第十話
宇宙暦四五一八年一月二十五日。
私は第五艦隊旗艦デューク・オブ・ヨーク21号の士官次室にいる。
旗艦に来た目的は少尉任官試験を受けるためだ。
試験は口頭試問のみで、試験官は少将以上の将官三名とベテラン艦長二名、人事担当の士官で構成される。
今回は艦隊司令官であるネイハム・ヘンダーソン大将自らが直々に面接を行うと聞いていた。
受験する士官候補生は三十名ほど。ガンルームのラウンジに窮屈そうに座っている。
一人五分ほどの面接を受けていくのだが、私が一番だった。
年嵩の人事局の中尉が私の名を呼ぶ。
「ファビアン・ホレイショ・コリングウッド候補生」
「はい、中尉!」
「これより会場に向かう。ついてくるように」
試験会場は参謀たちが使う会議室だ。
会議室の前に立ち、中尉がノックするのを直立不動で待つ。
「コリングウッド候補生、中へ」という声があり、先ほどと同じように「了解しました、上官殿!」と声を張り上げて中に入っていく。
五人の試験官が正面に並び、左側に事務局である人事担当士官が個人用情報端末を覗き込んでいる。
「ネイハム・ヘンダーソンだ。そこに座りたまえ」
「了解しました、提督!」と言って敬礼し、用意されている椅子に座る。
これだけでも手に汗を掻いており、声が震えている。
「では、簡単な質問をするので落ち着いて答えるように」と大佐の一人が質問を始めた。
最初に言われた通り、質問はごく初歩的な簡単な内容ばかりだった。ただし、内容は戦術、航法、情報、主計、機関と多岐にわたっている。
「では、最後の質問だ。君は戦術士官として巡航戦艦に乗り組んでおり、大規模な会戦が行われているところだ。君の戦闘配置は緊急時対策所で、副長から損傷した主砲の応急補修を命じられ、掌砲手と技術兵数名を引き連れ、Aデッキに向かっている……」
その情景を思い浮かべながら、質問を聞き逃すまいと耳に意識を集中させる。
「……その時、敵からの攻撃が二回直撃した。艦の人工知能からの情報では艦中央部に大規模な損壊があり、対消滅炉が不安定な状態だと警告を流し続けている。しかし、戦闘指揮所、そしてERCのいずれもが沈黙している。君はPDAを操作し、健在な士官を探すが、君の他にネットワークに接続している士官はいない。この状況は理解できたか」
「はい、大佐」
「この状況で君はどのような行動を採るのか、それを簡潔に説明してくれたまえ」
「了解しました、大佐」と答えて息を整える。
ここまで危機的な状況の設問は想定していなかったが、|緊急時対応ガイドライン《ERG》に従えば問題はない。
「まずAIに指揮権が私にあることを認識させます。その上で救助要請信号を発信し、機関制御室の機関長にリアクターの停止を命じます。その後、AIを通じて行動可能な者に対し、生存者の確認、救助を行うよう命じます。その間に機密文書の処理、自爆シーケンスの起動準備を行い、脱出の準備を命じます」
提督は「うむ」と頷き、
「よろしい。では追加の質問だ。戦闘不能と判断する前に、メーデーの発信とリアクターの停止を行う理由を教えてくれたまえ」
これは想定される質問であり、答えは簡単だ。
「CIC及びERCがネットワークから切り離された状態で戦闘は不可能です。また、リアクターが不安定ということは防御スクリーンも不安定ということですので、戦闘継続不能と判断しました」
「CICが回復したら戦線に復帰できるかもしれないのだ。メーデーを発信するのはともかく、リアクターを停止する必要はないのではないか?」
「いいえ、提督。リアクターを停止しなければ、格好の的となります。戦闘不能と判断したら、即座に機関を停止し、敵が脅威と思わないようにしなければ、攻撃を受けて沈められてしまいます」
「つまり、自分が生き残るために戦いを放棄するということかね? それは恥ずべきことではないのか」
睨むように言われ一瞬たじろぐが、即座に「いいえ、提督」と答え、
