18 花火大会に行こう!!
正史がぽつりと呟いた言葉は波紋を生み、直後、葉月はガタンッと音を立てて身を乗り出そうとした――が、それを制したのは颯太。
「止めないで! 私は今、この真面目バカに現実と向き合わせないといけないのよ」
「待て待て。いいか、こういうとき、下手に押しすぎると余計に意固地になる。真面目ってのは要するに、頑固っつうことだからな。外堀から埋めてくぞ」
「なるほど……珍しく一理ある。でも、具体的にはどうやって」
ひそひそ話をする二人が気になりはしたが、正史はため息をついて見守るだけだ。
「ほら、寺岡くんのあれ……絶対恋煩いだって。さっきも花火大会のポスター見てたし」
ぜんぶ気がつかれていることに気がついていないバカ(正史)を可哀想な目で見つめる葉月。
「俺にいい考えがある」
「悔しいけど三輪……恋愛に関してはあんたがエキスパートよ。私は早く、砂糖を吐き散らかすような恋バナをしてみたいんだから、ちゃんとしなさい」
「まずはだな、……高校でうっかり正史が恋人を作らないよう、あいつの悪評を流す」
「正気とは思えないクズさね……」
「まともな性格だったら浮気なんかしねーよ」
「恐ろしいほどの説得力ね……。知り合いであることを恥じるわ」
「俺だって好きで浮気したわけじゃねえんだぜ?」
「……どういうことよ」
「気がついたらしてた」
「死ね」
颯太の耳を葉月が引っ張り、「あだだだっ」と叫び声を上げる。店の中だから静かにしろ、と正史が静止したから大人しくなったが、葉月は颯太を睨み続けている。
その様子をぼんやり眺める正史は内心で、「こいつら付き合えよ……」と思っていた。そしてそれは、真っ直ぐ視線で伝わる。
「寺岡くん、その目、やめてくれる。誤解だから。お願い。それだけは死にたくなるから」
「そこまで言う? ねえ、俺だって心があるんだけど」
「どこに?」
葉月が般若のような形相で睨みつければ、颯太は「こえー!」と笑う。
「楽しそうだよ。そこの二人って」
「ちょっと、なにニヤついてるのよ。寺岡くんも踏まれたいの?」
「経験はあるのか……」
さすがは女王様だ。貫禄はだてじゃない。
正史が軽く怯えていると、颯太はなにかを思いついたように手を打った。むふふん、と口元が得意げなネコのようになっている。
「確かに、俺は葉月たんといると楽しいな」
「三輪の命日は今日でいいのね?」
「ちょっと待て」
正史には聞こえないようにと声を潜め、
「いいか。俺とお前で花火大会に――ちょっと待て、その鉄製定規はどこからでてきた? いいから、落ち着いて聞け。これは一石二鳥の作戦なんだ。俺たちが演技さえすれば『ちょっと仲がいいから』という理由で、恋愛感情がなくとも花火大会にいけると、あのバカに思い込ますことができる」
「……な、なるほど…………三輪はすごいクズね」
「任せとけ」
「大事なことはなにひとつ任せないようにするわ」
「冷静な采配で俺は泣きそうだぜ」
さて、と手を打って正史に向き直る颯太。
「俺と葉月たん、今度の花火大会に行くんだけどさ」
正史は興味深そうに目を見開き、
「楽しそうだな。俺も行きたいよ」
「来んなカス……殺されたいのか?」
がっしりと正史の首をホールドして、押さえ込む颯太。こうすることで今度は、葉月には聞こえないように会話が始まる。
「あれ? 俺たち親友じゃ……?」
「おいおい、いくら親友でもここは譲れねえぜ」
混乱する正史へ、諭すように颯太は語る。
「お前、……やっぱり氷室のこと好きなんじゃ……」
「いや、マジな話、恋愛感情は微塵もない」
「え、じゃあなんで……」
「ぶっちゃけると、今は、夏祭りを氷室葉月と歩いたというステータスだけが欲しい。それがあれば合コンでの立ち回りが有利になるし、なにより男たちへのマウントになるからな」
「クズめ」
「なんとでも言え」
はっはっは、と笑い飛ばし、その後でだからさ……と言葉を繋ぐ。
「お前も、一緒にいたら楽しい人と行けばいいだろ?」
「楽しい人……か」
「さぁて、それじゃあ買い物の続き行くか!」




