22 青春願望
夏休みが中盤を越えると、文化祭の準備をしなければならない。役員の正史と葉月は率先して学校に行き、全体の進行を早めに進めていた。
しっかり者で有名な二人が中心なので、周りからは安心した空気が漂っている。
「まあ、どれだけ頑張っても直前は大変なんだけどね」
苦笑いを浮かべながら段ボールを裁断する葉月。まあな、と肯定して正史はポスカの蓋を開ける。
「お化け屋敷となるとな……定番だけど、おっそろしく大変だもんな」
おまけに、幸か不幸か、正史たちのクラスは隣にある空き教室も使っていいんだと。準備の段階で物置きがあるのは助かるが、正直余計な棚ぼただった。
「はぁ……こんなことで内申点ちまちま稼ぐより、勉強したほうがよっぽど楽なんじゃないかしら」
「そうだよな。なんでそうしないんだ?」
「推薦のほうが楽で早く終わるでしょ」
当然、というように言い切る。そういうものなのか。ちっともわからないが、葉月がそういうのなら、そうなのだろう。
「寺岡くんって、受験のこと考えてないの?」
「考えなきゃとは思ってるんだけどな……やりたいことかぁ」
ぱっと思いつくことはなにもない。
「別に、将来の夢じゃなくてもいいんじゃない? それだけが大学選びの基準じゃないと思うけど」
「どういうことだ?」
「れいの女子大生と同じところ、とか」
正史はむせた。
「――お前な、」
「お前?」
「氷室……あんまり変な勘違いして囃すなよ。俺は今のままが気に入ってるんだ」
「ふうん。今のまま、ね」
呆れたように言って、その後にもなにか続けようとする。だが、三人目の登場によって遮られた。
「ゴリゴリくん買ってきたぞ」
「いつ聞いても不味そうな商品名だな」
ゴリゴリくんとは、異常に硬いことで一部から絶大な人気を誇るアイスキャンディーである。颯太が買い出しに行くと、ほぼ間違いなくこれを買ってくる。
「ソーダと抹茶とナポリタン、どれがいい?」
「なんで一個だけ冒険心覗いてるんだよ。統一しろよ」
「ちなみに俺はソーダな」
「じゃあ私は抹茶」
「ほい、正史がナポリタン」
「ちっっとも納得いかないんだけどな!!」
抗議するが相手にもされず、二人は包装をはがしてパクっといってしまう。
「……」
ナポリタン味。明らかに合成着色料の色味で、匂いが完全にケチャップ。
深呼吸して、一口。
……完全に冷えたナポリタンだった。が、正史は目を輝かせる。
「おぉ! これすっごい美味いぞ! 一番好きかも!! 大当たりだろ」
「おっ、マジ? たまにあるよなぁそういうの」
「一口食べてみるか?」
「おう。サンキュな――」
しゃこ、しゃこ、しゃこ、っと咀嚼する颯太。その顔から少しずつ感情が失われていく。
「てめえ、なんてもん食わしやがる」
「買ってきたのは颯太、とだけ言っておく。……しかし、ほんとに不味いな。不味い。よくない」
どういう経緯でこんなものが商品化されるのだろうか。話題性の確保ならもっと、明らかにやばいやつにしてほしい。
泥味とか。そうしたら颯太だって差し入れにしようとは――思うかもしれないが、そのときは殴っても怒られないはずだ。
残すのも気が引けてペロペロと少しずつ消費する。
「そういや正史、美人女子大生とはどうなってんの?」
「だからどうともないって」
「どうともないってこたぁないだろ。来年の約束までしてるんだから」
「……してるけどさ」
「じゃあ、付き合ってるようなもんだろ。なんでまだウジウジしてんだよ」
颯太の追求に対し、久しぶりに正史は真剣に嫌そうな表情をした。それで、地雷を踏んだことがわかって親友は即座に身を引く。
「ま、お前が決める話なんだけどな。経過報告くらいはしろよ」
「わかったよ……ほら、作業するぞ」
目の前に積み上がった仕事へ戻るのは、どこか逃げているようでもあった。
※
海の上には入道雲が浮かんでいる。
空の青と、海の青。この街からは、二つの境界を臨むことができる。学校帰りに寄り道をして、自転車を走らせてきた。
正史はぼんやりと一人、ここにいた。
自分探しを痛いと言いはしたが、しかし、探さなければ見つからなそうで。あの祭り以降、ぼんやり考え事をする時間が増えた。
自分はなにになりたいのか。どんな将来を描くのか。理想はなんなのか。
輪郭すら定まらないものを探し始めたらきりが無くて、深い闇に迷い込んだみたいだ。
「そりゃ、俺だってさ……」
人並み程度に青春への憧れはある。
だけど、手を伸ばして一時的に手中に収めても、長続きはしないのだろう。
確たるものが、ほしい。
あずみに出会ってから、ほしいものばかり見つかって、息をするのが少しだけ苦しい。
クリスマス編で本編完結かなと思ってます。もう折り返してるはずです。