「戦闘不能の状態で判断が遅れれば、味方は戦力として期待し、敵は脅威とみなして攻撃を加えてきます。正確な情報を上位機関に伝えることは士官の務めです。また、部下たちを無為に死なせることは士官にとって最も恥ずべきことと考えます。以上です、提督」
私が答えた後、僅かに間が空いたが、試験終了が告げられた。
「うむ。ではこれにて試験を修了する。コリングウッド候補生、退出してよろしい」
そこで私は立ち上がり、「了解しました、提督!」と敬礼し、会議室を後にした。
PDAの時計を見ると五分しか経っていないが、私には一時間以上に感じ、疲れがどっと出る。
「では、士官次室に戻るように」と外で待機していた人事局の中尉が促す。
彼の後ろには私の次の受験者が緊張した面持ちで立っていた。私も部屋に入る前は同じような顔をしていたのだろう。
ガンルームに戻る途中、面接のことを思い出していた。
質問に対しては間違ったことは言っていないが、面接では回答より態度が重要だと艦長から言われていた。確かに最後の設問以外は間違えようのないほど簡単なものだった。
堂々というところまではいっていないが、落ち着いて答えたつもりだが、言い淀んだり、言い直したりしており、自信がない。
ガンルームに戻ると、待機中の受験者が一斉に私に注目する。しかし、私語が禁止されているため、何も言わずに視線を戻した。
試験が終わったのに待っているのは艦に戻るための連絡艇を待つためだ。士官候補生のために一回一回、雑用艇や長艇を出すのは不合理なので、十名ほどまとめて送り返すことになっていた。
一時間ほどで定員に達したのか、旗艦の下士官が出迎えにきた。ロングボートに乗り、ベンボウ12号に戻ると、すぐに艦長から報告に来るようにとの命令が入る。
艦長室で面接の様子を伝えると、艦長は「おめでとう。ミスター・コリングウッド」と言って微笑んだ。
まだ結果が出ていないのでどう答えていいのか迷っていると、
「あなたの回答なら合格で間違いないわ。というより、すべての質問を覚えているなんて普通の候補生ではありえないことよ」
「そうなのですか?」
「私なんて艦長に報告する時、最後の問題しか覚えていなかったもの。それも結構しどろもどろになっていたから、艦長から“次があるから気を落とすな”と慰められたくらいなんだから」
今の姿からは想像もつかない。恐らく、誇張しているのだろう。
「いずれにしても今月中に親任状が届くはずよ。いつでも艦を移れるように準備しておきなさい」
艦長の予言通り、三日後の一月二十八日にコミッションが届いた。
『アルビオン王国軍士官候補生、ファビアン・ホレイショ・コリングウッド殿。貴官は去る宇宙暦四五一八年一月二十五日に行われた少尉任官試験に見事合格し……本日付を持ち、貴官をアルビオン王国軍宙軍少尉に任ずるものとする。キャメロット方面艦隊司令長官宙軍大将グレン・サクストン』
コミッションが届いた後、PDAに配属先に関する情報が届く。配属先は第九艦隊の重巡航艦ノーフォーク332号で、戦術士官となるらしい。
艦長に報告に行くと、副長以下の士官のほとんどが待っていた。
「おめでとう。ミスター・コリングウッド」
艦長の祝福の言葉の後に他の士官からも祝福される。
「辛い時期もあったけどよく頑張ったわね。ですが、これからが士官としての力量を試されるのです。あなたなら大丈夫だと思いますが、これからも頑張りなさい」
「ありがとうございます、艦長。この艦で学んだことを礎に士官として恥ずかしくないよう精進していきます」
艦長室を出てガンルームに戻ると、准士官たちが祝福してくれる。
掌砲長のガストン・フレッガー上級兵曹長が「おめでとうございます、少尉」と言い、握手を求めてきた。
その手を取りながら、「ガナーたちのお陰で合格できた。こちらからも礼を言わせてもらいたい。本当にありがとう」と頭を下げた。
その後、下層の食堂甲板に連れていかれる。
多くの下士官や技術兵から祝福の言葉が掛けられ、涙が浮かんできたほどだ。
