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28 頑張る

 文化祭二日目、大事を取って昨日まで休みをもらって、正史は万全の状態で復活する。いつもより早く教室に行くと、既に半分ほどの生徒は揃っていた。みな、正史を見ると口々に「おー、お帰り」と手を振ってくれる。


「元気そうでよかったわ」


「ありがとな、氷室が仕切ってくれたんだろ?」


「ま、これくらいのことは難しいことじゃないわ。寺岡くんのおかげでかなりスムーズだったし」


 肩をすくめて氷室が笑う。その後も軽く会話していると、後ろからダイブしてくるやつがいた。走った勢いで飛びつかれたので、正史はついよろめく。


「おせーんだよ! お前がいなかったら誰が俺を擁護するんだバカ!」


「自分の悪評ぐらい自分でどうにかしてくれよ……」


「なんのための親友だ? お?」


 眉根にしわを寄せて、ずいっと近づけてくる。鬱陶しいことこの上なく、正史は額を指で突き返してやった。


「それで、俺はなにをすればいい?」


「そうね。受付をやってくれると助かるけど……お化けもやっておきたい?」


 冗談めかして聞いてくる葉月に、肩をすくめて苦笑い。


「いいよ、中に入るのは。人気だろうしな……それに、今日は客としても楽しみたいから」


 ぽかんとしてから、納得したように頷いた二人。


 そして、高校二年生。思いっきり楽しむことのできる最後の文化祭が幕を上げたのだった。



 午前中の少しの時間だけを受付で過ごすと、後は自由にしてろ、とクラスから放り出されてしまった。誰もが正史の働きっぷりを知っているので、「俺は一緒に回る相手がいないからいいんだよ! つれぇ!」「ほら、待たせてる相手がいるらしいじゃないニヤニヤ」など、まあ、概ね下世話な感じだったが……。


 十一時に校門で。約束通りに、あずみはそこにいた。


 秋色のコーディネート。

 明るいブラウンのニットの内側からちろりと覗く白いシャツ、膝下まである上品なフレアスカート。おまけに、ミルク色のベレー帽を載せて立っていた。


 群を抜いて美人だった。ちょっと、文化祭に来るには美人過ぎて大変なくらいには。さっそくあたりの男たちはざわつき始めている。中には、声をかけようとする輩もいるくらいだ。


 正史は足を速め、駆け寄った。


「あずみさん、こっちです」


「やっほ」


 振り返ってわかったが、髪にウェーブがかかっている。一昨日まではなかったものだ。昨日の夜はお互いに若干気まずくて会っていないから、その間にかけたのだろう。


 ……ごくりと、喉が鳴った。


 それは反則だってくらいに、かかったウェーブはあずみの魅力を引き立てている。最高のコーディネートに、不意打ちの一撃。


 対する自分は制服……。正史はやるせない気分になりながらも、微笑んだ。


「髪も服も、似合ってます」


「やった!」


 両手でガッツポーズを作ると、隣にならんで手を後ろに組む。


「どこからいこっか」


「そうですね。まずは、ウチのクラスのお化け屋敷なんかどうですか?」


「お化け屋敷!!」


 行きたいらしい。正史は完璧に構造を把握しているし、なんならお化けは全員知り合いなので怖さはないが。自分の作ったものを見てもらいたい、という気持ちがあった。


 人の入りは上々。列に並べば、十分ほどで中に入れた。


 受付の友人が、


「それでは、恐怖しろ」


 と不敵な笑みを浮かべて言ってきたことが気がかりではあったが。特に考えることもなく、中に入る。


 二教室与えられた正史たちが作ったのは、片方の教室では状況の説明を。もう片方のクラスで迷路型のお化け屋敷を作る。というものだった。


 舞台は病院、という設定で、壁に貼り付けられた紙を読んでストーリーを理解していく。その紙も真っ赤な手形がつけられていたり、途中で破けていたり焦げていたり、なにかと不吉な雰囲気にしてある。小道具班の力作だ。


「おおっ……なかなか本格的だね」


 読み終えると、次の教室に繋がる通路がある。そこを通れば、本格的にお化け屋敷の始まりだ。


 二人は黙って肩を寄せ合い、一歩ずつ進んでいく。


 一個目の角にたどり着く直前、左側からお化け役が飛び出してくる。メイクは血だらけで、般若のお面を被った刺激的なものだ。舞台設定を完全に忘れている気がするが、学生の出し物ということでご愛敬。


 ……の、はずなのだが。


「…………?」


 出てこない。

 なにかトラブルがあったのか――


「ヴァァアアアアア!!!」


「うわっ!」


 右側からいきなり、正史に襲いかかる二本の腕。あまりの衝撃に、ちゃんとした悲鳴を上げてしまった。お化け役はニチャァッ、と満足げな笑みを浮かべると、壁の中に消えていった。


 驚きから立ち直れないでいる正史に対し、あずみは平然としたものだった。


「あれ? 正史くんってお化け屋敷のこと全部知ってるんだよね?」


「そのはずなんですけどね……」


 顔が引きつってしまった。本来、お化け屋敷そのものは得意ではないのだ。


 入り口でかけられた声の意味を考えれば、容易に答えは導き出される。


(あいつら……俺の時だけ配置を入れ替えてやがる……!)


