変容した未来…2
車が移動を始めてから既に一時間が経とうとしていた。
今は長めのトンネルをひたすら走っており、内部は普通の屋内の様に明かりに照らされていた。
地面以外は真白な世界が広がっていて閉塞感は感じられなかった。
先程憤っていた未来はというと、シートの材質がいいのかはたまた自分の知っていた常識が打ち砕かれたショックによる疲労か、大きくない車の中でうとうとと眠りについていた。
右の座席では菜々奈が腰のバックから出たキーボードの様な(未来が知る型とは大分違う)端末を軽快に叩きながら、虚空を眺めていた。
ただし、その目線は忙しなく動き回っており明確な目的を持っている様に見えた。
「……うん、はいはい。ここは……既定路線で…?三巌グループ新プロジェクト発表?あとで岩崎のおっさんから聞いとくか……。地方の軍事施設で爆発事故?こわっ……。アメリカ及び義導共連邦からサイバー攻撃?めんどくっさ……チェックだけ入れとこ。」
菜々奈はよく聞くとぶつぶつと何かを呟いており、その口調はいつもの変な敬語ではなく、少し荒っぽい感じの言葉だった。
しばらくして車がトンネルから抜け出すと、車内にピピピッといった目覚ましの様なアラームが鳴り響いた。
未来は夢うつつに高い連続音に驚いたのか、体が大きく一度震えその身を抱き抱える様に手を組み音の発信源とその原因を探るべく、寝起きで動きづらい体を辺りを見回す為に使った。
未来もそれがただのアラーム音だという事には直ぐに気づき、隣で作業を続ける菜々奈に目を移す。
菜々奈もその視線に直ぐに気がつき、数秒キーボードを叩いた後に大きめのウェストポーチの様な鞄にしまって未来に声をかけた。
「目が覚めたですね?おはようです。」
「おはようございます……。えっと、ここはぁ…」
未来は今自分がどこを走っているのか気になり窓の外を見廻しながら菜々奈に尋ねた。
未来が知る二十一世紀前半の風景とは全く違う様相ではあるが、上空を覆う様な高く直立の建造物の数々と規則正しく整備された碁盤の様な道々は都会の姿を彷彿とさせた。
しかしそこは未来が知る都会とは全く違う点があり、其れが未来の奥底の不安を掻き立てた。
「菜々奈さん!ここなんなんですか?」
「あ〜うん、まぁその感覚は普通ですよ?大丈夫大丈夫。」
菜々奈は未来が感じている疑問や違和感が現代の人間でも感じるごく一般的な物であると諭し宥めた。
それもその筈。
そこは大都市の様相で有りながら歩く人間も走る車も存在しない、まさに抜け殻の様な状態であったからである。
「まぁお察しの通りここは一種のゴーストタウンですよ。一般で住んでいる人は一人もいません。」
「何でですか?」
よく見ると建造物群は全て新しく、殆ど使われていない様に見える。
おそらく建造されてから一度も使われずに放棄されたのだろう。
「さっき、鹿児島そのものが噴火する大災害があったって言ったですよね?国は復興の為、一部の被害が甚大な都市を放棄し新しく都市を作って移住する計画を立てたです。」
新たに作られた都市建造物群は全部で六グループにものぼり、千二百万人以上の移住が可能となった。
当初、日本政府の目論見は成功したかに思われた。
しかし結局住民の反対なども相まって都市移動が成功したのは三グループ、二グループは半分程しか人が埋まらず、今いる場所に至っては全く人が来なかったのだとか。
結果、都市の企業誘致どころか行政機能すら停止してしまい完全なるゴーストタウンならぬゴーストシティとなってしまったのだとか…。
「……政府の無能は今も昔も変わらないんですね。」
「ん〜まぁ時代によりけりですけど今の政権は特にぃ………うん、ですかねぇ?」
未来の言葉に菜々奈も苦笑いするしかなかった。
「まぁとにかく、政府も作った物を今更処分するにもお金がかかるですし、放置すれば浮浪者やヤクザ、不法入国者の溜まり場になるってんで扱いに困ってた訳です…。そこを我ら“組織”の一人が管理する条件で都市区間ごと買い叩いたわけですですよ!」
菜々奈は少し興奮気味に腰に手を当てて、この途方もなく大規模で馬鹿げた買い物を自分の事の様に鼻高々と自慢して見せた。
未来はと言うと、この広大な都市が一人の人間の者であると言う事実に驚愕した。
「……え?ここ、こ…個人の私有地なんですか!!!?」
「ですよ?確か全部で一五〇〇億円だったとか何とかです。買った本人は、『タダ同然の値段だった』って笑ってたですねぇ……。」
