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第二十一話

 宇宙暦(SE)四五二二年八月二十九日。


 ヤシマ星系に第四、第五、第九の三個艦隊が到着した。これでヤシマに駐留している艦隊は十八個艦隊、戦闘艦だけで八万隻を超える。

 これだけの数の艦隊が集結したことは未だかつてないことだ。


 これだけの規模の艦隊ということで、アルビオン軍の士官の中にも楽観論が出ているが、私としてはアルビオン艦隊が六個艦隊に増強されたことで何とか戦える状況になったと思っている。


 予想より早い到着であり、統合作戦本部と艦隊総司令部が適切な判断をしてくれたと安堵した。あと二個艦隊いれば万全だが、費用がかさみ過ぎると作戦部が反対したのだろう。


 ヤシマ星系第三惑星タカマガハラの衛星軌道上に集結する。すぐに各艦隊の司令官が集まり、今後の対策を協議した。その後、自由星系国家連合フリースターズユニオンの各軍とも協議している。


挿絵(By みてみん)


 士官に開示された議事録では、アルビオン艦隊はダジボーグ星系側のチェルノボーグジャンプポイント(JP)に配備されることになった。他にはロンバルディア艦隊六個とヤシマ艦隊三個で、計十五個艦隊となる。


「十五個艦隊か……凄いものだな」と副長のアンソニー・ブルーイット中佐が嘆息する。


「これだけいればさすがに楽勝だろう」と戦術士(タコー)のフィリップ・シェパード少佐が楽観論を口にする。


「そうだな。ダジボーグから攻めてくるのは精々六個艦隊程度だ。ステルス機雷があれば、我がアルビオン艦隊だけでも圧倒できる」


 ブルーイット中佐も楽観的だ。


「そうでしょうか? 帝国の保有艦隊数は二十五。そのうち、八個艦隊がロンバルディアにいるとして、まだ十七個艦隊が動員可能です。帝国の兵站能力でも十個艦隊程度は動かせるはずです」


「十個艦隊でもこちらの半数ほどしかないぞ」とシェパード少佐が反論するが、ブルーイット中佐は考え込むように「うむ」と唸る。


「ヤシマ艦隊はアルビオンの五十パーセント程度の能力、ロンバルディアは戦力として考えない方がいいと思っています」


「ヤシマの評価は納得できるが、ロンバルディアは厳しすぎないか? ヤシマと同等くらいじゃないか」


 シェパード少佐が呆れたように言うが、ブルーイット中佐は私の言葉に頷いた。


「ヤシマ艦隊とは演習を通じてある程度連携は取れるが、ロンバルディアはこの一ヶ月の演習でもまともに連携できた試しがない。ファビアンの言う通り、戦力として考えない方がいいかもしれんな」


「そうなると、こっちは七個艦隊分ということか……ステルス機雷があったとしても八個艦隊以上だと苦戦するな」


 シェパード少佐も私とブルーイット中佐の考えに深刻な顔になる。


「統合作戦本部が増派を決めてくれたらいいんですが、今の作戦部はヤシマ派遣に消極的らしいですから期待しない方がいいでしょうね」


 作戦部長のゴールドスミス少将は以前からヤシマ派遣に対し、国防費の増大の観点から消極的だ。今回、三個艦隊が派遣されたのも、ハース提督がテーバイ星系からスパルタン星系に予め艦隊を移動させておくという提案をしたことから決まったと聞いている。


 十日ほどは何事もなく過ぎたが、九月九日にチェルノボーグJPとロンバルディア側のツクシノJPからほぼ同時に敵艦隊接近の情報が入った。

 その時、私はシフトに入っており、戦闘指揮所(CIC)にいた。ブルーイット中佐がその情報を聞き、呻くように呟く。


「ツクシノJPに七個艦隊、チェルノボーグJPに八個艦隊だと……帝国は十五個艦隊も動員してきたのか……」


 その重苦しい空気にCIC要員たちは誰も口を開かない。


「最悪の事態は避けられましたね」と重苦しい空気を払拭するように陽気ともとれる口調で中佐の言葉に応える。


「最悪の事態は避けられた? こちらに十八個艦隊あるとはいえ、実際に戦えるのはアルビオンの六個艦隊だけだ。2.5倍の敵とどう戦えばいいんだ」


「確かに数は揃えていますが、まだ合流していません。チェルノボーグJPとツクシノJPは180光分離れていますから、各個撃破の絶好の機会ですよ」


「確かにそうだが……少数であるツクシノJP側で迎え撃つのが常道だが……」


「恐らく当初の計画通り、チェルノボーグJPで迎え撃つと思います。何といってもステルス機雷がありますから。それに建設中の要塞を破壊されるのを、指を咥えて見ていることはないでしょう」


