19 この後めちゃくちゃ〇〇た
夕食時。いつものようにぐだりとベッドで倒れ込んでいるあずみに、正史は声を掛けてみる。
「雪村さん……ね、寝てる?」
「起きてるよー。どったの?」
いつもより一段と疲れた顔をしているので、正史はどうしたのだろうと、話題を切り替えることにした。
「今日、なにかあったんですか?」
「んー。ちょっと買い物に連れ回されてた? かな」
「へえ。なに買ったんですか?」
「言わないよ」
「え?」
「それだけは言えないって、この心が叫んでいるんだよ。心が体を追い越しているんだよ」
「入れ替わっちゃうヤツですか」
「よくわかったねー」
ゴロゴロと転がって、すてんと床に降りるあずみ。前は両足をぽーんと伸ばして、完全な無防備だったのだが、最近はいわゆる女の子座りというやつをしている。
そこにきて、正史は話題を逸らされたことに気がついた。あずみはなんだかんだ、本当に隠したいことは上手くはぐらかす。まあいいか、と諦めて、台所に向き直る。
「それでそれで、テラくんはなんの話だったの?」
「話……ああ、いえ、えっとですね」
改めて切り出そうとすると、言葉が詰まってしまう。
(大丈夫……深い意味はない……深い、意味は、ない。……颯太と氷室でも一緒に行くんだ…………大丈夫、大丈夫)
強い自己暗示と、颯太の策略によって、やっとその言葉を切り出すことができた。
「えっと……雪村さん、今度の週末、空いてますか?」
「んー? 今度の週末は実家に帰ってると思うけど…………どったのテラくん?」
「あっ……いえ、なんでもないです」
「すっごいげっそりしてるけど」
壁によりかかっていないと、立っていられないほどに正史は全身から力が抜けるのを感じていた。ヤバい。理由はわからないが、ちっとも生きる気力が湧かない。
「週末、なにがあったんだっけ……」
あずみはしばらく「うーん」と考えて。
「あ」
なにかに思い当たり、
「ちょっと待ってて!」
真剣な顔をして正史の部屋を出ると、自分の部屋に戻っていく。正史は「あー、はい」と中身のない返事をして、とりあえず椅子に座った。そうでもしないと崩れてしまいそうだった。
「やばい……なんだこれ」
全身からありとあらゆるものを抜き取られたような、虚脱感。別に問題ないだろうと、頭ではわかっているのに、体の奥の方でなにかがざわついている。
と。
足音が戻ってきて、玄関のドアを開けた。
「行ける! 行けるよ!」
「え……?」
「うん。実家に帰るのをずらしてもらった」
「そこまでしなく……ても」
口ではそう言いながらも、むくむくと元気が戻ってくる正史。本人だけはそのことに気がついていないが、椅子から立ち上がり、今にも小躍りしそうである。
「いやー、私もずっと気になってはいたんだよ。行きたかった。でも、一人だとどうしても不安だからね。テラくんがいてくれるなら、怖い物なしだよ」
「そうですか? ならよかったです」
「うん!」
元気よく頷いて、そしてあずみは言った。
「これでラーメンサミットに行けるね!」
「…………????」
正史は腕組みして、推理を始めた。もしかしたら、自分が誘おうとしていた花火大会は、ラーメンサミットという名前だったのではないだろうか。その可能性は捨てきれない。ラーメンを食べながら花火を見る……これこそ夏の風物詩。
「いやいや」
「どしたの?」
「あの、俺が誘ったの……ラーメンサミットじゃなくて、花火大会なんですよね」
「夜空の炎色反応?」
「理系っぽくなりましたね急に!」
「花火かー」
あずみはううむ、と唇をとがらせる。
あれ……? と内心で焦る正史。もしかしたら、あずみは普通に花火への興味がないのかもしれない。
「リンゴ飴とか、ああいう屋台もでますし。……どうせだったら、ラーメンサミットと両方行きません?」
「リンゴ飴…………」
キラリと、あずみの目が光った。この大学生、適当な食べ物で釣っておけば問題ないのがチョロいところである。
「うん。わかったテラくん。今から行こう」
「まだやってません」
「待てないよ。待ちきれないよ。もう私はね、行く気満々になっちゃったんだよ。どうして直前に誘ってくれたなかったの?」
「そりゃ、予定とかありますし」
「そんなものはいくらでもずらせばいいんだよ。テラくんと遊ぶんだったら」
当然のように言い切るあずみ。
その言葉の破壊力を知らないのは、当人だけだった。
直撃をくらった正史はというと、この後めちゃくちゃ悶えた。