13 どこかに行こうよ
――夏。
だからと言ってなにかがあるわけでもなく、淡々と日々は流れていく。正史は自室でだらりとした時間を、勉強と読書に割り当てる。外に出てランニングしたり、健康に気を遣ったりもするが、これといったイベントは存在しない。
たまに颯太に誘われて、どこかへ買い物なり遊びに行くなり、今年の夏もそうやって終わるのだろうなと、天井を見上げつつ考える。
あずみとの食事は、変わらず続いている。毎晩のようにレジ袋に食材を入れて持ってくるあずみと、それを調理する正史。食費を半分払おうという提案は、料理をしてくれるからいい、と断られてしまった。
そのおかげで、お金には困っていない。むしろ着実にたまっている。
どうしたもんか。なにをしたもんか。退屈はじわじわと心の隙間から染みこんできて、なのになにかをする気力を奪っていく。
とりあえず散歩でもしようと立ち上がる。こういうところが老人っぽいのだろう。くたびれていると思われていることは、正史も自覚していた。
外に出て、向かうのは近くにある公園。わりと大きめで、中にはテニスコートやら陸上競技場もある。公園内にある林道は、夏でも日差しが柔らかくて気持ちがいい。
平日の昼間だから、人通りはさほど多くない。シニア世代の人々が、ゆったりしたペースで歩いているのがほとんどだ。
等間隔に並んだベンチ。そのどれかに腰を下ろそうと、視線を動かしていると、ふと。
見慣れた白を見つけた。
それは横たわって、すー、すーと等間隔の寝息を立てている。気持ちが良さそうだ。くるまっているネコみたいに、正史の心を優しい気持ちにさせる。
誰かは、顔を見ずにもわかった。
こんなところで寝てしまうとは、警戒心が存在しないのだろうか。まあ、安全な場所ではあるけれど。これで物を盗まれたり、襲われたりしたら大変だ。
ベンチの半分以上は横たわったあずみに占領されているので、端の方に正史は腰を下ろす。
自然だった。
颯太や葉月は、ドキドキするだろうとか、夢中になっているだろうとか言ってくるけれど。そんなことはなかった。無邪気に笑って、緩みきった表情で見つめてくるあずみに思うのは、緊張や興奮とは真反対の、安堵。
胸が温かくなると言えばいいのだろう。
無造作に地面に落ちていた髪の毛をベンチにのせて、持ってきた本を開く。起きるまではここにいようと思って、静かに集中していく。
あずみが目を覚ましたのは、本も終盤にさしかかって、日が傾いてきた頃だった。
「……ん」
「起きましたか?」
「テラくん……死んだはずじゃないの?」
「どんな物騒な夢を見てたんですか。世界は今日も平和ですよ」
「ゾンビウイルスに感染したはずじゃ……」
「散布すらされてないですよ」
「そーなんだ」
むっくりと体を起こしたあずみは、眠たげに目を擦る。
「あれ、テラくんだ」
「さっきまで寝言だったんですか。驚きですよ」
「…………寝顔、見た?」
どうしてそんなことを聞くのか、正史にはよくわからなかった。
「まあ、ちょっとは」
「テラくんのすけべ!」
「えぇ……? どういう心の動きですか?」
寝顔ならいくらでも見ているというのに。初めて会ったときも、なんなら一週間前にも正史の部屋で寝落ちしていた。
「あれ、そうだね。……そういえば、寝顔見られてる」
あずみは不思議そうに首を傾げて、ううむと唸る。
疑問で頭がいっぱいなのは、正史のほうだ。なんでさっきちょっと怒られたのか、さっぱり見当がつかない。
「それで、テラくんはなんでここに? 自分探し?」
「痛い若者みたいなことしませんって。ただの散歩ですよ」
「楽しそうだね」
「楽しそう?」
「うん、テラくんは、いつも楽しそう」
そうだろうか。
自覚したことはないし、たぶん、それは間違っている。正史は小難しい顔をしている時間の方が長いし、実際、今だって楽しいとは……。
「どうなんですかね」
「夏だね」
「急に話題変わりましたね。余韻とかないんですか」
「夏だよ、テラくん」
「夏への執着がすごい」
ただまあ、夏だと言われると、夏を実感せざるを得ない。夕暮れになくひぐらしの音とか。とにかく、僕たちを包み込む世界の色は、夏一色になっている。
だが、なんだろう。そろそろわかってきたことなのだが、こうやって、あずみが話題をねじ込んでくるときは――
なにかをやらかそうとしているときなのだ。
そしてそれを、楽しみにしている自分がいることを、正史は自覚していた。
「どこかに行こうよ。夏だし」
「あー、俺がしたいことを探しに?」
「そーだよ。まだ見つからないんだから、仕方がないなあ」
仕方がないと言う割に、あずみは楽しそうだ。
正史は困ったような苦笑いを浮かべるが、内心では思う。
叶えば終わる願いなど、見つからなければいいのにと。