12 埋められる外堀
期末のテストが終わると、一気に夏休みムードが近づいてくる。返却されたテストを、大した感慨もなく眺めてしまうと、正史は席を立った。
「よっ、上出来だったか?」」
自分の解答用紙をひらひらさせながら、颯太が近づいてくる。
「人に見られて恥ずかしくない点数だったのか?」
「まーな。平均ちょい上」
颯太は何事も要領がいいタイプなので、やらなくても普通よりはできてしまう。それを疎ましいと思う人も多いが、正史は良さの一つだと認識している。自分は器用ではないので、なんだかんだ颯太に助けられる場面も多いのだ。
「ところで、あの後大学生さんとはどうなったわけ? もうした?」
「したってなにをだよ」
「大人になる儀式?」
「してねーよボケ」
額にチョップしてやると、大げさに痛がる颯太。それからはははっ、と大きく笑う。テストの結果が悪かったであろう面々から淀んだ目で睨まれていた。
「でも、関わりはあると」
「…………あったら、なんだよ」
「よかったな!」
「お前な、ほんとにぶっ飛ばすぞ?」
「わー、照れるなって照れるなって!」
「あの……寺岡くん」
騒いでいた二人に話しかけたのは、葉月だ。両手をポケットに突っ込んで、困ったような顔をしている。相当に話しかけづらかったのだろう。
「ど、どうした、氷室」
さっきまでのやり取りを聞かれていたのだとしたら、相当に恥ずかしいが……。
「夏休みの間に、何回か集まるでしょ? 文化祭ので」
「あー、そうだな。確かに。決めとかないと」
「今じゃなくてもいいから……その、メルアド交換しない?」
「この時代にメルアドは古いぜ葉月たん」
正史の後ろから顔を出した颯太が、舌を出してからかう。葉月はゴミを見るような目で、
「三輪、死ね」
「端的ィ!」
どこか嬉しそうだ。まあ、葉月は美人だし、目覚めればご褒美に感じるのかもしれないが……。
「いやー、クールビューティっていじりたくなるのよね。メンゴメンゴ」
「お前なぁ……ただでさえ最近は風当たり強いんだから、さがっとけよ」
「ん? 葉月たんは昔っからこうだぞ」
「その呼び方やめてって何回言えばわかるのよ」
「昔からって?」
「中学から」
同じ中学だったんだ……と驚く正史。ただ、二人が仲良くしているイメージはまっとく湧かない。
「なんだかんだ、浮気事件の後も俺のこと嫌ってないみたいだし」
「これ以上嫌いになれないだけよ。最低までいってるから」
「ひっで」
言葉とは裏腹に、颯太は楽しげに笑う。葉月は苦々しい顔をしているが、本気で嫌ならそもそもこのタイミングで声を掛けてこないだろう。
「で、メルアドだっけ。いいよ」
このご時世だったら普通はSNSだろうけど、葉月がそういうのならメルアドもいいだろう。メモ帳に自分のを書いて手渡す。
「ありがと」
葉月は両手で受け取ると、確認して折りたたみ、胸ポケットに入れる。
「ずっと思ってたんだけどさー、葉月たんって正史のこと好きなの?」
「――え、お前、なに聞いてんの!?」
不意打ちのような颯太の発言に、ビビる正史。だが、それは彼だけではなかった。このクラスのほとんどの男子がガタンッ、と椅子を鳴らしている。
そう、これは誰もが疑問に思っていたこと。
率先してクラスを引っ張っている正史と葉月は、外から見てもお似合いだ。そんな二人が、実は水面下でくっついているのではないだろうか。高嶺の花である氷室葉月を、ちゃっかりゲットしているのではないだろうか。
特にこの、夏休みが始まる直前には。
落ち着いているのは、問われた本人の葉月だけ。
「人として好ましくは思っているわ。でも、恋愛感情はないわね」
「脈なしだってよ、残念だったな正史」
「なんで俺が可哀想なことになってんの?」
ほぅっとため息の音が教室中を満たしていく。明らかに男どもが安堵して、「さ、帰るか」と席を立ち始める。
「大丈夫だよ。正史には年上がいるから」
「だから……お前がしてるのは勘違いだって」
「どうせ昨日も会ったんだろ?」
「……」
二人パーティーと称する謎儀式を終えた後、結局食べきることのできなかったものを消化するため、朝と夜は一緒に食べる日々が続いていた。
それで、まあ、特に意味はないのだが、成り行きで今も似たような生活が続いている。
今朝も、学校に来る前に二人で朝ご飯を食べてきたところだ。
なんでなんだろう……なし崩し的ににしては、あまりにスイスイといきすぎていて怖い。
「夏祭りくらいは誘えよ?」
「誘わない!」
「誘い方、教えてあげようか」
「氷室まで??」
外堀から埋められているような正史の感覚は、正しいのだった。
※
パーティー事件の前日――
あずみとひかりは、いつものように二人でいた。
次の話数は時系列的に10,5話にします。




