17 恋をする人は
服選び。
なぜ多くの人間がそれを嫌い、避け、安直なチェックTシャツへと流れ着くのか。その理由は、極めて単純である。
「はぁ………………キッツ」
とにかく疲れる。
壁に手をついて、正史は深々とため息をついた。胃の底から疲労がせり上がってきそうだ。
ここまでに入った店の数は六。試着した点数は十。
手に持っているのは、麻製のカジュアルなワイシャツのみ。あとのは「なんか違うんだよなぁ」との理由で却下。
途中からは葉月も「寺岡くんって服が似合わないんじゃ……」「全裸になれってことか!?」「いっそそっちのほうがいいかもしれないわね。清々しくて」「すーすーするわ!!」という調子で。
颯太はいろいろと悩んでくれてはいるものの、「いや、ちげーな。納得いかねえ」「頑固な職人みたいになってんな」「なにかが違う……なにかが、ファッション雑誌通りに行かないんだ」「俺がモデルじゃないからだろ」「それだ!! 顔が悪い!!」「殺す」という調子だし。
三人揃って憔悴しきっていた。
「えっと……そろそろ休むか?」
選んでもらっている身では切り出しにくかったが、颯太と葉月の目は死んでいる。早いうちに休息を与えねば、アンデッドと間違われれしまう。
「休むかぁー」
「そうね。しばらく着衣の寺岡くんを見たくないわ」
「脱げと!?」
「冷静に考えれば、正史。お前が服を着なければすべて解決できる」
「犯罪だよな? 大人になるとかそういうレベルじゃないよな?」
「大人の階段は裸で登るだろ?」
「急な下ネタ!!」
「警察には二人で行って」
「颯太だけだろ!!」
そんなこんなでファミレスへとなだれ込み、テーブルへへなへなと突っぷす三人。
適当に飲み物と食べ物を注文して、一息つく。
「で、……寺岡くんの好きな人ってどんな人なのよ」
「好きってわけじゃ……ないんだけどな」
「「はぁ?」」
眉根にシワを寄せて、ずいと顔を近づけてくる二人。
「これは裁判沙汰だな……葉月たん、裁判長な」
「発言の際には挙手しなさい、被告人」
「え、えぇ……」
圧倒されて固まる正史。
「裁判長、俺からは死刑を求刑します」
「重くない!?」
「妥当ね」
「俺の命軽くない!?」
「挙手を忘れてるわよ。マイナス1点」
「なんてアウェー感……」
さすがに同じ中学なだけあって、お互いのリズムに合わせるのがうまい。
「さて、それじゃあさっきの台詞の真意を聞かせてもらいましょうか」
正史は顔を引つらせた。今すぐにでも逃げたいが、無理だ。出口のほうは颯太に塞がれている。
「そ、それは……」
「言葉には気をつけなさいよ。今日の一日が恋バナだと信じてきた私なの。それが無駄だったなんて知ったら、自分が何をするかわからないわ」
「自制を覚えろ高2女子なんだから!」
「返事次第では言いふらすまであるよなぁ?」
「クズだ! クズがいる……!」
あたふたする正史を気にも止めず、息のあった二人はなおも追撃をする。
「「それで、どういうことなんだ一体!!」」
追い詰められた正史は、ぽりぽりと頭をかき、それからふぅっと息を吐いた。
「俺、さ」
ぽつりと呟いて、なにかを思い出すようにしながら、正史は言う。
「俺が恋をする人って、もっとちゃんとした人だと思うんだよな」