14 慣れないあなたに
――どこかに行こうよ。
そんなふうに言い出したあずみには、きっと大した意図はなかったのだろう。いつものように、楽しいことが好きだからくらいの感覚で。ドキドキなんてせず、正史といるのが気楽だからという理由で。
正史のほうも、同じ気持ちで答えた。どうせ暇なのだから、あずみに誘われて断る理由はなかったし、楽しそうだなと思ったのだ。
お互いに予定もないしという理由で、外出はその翌日になった。ノープラン、行きたいところに行って、適当な時間に帰ってくる。だらりとした一日になるだろう。
だが。
客観的事実として、これはデートである。
正史がそのことに気がついたのは、起きて、顔を洗って歯を磨いて、寝癖を直して、じゃあ服でも選ぼうかとなったタイミングだった。
「……」
選べない、のである。
着慣れた制服はもちろん、夏休みだから着られない。そして、私服をざっと眺めてもどうすればいいか思い浮かばない。颯太と遊んだり、ふらりと散歩に行くことはできるのだが、……。
ちゃんとした服が、ないのだ。
女子と二人で歩くときに、胸を張って歩くことのできるようなものを、自分は持っていない。
「――って、なにを悩んでるだ俺は……本気のデートじゃあるまいし」
仲のよい隣人と、暇つぶしに遊びに行くだけ。毎日食事をしている仲だ。いまさら、どんな格好をしていたって関係ない……そうだろう。
ぱっと白いワイシャツにジーンズを選んで、トーストをかじる。どうにも落ち着かなくて、テレビをつけてニュース番組に目を通す。
約束の時間は十一時……まだまだ時間がある。
「ううむ……」
なんだろう、この、腹の中でうずうずするこれは。座っているとむずむずして、立ち上がると部屋中を歩き回ってしまう。
「……ううむ」
結局、八時までの情報番組から次のニュース番組に切り替えて、それも終わって十時。まだ約束までは一時間ある。
もうダメだ……わけのわからないモヤモヤに潰される。ベッドに倒れ込んで、ゴロゴロと転がっているしかなかった。ゴロゴロ――ゴロゴロ――時間はまったく進まない。
くじけそうになったところで、チャイムが鳴った。
玄関まで行くと、そこにいたのはあずみだった。
「……っ」
正史はあんぐりと口を開けて、硬直する。
そこにいたのは、あずみであってあずみではなかったからだ。
より正確に言うならば、こんな姿のあずみは、知らない。正史は知らない。
着なければ死んでしまう呪いでもかかっているんじゃないか、と思っていた白衣はまとっていない。それどころか、いつもの白ブラウスにスカートというスタイルですらない。
夏という季節に合った、薄水色のワンピース。履いているサンダルだって、大人っぽい可愛らしさがあって……。
「…………っ」
呆然とした正史は、相変わらず固まったままだ。
不思議そうな顔をしたあずみは、指をついっと伸ばして正史の鼻先に触れる。
「ひゃい!?」
「どうしたの?」
「なななな、なんでもないですけど」
「変なテラくん」
化粧は……たぶん、ちゃんとはしていない。だけど、している。いつもとは違って、している。服も、事務的なやつではなくて、休日用の、可愛いものを着ている。
あずみはA5ランクだと、正史は認めていた。
元の顔とか、外見的なものはわりとタイプだったのである。
だが、彼女のことを女性として強く意識していたかと言えば、それは違う。好ましく思っていた。落ち着く相手だ。それくらいの認識しかなかった。
この瞬間までは。
学校のクラスにいる、どんな女子よりも綺麗に見えてしまったのだ。それは身内びいきみたいな感覚なのかもしれない。颯太あたりに聞いたら、「そうか?」と笑われるだろう。
だけど、今この瞬間、正史の目に映っているあずみは、最高だったのだ。
「まだ早いけど、楽しみになっちゃったんだよ」
その相手に、こんなことを言われて、頭が真っ白にならないわけがない。
てへへ、と無邪気に笑う姿から、どうしても目が離せない。
「準備できてる?」
「えっと……はい、大丈夫です」
「じゃあ、いこー!」
そしてどうしても実感してしまう。
自分はどうしようもなく、抗いようもなく、年下で。
彼女の横で胸を張って歩くには、足りないのだと。