3話 何を隠そう、僕は神だ
「ふわ~あ、よく寝た……」
寝ぼけまなこをこすりながら、適度に柔らかいソファから体を起こす。
ああ、そういえば昨日は話し疲れて結局ここで寝かせてもらったんだった。
ガブリエルさんったら散々僕を説得しにかかってくるんだからまったく……
「マジでよく寝やがったな……図太すぎだろお前」
「あ、おはようございます」
「普通知らない場所じゃ寝付けないもんじゃねーのか?」」
なぜか灰色のスウェットを着たガブリエルさんはそう言って、テーブルに紅茶を置き僕に差し出してくれる。
「いや全然、もう熟睡ですよ。 それにしても天使感ゼロですねその服装」
「知るか、天使だって部屋着はスウェット着るわ」
「一理ある」
「飲み込み早いなオイ」
天使だろうが人間だろうが可能な限り楽をしたいものだろう。 特におかしなことはないと思うが……
「それで、一眠りして転生する気になったか? 当然なったよな?
うん、そうに違いない。 レッツ異世界――」
「いやです」
「チッ」
何度でも言うが、いやなものはいやである。
「柔軟に考えてみましょう。 ここにいる時点である意味もう異世界転移はしていると思うんですよ。 それで手を打ちませんか?」
「打てるわけねーだろ」
「僕に頑なだとか言いましたけど、ガブリエルさんも似たようなものじゃないですか。 どうしてそんなに僕を転移させたがるんです?」
「金になるから」
「生々しい」
思い返してみれば「権限がない」とか「借り物」とかも言っていたな。
天使ってもしかして雇われ?
「そもそも転生させないとここから追い出せないだろうが。 そりゃこっちだって必死になるわ」
「あの転生の間? とかいう真っ黒空間に閉じ込めておけばいいじゃないですか」
「…………そんなものは無い」
「えっ?」
意味が分からず少々間の抜けた声が出た。 よく見ると、ガブリエルさんの顔が少し赤い気がする。
「……あれは、この部屋を一時的に真っ黒にしてただけだ。 お前が最初立ってたところがそこ。 別にワープさせてきたわけじゃない」
ガブリエルさんはぶっきらぼうに部屋の片隅を指差す。
なるほど、この部屋に招待された時あのあたりに立っていた気がする。
「なぜそんなことを?」
「…………」
黙るガブリエルさん。
「…………チートパワー!! 読心!!!」
「分かったよ!! 言うよ!! クソもったいない使い方すんな!!」
「じゃあ教えてもらおうではありませんか」
「お前なぁ……その、あれだよ……ほら、そのさ……」
言葉に詰まってもじもじとしている。 こんなにキレの悪いガブリエルさんは初めて見るな。
「……なんか!! 神々しさを!! 出したかったんだよっ!!」
「…………あ、そう、なんですね」
「リアクションに苦しむなよ……心にくるだろ……」
つまりただの演出だったということか。 いや、まあ、非日常への入り口っぽさはあったけど。
「無駄に光ってたのもそれですか」
「……そうだ」
ガブちゃん、耳まで真っ赤。
「いつもならな? サクッとチート与えて異世界に――ってところで私の姿を光の中からチラ見せして……」
「神々しさ演出してカッコつけてた、と。 自分で言ってて恥ずかしくないの?」
「言わなきゃ読心されんだろうーが!!」
『バンッ』とテーブルを叩くガブちゃんは半ば涙目だ。
「そういえば最初喋り方もすごい丁寧でしたし、そういう演出好きなんですね」
「はぁ~~~~…………もう黙れ、黙ってくれ……」
「お、早速ため息最高記録更新ですね」
ギロリと僕を睨みつけてくるが、今までのような怖さは無い。
「……仕事行ってくる」
「あれ、これが仕事では? 在宅ワークでしょ?」
「表現は間違ってないが……これは、アレだ、副業だよ。 メインは別」
やはり、天使は雇われだったのか……などと考えていたら、突然ガブちゃんが服を脱ぎ始めた。 ……すごくまずい!
「ガブちゃん! 僕達そういうのはまだ早いと思うの!」
「勘違いすんな。 着替えるだけだ」
「自分から脱いで恥ずかしくないの?」
「恥じるような体じゃないからな」
はっきりとした口調で言ってのけるガブリエルさん。 これが、男気……!
しかしさっきの演出がバレるのは恥ずかしくて裸は平気とは、おそらくそのへんの感覚が人間とは違うんだろうな。
ちなみに僕はというと、瞬間セルフ目隠しで対応済みだ。 紳士ですから。
……あっ衣擦れの音が意外とクる! 直接見てた方がマシかもしれない!
