16 なんでもない
――大人になりたい。
そんなざっくりした願いを聞いて、颯太はしばしぽかんとしていた。「なにを言ってるんだあのバカ真面目。真面目すぎてついにバカになったのか?」と思った。
だが、詳しく話を聞いていく中でそれは次第に興味から、熱意へと変化していった。
「なるほどなるほどなるほどなるほど! 任せろ、俺にすべて任せろ! 親友になったことを死ぬほど感謝させてやる!」
と、いうことがあり……。
その週の土曜日。駅前のショッピングモールにて。
「お前、合コンはどうしたんだよ」
「んなもんドタキャンだドタキャン」
「いいのか、それ……?」
「どーせ渋いメンツしか揃わねーからな」
けっけっけ、と笑うのが自分の親友だとは、正史はにわかに信じがたかった。時々、どうして自分が颯太とつるんでいるのかわからなくなる。
「俺がほしいのはな、なんかこう……もっと包容力のある、グラマラスなタイプの女性なんだよな。ガキに興味はねーって、最近気づいたわけよ」
「颯太、後ろ」
見れば、両手のポケットに手を突っ込んだ葉月が、ゴミを見る目で立っている。恐ろしい眼力だ。向けられていない正史でさえ、後ずさりしてしまう。
「なんでこんなところにゴミが落ちてるわけ? 不法投棄?」
「おぉぅ……初っぱなから熱いムチだなぁ」
「おはよ、寺岡くん」
颯太のことを無視して、ひょいっと葉月が手を挙げる。
「お、おぅ……氷室は、なんでここに?」
「このバカに呼ばれてきた」
「俺に頼まれちゃあ、葉月たんも来ざるを得ないよな」
「死にたいの? それとも殺されたいの?」
「結果は同じィ!」
よくやるなぁ、と正史は二人のことを見る。なんというか、心なしお似合いな気がするのだが……。
「なに、寺岡くん?」
なにかを察したのか、葉月が不機嫌な視線を向けてくる。
「どうせ正史のことだから、俺たちがお似合いだなぁとか思ってんだろ」
「絶対嫌。三輪だけはない。なにがあっても」
「ほらな?」
「なんで颯太はノーダメなんだよ」
マゾなのだろうか。当の本人はケラケラ笑っているだけで、本当に気にしている様子がない。葉月に罵倒されると、大概の男子は心が壊れるか、悦びに打ちひしがれるというのに。
「いいか正史、今からお前の服を選ぶ。俺がお前を大人にしてやる」
「私も手伝う」
「氷室はなんで?」
「面白そうだから」
「……シンプルな理由だな」
まあ、葉月のセンスは信用できるから問題はないのだが。そんなに興味を持たれるとすごく恥ずかしいというのが本音で。
正史の内心などお構いなしで、葉月は目をキラキラさせている。女子はすべからく恋愛トーク好きというが、それはこの真面目女子においても当てはまるらしい。
「私、なんでか知らないけど女の子同士の恋愛トークに混ぜてもらえないのよね」
「それはな葉月たん。女の子たちの意中の男が氷室葉月のことを好きだってケースが多すぎるからだ。恋敵に相談することはないだろ」
モテるって怖い。
「聞きたいんだけど、私ってそんなにモテるの?」
「自覚がないのが怖いぜ。なあ、正史」
「まあそうだよな。……っていうか氷室、よく遊びとかに誘われてるじゃん」
「ああ……興味がないから断ってた、あれなのね」
思い出したように納得する葉月に、男子二人は内心で戦慄していた。
(まるで脈がねえ……!)
今まで葉月に当たって玉砕してきた男子たちは、実はぶつかることすらできていなかったのだ。無念すぎる……。
「そんなことどうでもいいわ。行きましょう。私、初めての恋バナってやつにウキウキしてるみたいだわ」
スタスタと歩き始める葉月。正史は颯太と顔を見合わせ、二人揃ってため息をつく。
「わりぃ、人選ミスったかも」
「気持ちは受け取った。結果が伴わなかっただけだ」
こうして、下世話人間が一人増えたのだった。
歩き出す三人。
だが、正史の足は不意に止まる。壁に貼り付けられた、一枚のポスターに目が釘付けになっていた。
「正史?」
「ん、……ああ、なんでもない」
なんでもない。
そうやって目を切ったのは、花火大会のポスターだった。