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26 サラダ記念日

 夏休みが終わる一週間前になって、ようやく文化祭の出し物は全体像を明らかにし始めた。と言っても、設計図ができて、材料調達の目処が立った。程度のものだが。残りは直前の準備でどうにかなるだろう。


「よし! お疲れ!」


 忙しい中駆けつけてくれた運動部の何人かと、暇だからとほとんど参加してくれた文化部、それから帰宅部の面々に礼を言う。


「いやぁ、人徳だよなあ」


 手を頭の後ろに組んで、颯太がからかう。後ろからため息交じりに葉月が、


「ちょっとは見習ったらどう?」


「やだよ、童貞がうつる」


「最オブ低だな相変わらず。浮気以来彼女はいるのか?」


 颯太ははんっ、と息を慣らすと


「たりめえよ」


「いないんだな」


 指を鳴らしてどや顔の颯太。どうやら浮気の相手が悪かったらしく、他校の女子にまでブラックリスト扱いされているらしかった。


「合コンでも幹事役だけやらされんのな。ははっ」


「それで笑って流せるお前はすげえよ」


「いや、ちゃんと席順いじりまくって話の噛み合わないペアばっかり組ませた」


「恐ろしいな」


 外道の極みだった。親友じゃなかったら馬に蹴らされるのに。


「つーわけで、この後遊びにいこーぜ」


「いや、……ちょっとやることがあるから」


「文化祭か? 裏でこそこそ?」


「バカ言え。やるべきことはもうやった……今からは、俺のことだよ。進路だ」


「そんなもん『大統領』って書いときゃいいのによ」


 つまんね、と言って颯太はくるりと振り返って、


「んじゃ、二人で行くか、葉月たんっていねえ!」


「氷室ならもう帰ったよ」


 わざとらしく肩を落としてみせる颯太を置いて、向かうのは進路指導室だ。学校自体は夏期休業だが、文化祭準備のついでに寄れば話くらいは聞いてくれるだろう。


 やりたいことないが、やってみたいと思えるようなことならどこかにあるかもしれない……。



 机の上に大量の資料を積んで、ため息を一つ。


「……どうしてこうなった」


 どうしてもこうしても、正史が普段から礼儀正しく、役員活動に積極的であるためいろいろな教師から好かれている。というのが原因だった。進路指導室で始まった会議は、途中で入室してきた数学科の教師によって職員室まで広まり、気がつけば二年次の教師はほとんど揃っていた。


 成績別から、引っ越しをしないで済むもの、奨学金の使える学校、果ては海外留学まで出てくる始末だ。あれは絶対、ただ遊んでいるのも五割くらいあった。


 ありがたいが、厳選しても十数校残り、そのパンフレットがこうして行き場もなく鎮座している。帰って目を通せと言われたが、辞書みたいだ……。


 そうやって頭を悩ませていると、玄関ベルが鳴った。


 相手は誰だかわかっているので、大して片付けることもなく開ける。


「テラくんテラくん、今日は野菜をいっぱい買ってきたよ!」


「ありがとうございます。じゃあ、せっかく野菜たっぷりなんで、スープカレーにでもしますか」


「スープカレー!?」


 満面の笑みに、いっぱいの買い物袋。とても二人で消費できる量ではないので、何日かにわけて使うことになるのだろう。ざっくり食材を確認して、台所に並べる。


 カレーのルーとコンソメは常備しているから、問題なく作れるだろう。


「正史くんって魔法使いみたいだね。食べ物持ってくると、じゃあはいって、美味しくしてくれる」


「料理人にはなれませんけどね」


「どうして?」


「修行とか、できないんですよね。あんまりそういうの好きじゃなくて」


 野菜を大きめに切って、火に掛けた鍋へ入れる。ビーマンとじゃがいも、人参とおくら。おくらは小さくて柔らかいのを選んで、二本。切らずに入れてしまう。


  ルーの素を入れて、溶かしていく。隣のフライパンで若鶏の胸肉を焼いて、それも鍋へ投入。


「そうなんだ。あ、大学のパンフレット?」


「先生たちからもらって……ちょっと多いですよね」


「懐かしいなぁ」


 広げて高校時代を思い出すあずみ。正史は鍋の中をかき回しながら、なんとなく思いをはせてみる。資料をもらったことで、昔よりも鮮明にイメージできる。


 大学。キャンパス。サークル。単位……。


 やけにキラキラしたそれは、知らない世界への補正も入っているのだろう。だが、……少しだけ憧れが芽生えたのも事実だ。


 火を消すと、完成したことに気がついたあずみがスタスタと近づいてくる。正史の背中から鍋をのぞき込むと、


「おぉっ!」


 感嘆したような声を漏らす。これでもかと大きめに浮かんだ野菜と、緑色の鮮やかさ。普通のカレーにはない色彩がよかったらしい。


 ひどく楽しそうに、


「私ね、正史くんの料理を食べるまで食べ物とかどうでもいいと思ってたんだよね」


「あぁ……そうでしたね」


 今からはとても考えられない。


「料理の手間がめんどくさいっていうのが十割なんだけどね」


「自信満々に言わないでください」


「もう正史くんの料理なしじゃ生きていけ――なくもないけど……」


「…………」


 唐突の爆弾に、撃沈する二人。


「え、ええっと! じゃあ食べましょうか!」


「そうだね! そうしよう!」


 無理矢理に明るい声を出して奮い立たせると、食卓についていつも通りに手を合わせる。


 その後の会話は、いつも通りとはいかなかったが。


 気まずい空気の中、正史の中で意識はある方向へ固まっていった。



「勉強、するか」


 面倒くさいが。ちゃんとしろ。


 あの人の横に、しっかりと立っていられるように。

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