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25 決意と覚悟

 生まれて初めての感覚だったと思う。


 正史があの時――あの海辺で感じたものは、これまで一度も味わったことがないものだった。


 焼けるような胸の苦しさと、脳を蝕む甘い甘いささやきと、どこか予感めいたもの。この光景が、これからもずっと続いていくんじゃないかという未来への期待。


 終わらせたくない。


 引っ越しや進学、ちょっとした環境の変化で消えてしまう今の関係を、そんなことで終わらせてしまいたくないと。強く、強く願いが募っている。


 夜の高速道路を、ひかりが運転するハイブリッドカーは走る。田舎道だけあって渋滞はない。後続者すらなく、帰り道はとにかく静かだった。葉月とあずみ、颯太までも静かに寝息を立てている。


 起きているのは、正史と運転手のひかりだけ。


 窓の外の景色を眺めている正史をルームミラーで確認して、ひかりが声を掛ける。


「寝ててもいいよ。疲れてるでしょ」


「いえ、……眠くないので」


「そう? じゃあちょっと話し相手になってくれる?」


「いいですよ。まあ、話題にもよりますけど」


 ちらりと隣で眠っているあずみへ視線を向ける。寝顔などもう見慣れたと思っていたが、今日はちゃんと見られるような気がしなかった――というか、寝顔にちゃんと見るも見ないもないような気はする。


「大丈夫、その話題は避けてあげるから」


「恩に着ます」


「でも、一個だけね。今日、花火がしたいって言ったのはあずだよ。それだけは知っといて」


「…………ちゃんと、気がついてました」


 バケツを片手に駆けてくる姿が、まだ目蓋の裏に残っている。


「そ? ならいいや。じゃあ、なんの話しよっか」


「好きな音楽の話とかですか?」


「いいよー。ウチは今流れてるみたいな、男性アイドルグループだね。ごりごりにオタだから。寺岡少年は?」


「俺はちょっと昔のJポップとかです。だからあんまり流行に乗れなくて」


「あー、っぽいね」


 ケラケラ笑って、


「じゃあ、あんまりカラオケとか行かない系男子?」


「たまに行きますよ。そこの颯太に誘われて」


「あー。三輪少年は好きそうだもんね。けど、そもそも二人が親友っていうのが不思議な話だ」


「よく言われますけどね……わりと自然な流れですよ」


「というと?」


「俺はあんまり行動力とか、好きなことがないから、そいつがいろんなとこ連れてってくれるのが必要なんです。で、颯太は宿題とかほっとくタイプなんで、ちゃんとやってる俺に需要があるみたいな」


「必要に駆られてるねー」


 けらけら笑うひかり。ついでだからと、正史はひかりとあずみの関係について聞いてみる。


「ん? ウチとあず? そうだね、どこから話せばいいかな……江戸幕府が滅亡したくらいからでいい?」


「平成からお願いします」


「じゃ、去年かな。そう、初めはウチから声を掛けたんだよ。一人でいるあずにね」


 懐かしむように、


「ほら、その子って変わってるでしょ? 着ても怒られないから、服を選ばなくていいからって理由だけで白衣なんか着回すの。そんなことやって許されるの京都の頭いい大学生くらいなのにさ」


「そうですね……京都の頭いい大学ではよくあることらしいですね」


 学生運動とかいろいろ止まらない大学だ。


「で、入学早々孤立してたっぽくて。可愛いのに勿体ないなあーって思って声を掛けたのさ」


 アンダースタン? と聞かれたので、「はい」と答える。


「そこからはうわっ、この子可愛い! って感じでベタ惚れ。そのまま親友ポジ奪っちゃえ! って勢いだったよね」


「なんというか……すごい行動力ですね」


「若さだよ! 君たちには負けるけどね……で、さ」


 唐突に真剣な様子になったひかり。空気が変わったのに反応して、聞き方を変える。


「それでもあずが変わったのは、最近なんだよ」


「…………」


 なんと答えればいいのか。なにを答えるべきなのか。


 わからないまま、車は高速道路を降りて下道に入る。その頃になると、皆それぞれ眠りから覚めて目を擦り始める。ひかりとの会話は、自動的に終わる。


 アパートで正史とあずみは降ろされ、颯太と葉月は家まで送って貰うことになった。


「そいじゃね」


 と手を振るひかりに会釈するときも、最後の言葉は引っかかったままだった。だが、とうのひかりはあっけらかんとしたものだった。


 去って行く車を見送って、二人はいつものように戻っていく――わけではなく、曖昧な空気のまま駐車場に突っ立っていた。


「ゆき……あずみさん」


 花火の勢いで始めた名前呼びだが、どうにも落ち着かない。それはあずみにしても同じらしく、


「ど、どうしたのテラ正史くん」


「すごいいっぱい俺がいるみたいですね」


 ぎこちない空気に、軽い笑みがこぼれる。


「もう少しだけ、待ってもらえますか。伝えたいことがあるんですけど……まだ、うまく言えそうになくて」


「なにかくれるの?」


「違いますよ……俺、ほしいものが見つかったんです」


「わかった。待ってる」


 こういうところなのだろうな、と思う。いろいろと抜けているようでいて、どこか正史よりも余裕がある。年上だからというのもあるだろうが、あずみの本質が、誰かを許したりすることのできるものなのだ。


 こうやって、うじうじしている正史のことも、ずっと許してくれている。


 恋だろうと、颯太も葉月も言う。


 だが、これはきっと違う。


 普通の高校生がするような、刹那的で輝かしい形にしてはいけないものだ。そうすればきっと、あっという間にバランスが崩れてしまうから。


 決意はできた。覚悟もある。


 あとは、やるだけだ。

文化祭編詐欺、終了

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