菜々奈もその事実には当事者で有りながら多少引いていたが、事情を知らない未来はただただ唖然とするより他なかった。
そんな風に雑談していると目的地に到着したのか、車はとあるビルの前に止まった。
『ピーー!目的地に到着しました。』
「はいはい、私たちが降りたらここの地下駐車場でまってるですよー。」
『ピピピ!命令を確認しました。搭乗者の下車を確認次第、当該駐車場にて待機いたします。』
「すごーい、命令したら全部やってくれるんですね?」
未来は目の前の機械とのやり取りが如何にもミライ的に映ったため、感動の声を上げた。
しかし菜々奈は対照的に暗い顔でため息を吐いた。
「そうなんだよこの車安もんのポンコツだから指示しないと何も視野柄ねぇんだよ只自分で考えて全部やるAI積んでる奴は結構な値段しやがるしもし仮に自分でコード組もう物なら役所から文句とクレームが来るしマジめんどくせぇウチなら出来ると思って改造コード載っけて走らせたら信号一つ越えた瞬間警察ボットが血相変えて不正コードの違法車だとか言って車ごと没収した上で有り得ねぇ額の罰金請求してくるしよぉお前ら無能が組んだコードのヘボAIよりウチが組んだAIのが確実に優れてて安全なのに何を基準に危険だから許さねぇっつうんだだいたいあいつらが組むAI載っけるチップだって欠陥だらけの…」
今までとは打って変わって乱暴な口調となり、ぶつぶつと息もつく間も無く凄まじい早口で文句を言いつつ目の前のモニターを拳でガンガン叩き始めた。
未来は先程までの明るく丁寧そうな菜々奈とは明らかに異なる彼女の姿に恐怖すら覚えた。
「あ…あのぉ高宮さん……?高宮菜々奈さん⁉︎」
「はっ、いけない!笑顔笑顔!言葉遣いは丁寧に……………………………です!」
先程よりさらに張り付いた様な笑顔で未来の方に向き、取って付けた様な『です』口調で今の自分は丁寧な言葉使いであると言い張っている様だった。
「…あ、はい。」
その姿は実に必死で、無理をしているのが凄まじく伝わってきた為(また普通にドン引きしてしまったのも有り)未来はそれしか言えなかった。
「「………」」
暫くお互いに気不味くなり微妙な雰囲気で無言で見つめ合っていた。
「さぁ!そろそろ降りようです!私の愛車ちゃんも早く駐車場に行きたがって待ちくたびれてるだろうですしね!」
「そ、そうですね!早く降りましょうか!」
菜々奈はずっと黙り込んでいる訳にもいけないと悟り、わざとらしく話を変え大声の棒読みで無理矢理話題を変えて降車する事にした。
未来も空気を読み、未だにこの車を愛車と言い張る事に引っかかりつつ全てをスルーして菜々奈の言葉に乗っかった。
二人は駐車場に向かう自動車を後に目の前のビルの入り口へと向かった。
「まぁ、あれです。この都市はウチらの“組織”の本拠地的なあれで、このビルは皆んなで話し合いとか会議とかそんな事する為の場所的なアレです。うん、…ですです。」
先程のキャラ崩壊を引きずっているのか説明も言葉使いもとてもあいまいで宙に浮いている様な感じになっていた
。
「じゃあ、ここで私の今後を話し合う…と」
「そう!そう言う事ですよ!」
ただ未来も菜々奈のそんな雰囲気を感じ取ってかあまり気にしない様に心がけつつ話を進めたのもあり菜々奈も少し調子をとりもどしつつあった。
それを見て未来もほっと胸を撫で下ろした。
菜々奈はガラス張り(の様に見える)の入り口の脇に立ち、四角い光るパネルに手の平で触れた。
するとパネルは『ピピピ』と言う電子音とともに光り始めた。
「指紋認証?みたいな感じですか?」
「と言うより色んな生体認証を同時に行ってる感じですね。指紋及び掌紋、静脈、体液成分、DNA、中のカメラから顔面と虹彩を……これらの認証が全て同時に行われてるです。」
「そんなにですか!?」
「どれか一つか二つなら割と偽造は簡単ですから。てか認証遅いですねぇ。」
未来は想像だにしない程高度化したこの時代の防犯事情に驚いた。
菜々奈が認証時間に苛つき始めた十数秒後『ブーー!』と言うクイズで不正解を突きつけらアラームと共に『認証失敗』と言う文字が目の前のガラス扉に浮かび上がっていた。
「あの…認証失敗って出てますけど?」
「アハハハ!大丈夫です大丈夫です!こう言うことも稀によく有りますから!」
