15 変わりたいと願ったのはあなたが……
向かうべき場所なんてどこにもないから、二人はバスにも乗らず、ふらふらと街を行く。歩いて、話す。それだけの時間が、しばらく続いていた。
「服、持ってたんですね」
「一着だけね。これくらい持っとけって、親から渡されたやつ」
「そうだったんですか……」
どうしてその一着を今日、着てきたのかは問えなかった。
「あ、あれ、人がいっぱいいる。なにかな」
「あぁ……タピオカってやつじゃないですか?」
正史は食べたことがないから、よくわからないが。ものすごい行列だった。正直、引く。三つ手前の街路では同じようなタピオカ屋で閑古鳥が鳴いていたのに。表通りに近いここでは、ネズミの国かと思うほど女子がたかっている。
「行きますか?」
「ん、並ぶのめんどくさい」
「ですよね」
自分と同じことを考えていたので、安心する。飲み物一杯のために三十分は並べない。
駅から遠すぎず、住宅街との中間辺りになると、この街は面白い。寂れたアーケードや、やけに行列のあるラーメン屋、歴史のある和菓子屋があるかと思えば、最近できた百貨店のビルが建っている。
決して栄えているわけではないが、賑わいはちゃんとある。正史はこの街が、嫌いではなかった。
「なにここ?」
あずみが興味を示したのは、一軒の骨董品店だった。
「入ってみますか」
重たいガラス扉を押すと、年季の入った匂い。所狭しと並べられた、陶器や玩具の群れが、視界を一斉に埋め尽くす。
今の時代には見られなくなった、昭和や大正の歴史を感じさせる品物もいくつかある。値札は貼られていない。欲しいものを持って行って、店主に聞くのだ。
その店主は、店のずっと奥でタバコを吸っているのでここからは見えない。愛想のいい人ではないが、話の通じる相手ではある。前に皿を買ったときは、懇切丁寧にその塗り方と焼き方について教えて貰った。
「すごいね」
店を見回してほぅっと息を漏らすあずみは、それだけで絵になった。
(……ダメだな、今日はどうも)
懸命に視線を逸らそうとするが、やはり視線は吸い寄せられる。自分がおかしいことを自覚しながら、修正できない。いつものような、ダラッとした雰囲気に戻れない。
いや、それは正史だけなのだ。あずみは自然体だ。きっと、相手が自分でなくても、こんなふうに――
「はぁ……」
「どうしたのテラくん?」
「や、なんでもないです。なにか欲しいものありましたか?」
「うん。この、危機一髪のやつ」
「よそで買えばいいと思いますよ?」
わざわざ骨董品店で見るようなものではなかった。やっぱりあずみはあずみだった。
「なんで笑ってるの?」
「いや、ちょっとほっとして」
「?」
あずみは首を傾げている。この表情も、だいぶ見慣れたものだ。
骨董品店では結局なにも買わずに、また外に出てふらふらし始める。
「お腹、空きませんか?」
「そうだねぇ」
「なにか食べたいものありますか――食べ物ではなくて」
「むぅ……」
ざっくりした返答をされる前に、釘を刺しておく。
「お腹、空いてない」
くぅっと鳴るお腹。ほとんど同時だった。二人とも、そろそろ空腹を訴え始めている。
「……じゃあ、コンビニで買って外で食べるとか、どうですか?」
「そうしよう。それしかありえないよ」
「そんないい意見でした??」
適当なものを買って、夏の晴天の下。
川沿いの斜面に二人して座って、ピクニックのようなことをして。
正史はずっと、変わらないための方法を探していた。
変わらないために、自分が変わっていく方法を、探していた。
※
家に帰って、あずみとバラバラになって。夕食はこの後でまた一緒になるわけだが、その前に電話を掛けておきたい場所があった。
聞いておきたいことがあった。
「……もしもし、颯太」
「おっ、どうしたよ正史。今週の土日は他校のこと合コンだから無理だぜ」
颯太の軽口も無視して、真っ直ぐに言う。
「どうすれば、俺は大人になれる?」
あの人に見合った大人になる方法を、求めていた。
それが、あずみと二人で探して見つけた。正史の求めるもの。
※
ほとんど同じタイミングで、隣の部屋。
あずみもまた、電話を掛けていた。その向こうにいる相手は、一人しかいない。
「ねえ……ひかりん、私……」
しばらくは、なんて言えばいいのかわからなかった。あずみには、ここ最近の自分の変化がわからなかった。外面的な変化ではない。
小さく小さく、少しずつ何かが芽吹いていくような。そんな変化で。それは心地よく、温かいもので。
大切にしたいなにかだと、思ったから。
彼女もまた、探していた。
「どうやったら、可愛くなれるのかな」
少しでも長く、“今”を続ける方法を。