「いいか、大人しくしとけよ? この家から出たら神にバレて消されるぞ。 つかこの部屋から出るな。 勝手に物を触るな。 なんなら自分で異世界行け」
「最後以外は善処します」
「厳守しろ。 帰ったら今度こそ異世界送りにしてやる」
そう言い残してガブリエルさんは出かけて行った。
「いってらっしゃい」
◆
「……………………暇だな!」
かなりの時間言いつけどおり大人しくしていたが、ただボーっとしているだけでは脳が腐りそうだ。
ひとまず辺りを見回してみる。
「とりあえず自分で紅茶でも淹れるか……」
戸棚から茶葉を取り出し。 手頃なティーカップも用意。
そこで僕は残酷な事実に直面する。
「…………紅茶の淹れ方なんて知らないな」
そういえば、ティーバッグの紅茶しか淹れたことがなかった……
しかし、そこで立ち止まる僕ではない。
「Hey知識チート、紅茶の淹れ方は?」
「…………」
「…………」
「……なるほど、知識チートは無いのか」
何ができて、何ができないのか。 しっかりと確認すべきだった。
『何でも』できるという話だったはずだが、ガブちゃんの言うことだしな。
「ま、チートだけが僕の力じゃない。 ここは自力で乗り切ってやろうじゃないか」
そんなわけで僕は、ガブちゃんのノートPCを借りてネット検索を画策した。
あるもんだな、天界(仮)にもPC。 便利だもんな。
……ん?自分の力じゃないって? このPCを見つけたのも、この手を思いついたのも、僕自身の力なのでセーフだ。
躊躇うことなくPCの電源を入れる。 大丈夫、余計なものは見ない。
「……さて、まあロックかかってるよな。 チート解除っと……」
無意味にカタカタとキーボードを叩き、ハッカー気分でロックを解除。
殺風景なデスクトップが表示される。 デフォルト設定だなこれ。
「えっーと、多分これがブラウザかな?」
某狐ブラウザに似た水色の狸のような生物のアイコンをダブルクリック……
あ、違うこれ。 ペット育成するゲームだ。
「結構かわいいゲームやってるなぁガブちゃん」
次にそれっぽい丸いアイコンをダブルクリック……当たりだ。
「しかしこのキーボード、知らない文字で構成されてるのに不思議と読めるな……言語チートはあるってことか?」
打ち慣れないキーボードに多少苦戦はしたが、問題なく紅茶の淹れ方を調べることができた。
早速画面に従ってお湯を沸かし始める。
「……ポットとカップを事前に温めないといけないのか。 わりと面倒だな……暇だからやるけど」
どうにかこうにか初めての紅茶は完成。 もしかしたらチートでサクッと生成できたのかもしれないが、それでは味気ないというものだ。
早速一口、いただいてみよう。
「うわっ 美味しくない。 チートで作ればよかったな」
なるほど、元の茶葉がダメだったんだな。 腕を疑ってごめんよガブちゃん。
「はぁ……ネットサーフィンしよ――あれ? なんか急にソフト立ち上がったな」
前触れも無く、メールのような文章が表示される。 ウイルスだろうか? 僕のチートでバスターしてやらなければ。
とりあえず文を読んでみるが知らない言語故に解読に時間がかかる。
「なになに……? 次の転生者の? 準備が、完了いたしました……受け取り拒否する場合は、時間内にコード? を……」
残り時間……3、2、1……
「おっと? 終わったなこれは」
カウントが0になった直後、背後に気配を感じた。 そして聞こえてくる寝息。
とりあえず落ち着こう。 この気配はGの者で、寝息は僕の鼻息かもしれない。
そう考えたら何も怖くない。 ……いや、Gの者は怖いわ、訂正。
……現実逃避はやめにして、そろそろ振り向こう。
「…………女の人?」
「ううん……ムニャムニャ……」
肩にかかるくらいの長さの、少しウェーブがかった栗色の髪。
ガブちゃんとは違う、起伏のある体形……完膚なきまでに女性である。
年齢は僕より少し上だろうか。 寝顔だけでもわかる美人さんだ。
「う、うーん……はっ!? ここは……!?」
起き上がった女性は大きな茶色の瞳でキョロキョロと辺りを見回す。 そして当然、僕と目が合う。
「きゃっ!? だ、誰……!?」
「おっと落ち着いてください。 僕は怪しいものではありません」
両手を上げて女性を落ち着かせる。 目を覚ましたら知らない部屋で、知らない男が目の前に。 そりゃ怖い。
ここは渾身のジョークで場を和ませようじゃないか。 僕の腕の見せ所だな。
「――何を隠そう、僕は神だ」
そう言ってぼんやりと発光して見せる。 グットコミュニケーション。
「……っ!? 神様って光るんですね! あたし、初めて見ました!」
女性の表情がパッと明るくなる。
おや? 本当にグットコミュニケーションでは? テンパっただけなんだが……
有効打になったのならばと畳み掛ける。
「ひとまず紅茶をどうぞ」
「すごい、紅茶まで発光してる!」
ヤベ、加減が難しいな。 紅茶まで光らせるつもりは……別にいいか。
「ありがとうございます。 いただきますね、神様」
「どうぞどうぞ」
「ズズズ…………あっ…………」
「…………あ」
しまった、あの紅茶美味しくないんだった。
案の定小さく声を上げて、複雑な表情になってしまう。
「…………おいしい、です」
「無理しないでください。 ごめんなさい」
「い、いえっ そんな、神様が謝ることでは……! あ、そうだ!
ど、どうしてあたしがここにいるんでしょう? ご存知ありませんか?」
優しさあふれるこの言動……なるほど、この娘が天使だったのかもしれない。
「それなんですけど、僕にもよくわからないんですよね」
「えっ?」
「そうだ、異世界に興味無いですか?」
「えぇー……?」