「ロンバルディアから来た艦隊がタカマガハラに向かったらどうするんだ?」


「JPからタカマガハラまで最大巡航速度でも十三時間は掛かるのですから、チェルノボーグJP側の艦隊が撤退すれば、勝手に撤退しますよ」


 私の言葉でCICの雰囲気もよくなった。


 その後、連合艦隊の総司令部からチェルノボーグJPでの迎撃が指示される。その編成はアルビオン艦隊六、ロンバルディア艦隊六、ヤシマ艦隊三の計十五個艦隊と計画通りだ。


 出発に先立ち、ベークウェル艦長が訓示を行った。


「今回の戦いは楽観できません。我々アルビオンだけで戦うより難しい戦いを強いられるかもしれないと肝に銘じておいてください……第六艦隊はヤシマ艦隊の真横に配置されます。つまり、ヤシマ艦隊のフォローも我々の任務なのです……ですが、この一戦で勝利を収めれば、帝国の野望を打ち砕くことができます。我が艦の力を帝国に見せつけてやりましょう! 以上!」


 いつもより気合の篭った訓示に艦内が沸き立つ。

 チェルノボーグJPまでは十五時間ほど掛かるため、通常のシフトに戻された。


 敵が現れるのは九月十一日の〇三〇〇と推定され、艦内では緊張と高揚の入り混じった独特の雰囲気に包まれていた。


「今度こそ、戦果を挙げるぞ!」と気合を入れているのはシェパード少佐だ。


 最近では演習でも成果が出ており、戦隊のお荷物と言われるようなことはなくなっている。三年前のジュンツェン星系会戦での汚名返上を狙っているらしい。


「期待していますよ、少佐。私は緊急時対策所(ERC)でのんびりと観戦させていただきますから」


 軽口を言っているものの、のんびりとできる保証はない。敵は内戦で鍛え上げられた精鋭であり、アルビオン艦隊を狙ってくる可能性が高いためだ。



 九月十一日〇二四〇。

 帝国艦隊到達予定まであと二十分。ERCでは副長以下の緊急時対策(ダメージコントロール)班が船外活動用防護服(ハードシェル)を着用して待機している。

 通常はより動きやすい簡易宇宙服(スペーススーツ)を着用しているのだが、私の提案でハードシェルを着用するようになった。


 理由は乗組員の生存率を上げるためだ。

 兄の最初の指揮艦である砲艦レディバード125号は撃沈されたにもかかわらず、九十パーセントを超える生存率だった。これはハードシェルを着用していたためと分析されている。


 ハードシェルはパワードスーツとも呼ばれ、硬質のセラミック系装甲にパワーアシスト機能と移動用ジェットパックを持つ宇宙服だ。

 空気浄化系と酸素ボンベ、水分、簡易食料チューブ、排泄機能などを備え、十分に訓練された兵士なら二十四時間以上、通常の兵士でも八時間程度は活動可能という優れた性能を持つ。


 その反面、狭い艦内ではすれ違うことも難しく、またその頑丈なつくりのグローブは細かい作業には向かない。そのため、応急補修に当たる掌砲手(ガナーズメイト)掌帆手(ボースンズメイト)技術兵(テック)には評判が悪い。


 この提案を行った時、掌砲長(ガナー)のジェーン・シモンズ上級兵曹長が反対してきた。


「確かに生存率は上がるでしょうが、我々の本来の仕事である修理や調整に支障が出ます。そうなったら本末転倒ではないですか」


「この艦の下士官や技術兵は艦隊でも一番だと思っている。君たちなら慣れればスペーススーツと同じように作業ができるようになるはずだ」


「ですが、ハードシェルは構造的に艦内での補修作業をするようにできていません」


「私の兄が乗っていた砲艦ではハードシェルを着用していたそうだ。砲艦でできて巡航戦艦でできないというのは理屈に合わない。それとも君は本艦の掌砲手は砲艦の掌砲手に劣ると言いたいのか」


 私の挑発にシモンズは「了解しました、大尉(アイアイサー)」とぶっきらぼうに言い、その日からハードシェルを着用するようになった。

 最初の頃はそれまでの動きができなかったが、訓練を重ねるうちにスペーススーツと同じ程度まで動けるようになった。

 今ではシモンズも「ハードシェルを着ていないと裸みたいで気持ちが悪い」と言うようになっている。


 〇三〇〇。

挿絵(By みてみん)


 帝国艦隊は予想時刻通りにジャンプアウトしてきた。

 私が食い入るように見つめているERCのコンソール画面には次々と実体化する帝国艦の姿があった。帝国艦隊は前面に戦闘艦、後方に補助艦艇を配置し、アルビオンとFSUの連合艦隊を食い破ろうと前進してくる。