などと言いつつ、菜々奈は再び認証パネルに手を置くが『ブーー!』という音共に認証失敗が突きつけられた。
「大じょ___」
「あれれーーーー不具合かなぁ!」
などと棒読みで言いつつ菜々奈は何度もパネルに手を触れた。
『ブーー!』
『ブーー!』
『ブーー!』
『ブーー!』
「あんのゴミ屑野郎がぁーーーーー!!!!!」
菜々奈は間違った敬語が外れ普通に汚い暴言を喚き散らし、いきなりの大声で隣にいた未来は驚きのあまり体をビクつかせた。
菜々奈は叫んだ後タッチパネルの直下にある蓋を外し接続部を露出させ、ウェストポーチ内のキーボードと謎のコードをタッチパネルの機械に手際良く差し込んだ。
「あんのクソ味噌豚クソ馬糞ウンコ野郎めウチの生体認証の登録情報を勝手に抹消して締め出しやがって何でいつもいつもいつも何かしら他人に冗談じゃねぇ人格疑うレベルの嫌がらせばっかりして腐るってんだ巫山戯んじゃねぇぞだいたい何であいつがこの栄えある“組織”の創設者で参謀長なんだよ総統の理想を叶える為の組織だってのに理想から真逆の存在みたいな男が何だって最高幹部に君臨してやがるってんだ総統の擁護が無ければあんな奴とっくの昔に世界の記録そのものから抹消して殺し屋にでも頼んでぶっ殺してやるってのあいつからのパワハラセクハラモラハラ全部兆倍に__」
「高宮さん!キャラ壊れてる!キャラ壊れてるよ‼︎」
凄まじい早口と暗い表情ではあるもののキーボードを操る手は出鱈目なスピードで走り続けており、未来は菜々奈の言葉とキーボードを叩く音の両方がマシンガンの様に聞こえ続けていた。
(あ、頭がクラクラしてきた…!)
未来の頭の中に汚い早口とキーボードのタイプ音が狂想曲の様に駆け巡り、一瞬目眩まで襲ってきた。
しかし、ふと気がつくとその両方が同時にピタリと鳴り止んだ。
よく見ると菜々奈は目の前の先程侵入を拒絶したガラス扉を神妙な面持ちで見つめていた。
『…ピピピ!お帰りなさいませXXXX様。』
よく分からない電子音にかき消された名前を呼びガラス扉は開いた。
それを見た菜々奈はピースサインにした右手を天高く突き上げて叫んだ。
「勝ぉーーーーーーーーーー利!!!!!!!」
「お……おめでとうございます。」
「ありがとでぇぃす!!!」
未来には菜々奈が何をやっていたか良く分からなかったそうだが、菜々奈は簡単に説明をしてくれた。
「まず生体情報が登録されている筈のウチが入れなかった理由がこの中に居る碌でもない野郎に登録が削除されてたからっての迄は良いですか?」
「それは大丈夫ですけど…あのその人は敵なんですか?味方なんですか?」
「9対1ですね!」
「えぇ…………。」
菜々奈の中ではほぼ敵ということで間違いない様だ。
「まぁどうやって入ったかって言うと、要するに外部に露出した端末から内部のシステムに干渉し、ダミーのIDを新たに作って生体情報が全くない状態でも実在の人物としてコンピュータに認識させて認証が既に完了したと言う事に偽装したのです。」
「………えっと?」
おそらく菜々奈はわかりやすく説明したのだろう。
それは未来にも理解できた。
ただ肝心の中身の理解が全くできなかった。
菜々奈は未来が全く理解できていない事を感じ取り、さらに分かり易くたった一言で説明して見せた。
「つまりウチがなんか凄いことして開けたのです!」
「凄い!分かりやすい!___って、そんな説明で良いんですか?」
中身のないザックリしすぎた説明に乗っかってみたが、そんな説明で理解した事にしていいのか未来は不安になった。
「良いんですよ。専門でもない人間が理解できることなんてたかが知れてますし、知的好奇心を満たす以外の意味なんて無いんですから。寿司しか握って来なかった寿司職人にケーキの焼き方が分かるですか?あなたはまだ十六歳で産まれたばかりです。もしこれからハッカー、クラッカーの類いを目指すのならば今ここで勉強させてあげるですが。」
人にはそれぞれその道に精通した分野があると言うごく当然の理屈であった。
菜々奈は説教のつもりでもなかったので優しい声色で話していたが、未来は何も言ず押し黙ってしまいむくれて神妙な顔になってしまった。
「そんな顔しないですよ!分かんないことは『分かんねぇ!』で良いってゆう、そういう話しなんですから。さぁ早くいきましょう。総統もお待ちかねです。」
菜々奈はまた気まずくなりそうな気がして無理矢理話題を逸らし、未来を連れてさっさと先へ進む事にした。