟沈!」
「ホルニッツァ級軽巡航艦に至近弾! 小破の模様!」
次々と命中やダメージを与えたという情報が入る。
「あいつは戦術AI以上だな」とシェパード少佐が呆れている。
「前進開始! カロネード発射準備は終わっていますか!」
「はい、艦長。全基発射準備完了済みです」と表情を引き締めたシェパード少佐が報告する。
その後、ロンバルディア艦隊が本格的に参戦したことから、帝国艦隊は撤退を開始した。しかし、第五惑星サタナーの円環に隠れているコルベットなどの小型艦やステルス機雷による攻撃は一向に止まず、本格的な追撃に入れない。
「セリム級戦艦側面に直撃! 爆発確認しました!」
回頭しつつあった敵戦艦の横っ腹に主砲が命中したらしい。
「カロネード発射! 敵が下がり切る前に一隻でも多く沈めなさい!」
この相対速度で質量兵器であるカロネードを撃ち込んでも通常なら戦果は期待できない。しかし、脆弱な側面を晒しているこの状況ならダメージを与えることができる。そう考え、この機に全弾を撃ち込むよう命じた。
その後、第九艦隊が芸術的なミサイル迎撃を見せるが、ロンバルディア艦隊の追撃が不十分であったため、帝国艦隊を取り逃がしてしまった。
それでも本艦はコリングウッド大尉の活躍もあり、戦艦一隻、駆逐艦二隻、高機動ミサイル艦二隻を沈め、巡航戦艦一隻、重巡航艦一隻、軽巡航艦二隻、コルベット二隻に大きなダメージを与えていた。
単独の戦果としては第六艦隊内でも圧倒的で、“お荷物”とまで言われたネルソン99号の汚名は完全に払拭された。
「残敵と機雷に警戒しつつ、損傷個所の修理を行いなさい。各セクションの責任者は損害を報告しなさい」
それだけ命じた後、MAOCにいるコリングウッド大尉との回線を開く。
「お疲れさまでした。あなたの見事な砲撃で多くの敵を沈めることができました」
「あ、ありがとうございます……ここからは戦闘の結果が分からなかったのですが……」
戸惑っている彼に戦果を教えると、彼の後ろから大きな歓声が上がる。一緒に操作していた掌砲長たちが上げた声のようだ。
「疲れていると思いますが、主砲制御装置の伝送系の修理を。まだ完全に戦闘が終わったとは限りませんから」
「了解しました、艦長」
それだけ言うと、通信が切れた。
私は指揮官シートの背もたれに身体を預け、少しだけ目を瞑る。
(少尉時代の武勲がまぐれではなかったと証明したわ。彼もまた天才ということね……近いうちに艦長コースに推薦した方がいいわね……)
そんなことを考えた後、すぐに気持ちを切り替え、CIC要員に状況報告を命じた。