 連合艦隊は中央にアルビオン艦隊、右舷側にヤシマ艦隊、左舷側にロンバルディア艦隊という布陣で待ち構えていた。


 ジャンプアウト直後の攻撃により、数十隻の味方の戦艦が爆散する。

 ジャンプアウト直後は光の速度の関係から、視認したと同時に攻撃を受けるため、防御側が最も不利になる時間であるためだ。


 しかし、すぐに反撃が始まった。


「主砲発射! ステルスミサイルは戦隊司令部の指示に従って発射せよ!」


了解しました、艦長(アイアイマム)!」


 ERCにもCICの音声が流れており、艦長の命令と了解の声が響いている。

 開戦直後は連合艦隊側が圧倒的に有利だった。ステルス機雷で混乱している敵に次々と戦艦や巡航戦艦の主砲が突き刺さり、百隻単位で敵艦が消滅していく。


 しかし、有利だったのは僅かな時間だけだった。

 ロンバルディア艦隊の一部が無秩序に突出し始め、それをフォローするため、アルビオン艦隊の攻撃が緩んだのだ。


「何をしているんだ、ロンバルディア艦隊は!」とERCの責任者であるブルーイット中佐が咆える。


 全く同感だが、このままでは戦線が崩壊しかねないと画面から目が離せない。その時、兄がいる第九艦隊が動き始めた。


「第九艦隊が上手くやってくれれば何とかなるかもしれませんね」


「そうだな……そろそろこっちにも仕事が回ってきそうだ」


 中佐の言葉に右舷側の帝国艦隊に目をやると、ヤシマ艦隊に猛攻を加えており、次々と爆発するヤシマ艦の姿が目に入る。


「ヤシマ艦隊の援護に向かうはずだ。そうなれば、こちらにも攻撃が来るぞ! 全員準備をしておけ!」


「「了解しました、副長(アイアイサー)!」」という声が返る。


 第六艦隊はヤシマ艦隊を守るべく、前進を続けた。

 そのため、帝国艦隊も第六艦隊を無視できず、こちらにも激しい攻撃が加えられ始める。

 ネルソン99号にも何度か直撃があったが、比較的防御が固い前方からの砲撃であったため、損傷は皆無だった。


 出番はないが、艦の状況を確認するのに忙しくなり、戦場全体の動きを見る余裕はなくなった。


「A(トレイン)防御スクリーン過負荷! B(トレイン)異常なし!」


主兵装冷却系統(MACCS)冷却水温度上昇! 制限温度に接近中!」


 掌砲手や掌帆手からの報告がERCに響く。しかし、その声は訓練通り冷静で緊迫しているものの、危機感はない。


 開戦から一時間経ったところで、帝国艦隊が撤退を始めた。


「何とか勝ったようだな」と、ブルーイット中佐が言った。


 画面に映る情報から完勝とは言えないものの、十分な戦果が上がっていることが見て取れた。


「艦のチェックを開始しろ! 各セクションの責任者は結果を確認したら、私と艦長に報告してくれ」


「「了解しました、副長(アイアイサー)」」


 十分ほどで艦のチェックを行うが、損傷は全くなかった。


 降伏した帝国艦の収容が行われているが、ネルソン99号は警戒の任務が与えられるだけで特にすることがない。

 ERCの緊急時制御盤(ECB)の戦術士コンソールで今回の戦いの結果を見ていた。


 アルビオンとFSUの連合艦隊は会戦初期のロンバルディア艦隊の暴走により、想定以上の損害を受けている。


 アルビオン艦隊は喪失百二十隻、大破百五十隻、中破三百八十隻、小破二千五百隻と喪失数こそ少なかったものの、十パーセントを超える損害を被った。


 混乱の原因を作ったロンバルディア艦隊はアルビオン第九艦隊の支援が功を奏し、喪失二千五百隻余りと思ったより損害は大きくなかった。それでも中小破三千八百隻あまりと、二十パーセント以上の損害を出し、運用できる艦隊は五個艦隊に減っている。


 そして最も割を食ったのがヤシマ艦隊だった。

 喪失千五百隻、中小破三千隻あまりと参加艦艇の三分の一が損害を受けている。


 結局、連合艦隊側の総喪失数は四千隻を超え、一個艦隊分の戦闘艦を失ったことになる。また、中破以上の損害を受けた艦も六千隻を超え、一万隻以上が損傷を受けていた。

 敵に倍する兵力かつステルス機雷原での戦いというこれ以上ないほどの有利な条件で戦闘に突入したにも関わらず、これほど多くの損害を受けたことに唖然とした。


 帝国艦隊については人工知能(AI)の評価しかないが、帝国艦隊のうち、スヴァローグ艦隊の損害は降伏を含む喪失三千隻余。脱出できたもののダメージを受けた艦は五千隻に上り、三割以上の損害のようだ。


 ダジボーグ艦隊一万五千隻のうち、チェルノボーグ星系に脱出できたものは半数の七千五百隻に過ぎず、ほぼすべての艦が損傷を受けている。

 帝国艦隊全体では会戦に参加した戦闘艦三万六千隻の三割近い一万隻以上を喪失した。


 僅か一時間の戦闘であったが、双方で百五十万人近くの戦死者が出ていた。


 その後、ツクシノJPに新たな帝国艦隊の姿が見えたが、星系内部に向かう動きを見せた後、すぐに撤退していった。


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本シリーズの合本版です。
(仮)アルビオン王国宙軍士官物語~クリフエッジと呼ばれた男~(クリフエッジシリーズ合本版)
内容に大きな差はありませんが、読みやすくなっています。また、第六部以降はこちらに投稿予定です。
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