2 ドライヤー
家に連れ帰ったはいいが、その後どうしたものか正史にはわからなかった。なにぶん、相手は女性である。年齢は近いか、向こうの方が年上か。
リビングに運び込んで、座布団に頭をのせて横たえる。ぐっしょりと濡れた白衣と、その下のブラウス。ロングスカートも当然、脱いだ方がいいのだろうけど…………。
「あの、動けますか?」
「むりぃ」
「服、脱いでください」
「やっぱりそういう目的だったんだ…………」
「犯罪者でも風邪持ちとはごめんでしょうね。百パーセントうつる」
持ってきたタオルで髪の水分を拭き取りつつ、正史は会話に応じる。やはり長いと、含まれている水分の量が違う。男のようにそのままドライヤーというわけにはいかないだろう。
立ち上がって除湿機を動かし、ドライヤーを持ってくる。ついでに押し入れから毛布を引っ張り出す。
「まあひとまず、白衣だけは脱いでください」
「えっちだぁ」
「白衣の下があられもない姿だったら、変態は雪村さんのほうですからね」
「あられもないかもよ」
「期待してないので」
「つれないなぁ……」
ぶつくさ言っているが、そんなふざけていられるほど余裕はないはずだ。今も息は絶え絶えで、ひどく苦しそうにしている。白衣を脱ぐのも、手伝いが必要だった。
下はさっきから見えているブラウスと、ロングスカート。白のブラウスは濡れて透け、下着のラインがくっきりとうつってしまっていた。正史は内心の動揺を、舌を噛むことで無効化。すぐに上から毛布をかけて、見なかったことにする。
「座ってください。髪だけは乾かさないと」
「うん」
と言っても、この家に座椅子なんて便利グッズはない。あるのは勉強机のものが一つ。背もたれがなければ倒れるだろうし、勉強用のなんて快適さがかけらもない。そもそも、一度立ち上がらなければ座れないのだ。現実的とは言い難かった。
まあ、もうお姫様だっこしたし。仕方がないか。
ため息をつきつつ、どうせ、あずみも気にしていないのだろうと、
「起こしますよ」
「うわー」
脇の下に手を入れ、上半身を抱き起こす。そのまま、自分の体を背もたれ代わりにして、体重を預けさせる。密着の仕方がすごいけれど、これは仕方のないことだと言い訳。やましい気持ちはこれっぽっちもない。
ドライヤーからの熱風で熱くならないよう、適度に分散させながらかけていく。
「なんか……上手だねえ」
あずみは上の空で、うっとりした声を出す。
正史は落ち着いた声で答える。
「弟妹によくやってましたからね。それにしても、ひどい傷み方してますよ。ドライヤー、ちゃんと使ってますか?」
「アサヒのドライは好きだよ」
「スーパードライの方じゃない」
あらかた乾いてきたら、風力を弱めていく。最後に冷風へと切り替えて仕上げていく。こうしないと、熱くなりすぎて髪が傷むのだ。短く整える男ならまだしも、伸ばしたい女性にとっては大問題だ。
「んー……」
相当気持ちよかったらしく、あずみは正史の腕の中でうとうとし始めた。
「雪村さん……ね、寝てる」
完全にぐったりとして預けられる体重。これには、さすがに焦ったがどうこうしようと思うことはない。正史は自他共に認める、“ちゃんとした人間”だ。
欲求が存在しないわけではない。
今もこうして、華奢な体を後ろから抱きしめていることとか、うっかり手をずらしたら触れてしまいそうな胸の膨らみが、気になってしかたがないのが本音だ。
それを理性で押しつぶすから、彼はちゃんとしている(ヘタレ)なのだ。
あずみを持ち上げてベッドにのせ、毛布で優しく包んでやる。服は濡れたままだが、それでも最初よりはマシだろう。
体調がよくなるまではこのままか……だが、それはいつなのだろう。熱の様子からして、数日はかかってしまいそうだ。鍵をなくしたって言っているし、携帯も水没だし……万事休すここに極まれり。
一人暮らしの男の家に女性が一人。
それが、しばらく続くのか……。
「頑張れ、長い人生の中のほんの一瞬だ」
この風邪が治れば、すべて元通りになる。あずみと正史の生活サイクルは違うので、気まずさも直になくなるだろう。
この時は、そう思っていた。