20 ロマンチックは死んでいる
トーラムオンラインしてました。
そして約束の日。炎天の下を、正史とあずみは歩いていた。
夕方からは花火大会で、それまではラーメンフェスを満喫する予定だ。
「きたー!」
「うおお、すごいですね」
どこから湧いてきたんだという人の波に、ガンガン鳴り響くJ-popのメロディ。夏らしい雰囲気によく合った、明るい恋の歌だ。有名だから正史でも知っている。意外なことに、あずみもだったらしい。
「懐かしい曲だね」
「雪村さんって、歌とか聞くんですか?」
「たまに友達とカラオケに行くよ。国歌しか歌えないけど」
「なるほど……」
やけに楽しそうに国歌を歌って、他の人の曲を聴いている姿がありありと目に浮かぶ。
「しかし……人、多いですね」
「そりゃあ、ラーメンは地球の国民食だからね」
「規模めっちゃ大きいですね」
開放的な屋外で、大量の露店が並んでいる。入場するときに箸を受け取り、帰るときに投票していくスタイルだ。票数は箸の本数になるのだという。
魚介系のあっさりしたものから、豚骨のがっつりしたもの、辛さ重視のものもあれば、最近流行のビーガンラーメンなんてのも並んでいる。
だが、どこを見ても行列ばかりだ。正史は内心、かなりげっそりしていた。こういう人の多いところは得意ではない。
その横であずみは一人、「よし、……」と小さく呟いて、胸に手を当て、
「い、いくよ、テラくん」
するりと手を伸ばして正史の手を掴み、歩き出した。
「え、……? あ、はいっ!」
唐突のことになにがあったかわからず、動き出してもやはりなにが起こっているのかはわからないが、手を引かれるので足は動く。人混みの中で、避けるのに精一杯だから誤魔化されているが、繋がれた手の柔らかさに意識が持っていかれそうになる。
「ゆ、雪村さん……!?」
「は、はぐれちゃうからだよ。はぐれちゃわないようにしてるだけ」
「…………」
そりゃそうか、と邪な考えを捨て去ろうとする正史。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせるので精一杯になる。
だから正史は気がつかない。前を歩くあずみが、顔を赤くしていることなど。
「そういえば、目当てのお店ってあるんですか?」
気まずさに耐えきれず、正史が話題を振る。すると途端にあずみはくるりと振り返り、こくこく頷きだした。
「あるよ。あるに決まってるんだよテラくん。私が愛して止まない鳥白湯の名店、『竜角』が出店してるんだよ!」
楽しそうに指さす先には、長蛇の列。この会場でも屈指の人気を誇るらしいその店は、また昼前なのにオリエ〇タルランド(株)の経営するテーマパークくらいの混み具合をみせていた。
緊張も一瞬だけ忘れて、完全に閉口する正史。
「いこっ! 売り切れちゃうよ」
「……ですね」
力なく笑って肩をすくめる正史。なんというか、いつも通り振り回されっぱなしだった。相変わらず
、家ではダラダラゴロゴロしていて、放っておけば食生活が破綻し、期末試験の前には徹夜しまくって案の定死にそうになっていたのに。
こうやって外にでたり、なにかをしようとすると、主導権を握るのはあずみのほうだ。
彼女が楽しいと思う世界に、正史まで連れて行ってくれる。新しい景色を見せてくれる。そんな気がした。
長蛇の列に並んで、その時点で二人の手は離れて、内心では二人ともほっとして。
そんなこんなで、約三十分後。
「うっ…………うまい!!!」
「でしょ! でしょ!」
「なんですかこれ!? なんですかこれ!?」
「ふふっ、これがラーメンだよ、テラくん。鳥白湯の素晴らしさは伝わったかな」
「すごい……すごすぎる…………」
価値観を塗り替えられた少年と、満足げに腕組みをする女子大生。
「ここに餃子があるよ、テラくん」
「ダメです……それは人をダメにする……日常に帰れなくなってしまいます」
「大丈夫だよ。夢は覚めるし、いつでも見れるから」
「そうか、ここが夢の国だったのか」
差し出された餃子を箸でつまんで、口に運ぶ。熱々の皮の中からあふれ出るジューシーな肉汁。この炎天下で熱い物を食べる……ッ! それが不思議な相乗効果を持って、正史の快楽神経を強烈に刺激していた。
「くぅぅぅっ」
「いやー、いい食べっぷりだね。男の子だね」
「それほどでも。……というか、こんなにお店があるのにぜんぶ食べられないなんて、勿体ないですよね」
「え?」
「?」
あずみが首を傾げた意味がわからず、正史も首を傾げる。
「え、いや……ぜんぶは回れないでしょう?」
会場には何十軒も出店しているので、胃の容量がどう考えても追いつかない。物理的パラドックスが起きてしまう。
「回らないと投票が公平じゃないよ、テラくん」
「正論だけども!」
「さぁ、いこう! 花火まではまだまだ時間があるよ!」
「ひぃぃぃ!」
元気いっぱいの笑顔に焼き殺されそうになりながら、正史は思う。
この人相手に、ロマンチックはあり得ないと。