 葉月あたりが手配したのだろう。そして、それにクラスの奴らはノリノリで応じた……どうりでさっさと当番から追い出されたわけだ。


「行きましょう……」


 ここから先は、覚悟して挑まねばならない。


 結果、正史は四回悲鳴を上げ、あずみに大いに笑われることとなった。



「ほんともうやだあいつら」


 中庭でぐったりと萎れ、ベンチに座り込んでしまったのは疲労感からだ。まだ心臓はバクバク鳴っている。変な汗出た。


「いい友達だね」


「ほんと、最高なんじゃないですかね」


「懐かしいなぁ。高校時代」


「大学って、学園祭とかあるんですか?」


「あるけど、こんな感じじゃないかな。もっとちゃんとしたお祭りーって感じて、ちゃんとしすぎてつまんないや」


 ぼんやりと校舎と中庭を見回して、ぽつりとあずみが言う。


「そっか」


「どうしたんですか?」


「文化祭と正史くんって似てるなーって」


「?」


 残念ながらさっぱりわからなかった。正史が不思議そうにしていると、すぐにあずみが説明してくれる。


「いろいろ大変で、いっぱいいっぱいなのに、ちゃんとしようって頑張ってるから。だから好きなんだと思う」


「あ、……りがとう、ございます」


 後半はほとんどしぼんでしまって、ろくに言葉にならなかった。というか顔を両手で隠してしまった。恥ずかしすぎて。


 顔を隠したまで、正史は立つ。


「昼ご飯、買いに行きましょうか」


 そこからは端的に言って、いつも通りだった。夏祭りの時にあったように、二人で同じものを見て、食べて、飲んで笑って。


 あっちこっちを行ったり来たりしている間に、時間はあっという間に過ぎて、終わりの時間になる。


 夕焼けの差す校門の前で、二人は向き合っていた。


「ありがとね。楽しかった」


「俺も楽しかったです」


「じゃあ、また後でかな?」


 小首を傾げるあずみに、正史は息を一つついて、告げる。


「あずみさん。俺、行きたい大学ができました」


 突然のことに、なにがあったのかとあずみは固まる。


「遠くの大学です。だから、俺、二年後にはここから離れます。来年も受験とかいろいろあって……たぶん、一緒にいられる時間、少ないと思います」


 息が詰まる。想像するだけで辛い。それくらい、もう、あずみのことを切り離すのは無理なことだった。だから、だからと正史は手を伸ばす。


 いつだって遠くの未来へ楔を打ち込むように。


「それでも俺は、あずみさんの側にいたい。一緒にいられなくても、遠くに行っても、あなたの隣にいたいと思うんです」


 遠くの大学で、学びたいことを見つけた。


 それは、食に関することだった。農学部に入って、あずみが好きな食べ物のことを研究したい。それで、彼女のことを笑顔にしたい。


 その夢が、あずみと正史の距離を遠ざけるけれど。その距離すらも超えて、隣にいたいのだ。


 答えは、少しだけの間をおいて。


「ひかりんがね、言ってたんだ。きっとこれから苦労するって。遠距離恋愛っていうのかな? ほとんど別れるんだって。遠いと会えなくて、それじゃ意味がないって。最初はそんなことないって言ってても、ダメなんだって」


「…………」


 肺が圧迫されるみたいだった。


「だけど、ね。私は頑張りたい。好きでいてもらえるように、正史くんを好きでいられるように、頑張りたいって思うよ」


「頑張る、ですか」


「ダメ……かな?」


 あずみは頑張った。そのことは、近くにいる正史が誰よりも知っている。この半年間で、彼女がどれほど変わったかを知っている。いつもいつも、太陽みたいな笑顔を届けてくれる彼女が、頑張っていないはずがなくて。


 だから、その言葉は自然に受け入れられた。


「最高です。頑張る。俺も、頑張ります」


 不器用な人間だから、誰かと寄り添うには努力がいる。


 だけどその努力は、きっとなによりも価値があるものだ。

これにて文化祭編完結

エピローグみたいなクリスマス編で、本編完結です

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