副長や先任候補生には恵まれなかったが、准士官以下と触れ合えたことは私にとって得難い財産になった。
その日のうちに私は一年半過ごしたベンボウ12号を去り、新たな乗艦ノーフォーク322号に足を踏み入れた。
■■■
第五艦隊司令官ネイハム・ヘンダーソン大将は少尉任官試験を終え、戦隊司令や旗艦艦長とコーヒーを飲んでいた。
「今回の候補生はなかなか期待できそうですな」と旗艦艦長が言うと、ヘンダーソンが頷く。
「そうだな。特にコリングウッドはなかなかの逸材だ。兄の“崖っぷち”のような奇抜さはないが、あれはよい士官になるだろう」
ヘンダーソンはファビアンが試験を受けると知ったため、わざわざ試験官を務めることにした。
ミルワード中佐による過酷な嫌がらせ行為に対し、艦隊の方針に従ってくれたことに感謝しており、ある程度手心を加えるつもりで試験官になったのだ。
しかし、その必要はなかった。
ファビアンは堂々たる態度ですべての質問に淀みなく答え、更に最後の質問でも普通の士官候補生ならたじろぐような言葉にも真正面から受け止め、士官としての心構えをはっきりと述べたためだ。
「確かにあの胆力には驚きましたな。提督にあのように言われても視線を一度も外しませんでした。私の部下に欲しいと思いましたよ」
戦隊司令がそういうと、旗艦艦長も「行き先が決まっていなければ、うちで引き取ったのですが」と笑う。
「我々は彼に借りがある。希望通り第九艦隊に行かせてやろう」
ヘンダーソンたちはファビアンが感情に任せてミルワード中佐を告発しなかったことに大いに感謝していた。二十歳になるかならないかという歳の若者があれほどのいじめを受け、報復の機会を与えられたのに、それを理性で抑え込んだ。
その結果、艦隊内で処理することができ、軍の恥部が世間にさらけ出されることがなくなった。
「ノーフォーク332号でしたな。確かアイアンズが艦長をやっていたはず。彼女なら彼を立派な士官に育ててくれるでしょう」
旗艦艦長がそういうと、
「“烈風”にも伝えてあるから、悪いようにはせんだろう」
ヘンダーソンが言う“烈風”とは第九艦隊司令官のジークフリード・エルフィンストーン大将のことだ。
第九艦隊の特性を最大限に生かせる用兵家で、部下たちからの信頼も篤い名将だ。
今回の人事はファビアンに対するささやかな褒賞だった。
通常、希望通りの人事は滅多にないが、今回に限ってはヘンダーソンたちが軍務省の国防人事局にねじ込んだ。人事局としてもファビアンの行動で無駄な騒動が未然に防がれたことから諸手を挙げてそれに協力した。
「ところで元凶となったミルワードはどうなったかな」とヘンダーソンが尋ねると、旗艦艦長が笑みを浮かべて話し始める。
「まだ噂の段階ですが、軍務省が精力的に動いたようです。コリングウッド以外にも優秀な下級士官に対する嫌がらせが多数見つかり、過去に遡って処分されるようです」
「具体的にはどんな処分が下されるのだ?」
「過去に遡って不名誉除隊とし、騎士の爵位は剥奪されるそうです。年金の受給資格も失うとうちの従卒が教えてくれましたよ」
半年以上も時間を掛けたのはミルワードとファビアンの関係をメディアに気づかせないためだ。ミルワードの退役後、すぐに重い処分に切り替えれば、ファビアンとの関係に気づく可能性がある。
しかし、半年も経てば、ただの中佐に過ぎなかったミルワードに注目する者はおらず、厳しい処分を下してもメディアに気づかれる恐れは少ない。
ミルワード本人が騒ぐ可能性はあるが、あまりに破廉恥な内容であるため、だれも支援しないし、本人も今後の生活を考えれば、騒ぐメリットは少ない。
「不名誉除隊か。確かに軍人にとっては非常に重い処分だが、殺人未遂と考えれば軽い。下士官兵たちの反応はどうなのだ?」
「閣下と同じく軽いと思っている者もいるようですが、軍が公正に処分したことに対し、おおむね歓迎していると聞いています」
「ならば、この件はこれ以上、揉めることはなさそうだな」とヘンダーソンは満足げに頷いた。