救国の魔女へ招待状
(なんて人……!)
協会を出てからも怒りは収まらなくて、私は憤慨しながら通りを歩いていた。シェストン室長が自分を引き止めるためにとんでもない提案をしてきたことにはただただ驚いたが、その裏に女性軽視の考えが見られたことが許せない。
(私をただ結婚したいだけ、子供がほしいだけだって勝手に決めつけて!!)
シェストン室長には愛という概念がないのだ。だからこそ気軽に婚約を破棄して、自分と結婚しようなどという思考に至る。
(でも困ったな……)
臭い伯爵はアレスと婚約すると言ったら引いてくれたけれど、シェストン室長は知った上で結婚を申し出てきた。アレスと婚約するというだけでは弱いということだ。
どうしたらシェストン室長が引いてくれるのか見当もつかない。アレスに相談してみようかという考えが一瞬よぎるけれど、私は首を振ってそれを打ち消す。
アレスにはただでさえ迷惑をかけている。協会の退席だって何か理由を考えると言ってくれているのに、さらに頼るわけにはいかない。
(戦時中はこんな風じゃなかったんだけどな)
戦争の間も私はアレスに守られていたけれど、同時に魔術の力を使って守れてもいた。対等な関係だったのだ。
それなのに今の私はアレスに頼りきり。魔術の才があってもこういった問題には何の役にも立たない。自分の無力さを突きつけられ続けるようで息苦しかった。
そんなことを考えていると、気がつけば私は兵士の詰め所までやってきていた。今日もアレスは仕事後に私を迎えにきてくれると約束したけれど、それまではまだ時間がある。どこかで時間を潰そうと思っていたのに、無意識のうちにここに来ていた。
(アレス、いるかな……)
そっと扉を開く。顔を覗かせて部屋を一回り見回してみたけれど、アレスの姿はなかった。
「なんだ……」
思わず声に出して言いながら私は後ろ手に扉を閉めて部屋に入る。アレスのいない部屋は寒々としていて味気ない。
アレスはきっと故郷に帰る準備で忙しくしているのだろう。一月後にはここにアレスはいないのだから。
胸に穴が空いてしまったようで私は部屋の中心で立ち尽くす。私もアレスにウォルカに誘われているけれど、アレスが今までいた場所からいなくなることを思うと言いようがない寂しさに襲われる。
それだけ私の中でアレスの存在は大きいんだ。そう気付かされるとたまらなくアレスに会いたくなる。
早く夜にならないかな……と、窓の方を見ると、机の上に何やら封筒が置いてあるのが見えた。
「なんだろう?」
ようやく足を動かして封筒を手に取ると「ライラ様」と宛名に私の名前が書いてある。裏返すと王族の証である獅子の家紋で封がされていてぎょっとした。
「な、なに……?」
私宛なのだから開かなければならないだろう。私は慎重に封を開けて中身を取り出した。
「招待状?」
一枚の高級そうな紙には日時や場所が書かれている。文字を時間をかけて読むと、戦勝パーティの招待状だった。
「こんな会に私が……!?」
王族が戦争で功績を上げた兵士や魔術師を個別に呼んで行われる非公式のパーティだ。そんな場所に私が呼ばれるなんて場違いにも程がある。本当に私が行っていいのか疑問だった。
「できることなら行きたくない、けど……」
行かずに済むものなのだろうか? その辺りのマナーがよくわからないので、後でアレスに聞こうと憂鬱になりながらも招待状をカバンに放り込んだ。
「かんぱーい!」
待ち合わせの時間になってアレスと合流した私は行きつけの店で杯を交わしていた。
「毎日飲むのって身体によくないらしいけどね……」
「まあ飲むよな」
私とアレスは顔を見合わせて仕方ないよね、という諦めの笑顔を見せる。
「戦争中は滅多に飲めなかったんだから、その分を取り返してるってことで!」
「ま、流石に明日はやめておくか……。酒を出さない店に行くことにしようぜ」
当たり前に明日もアレスは私と一緒に夕食を食べるつもりらしい。その当たり前が嬉しくて私も今日あったあれこれを忘れて笑顔になる。
「じゃあ今日は明日の分も飲まなきゃね!」
「飲みすぎて潰れるなよ? ライラが潰れたところ見たことねえから見てみたいような気もするけど」
「潰れないから大丈夫ですー! 大人の節度は持ってますから!」
「おもしろくねえなぁ」
いつもと同じようにポンポンと言葉を投げ合いながらお酒が進んでいく。二杯目の乾杯を済ませた後にアレスが少し真面目な顔をする。
「で? なんで今日は協会にいなかったんだ?」
「ああ……」
協会前で待ち合わせをしたのに、私が協会の外からやってきたのでアレスに驚かれた。私を一人にしないために迎えに来てくれているのに申し訳ない気持ちになる。
「ちょっと仕事に集中できなくて詰め所に行ったんだ。あ、そうそう、詰め所に行ったらこれが置いてあってね……」
私は鞄の中の封筒の存在を思い出してアレスに見せた。アレスは封筒を裏返して王族の家紋を見るとあからさまに嫌悪感を示す。
「何かの招待状か?」
「なんでわかったの?」
「だいたい想像はつく。ライラを放っておくわけないと思ってたからな」
アレスは中身を取り出して目を通すと盛大なため息をついた。
「これって断れない?」
「無理だろうな」
「やっぱり……」
薄々気がついていたことだったけれど、やっぱり王族から直々の招待状となれば容易に断れないようだ。軽くなっていたはずの気持ちがズンと重くなる。
「そんな顔すんな。適当に挨拶だけして抜けてこようぜ」
慰めるようにアレスが私の頭をポンポンと撫でた。私はそれを甘んじて受け入れながらアレスの言葉に違和感を覚えたので疑問をぶつける。
「アレスも招待されたの?」
「いや? だけど俺は行くつもりだぜ」
「どうやって?」
「お前、ちゃんと招待状見てないだろ? ほら、ここ……」
アレスがずいっと私の目の前に招待状を突きつけた。アレスの手が示している場所に書いてある文字を時間をかけて読む。
「えっと、付き添い、を一人……連れて行ってもいいの!?」
「そういうことだ」
私が理解するとアレスはニヤリと笑う。
「当然俺を付き添い人にしてくれるだろ?」
「いいの?」
「当たり前だろ。むしろ俺じゃないやつを選んだら怒るぞ」
一人で行くものだとばかり思っていたので気持ちが楽になる。アレスがついていてくれるなら安心だ。
「でも、早いとこ婚約届は出したほうがよさそうだな」
アレスは招待状を封筒に仕舞って私に返しながら浮かない顔を見せる。
「国も魔術師としてのライラを欲してるだろうし、結婚したいと思うやつだって出てくるかもしれないからな」
婚約の話を聞いて、シェストン室長からの結婚の申し出を思い出して居心地が悪くなる。アレスに言ったらきっと苦い顔をするだろう。
「言いそびれてたが、婚約届の保証人サインを弟に頼んだんだ。送ってからしばらく経つからそろそろ戻ってくるはずだ」
婚約届には男性側と女性側でそれぞれ一人づつ保証人が必要だ。大抵は家族か上司に頼むもので、身分が高い人の方が望ましい。アレスはアレス自身が領主なので、弟さんでも問題ないのだろう。
でも私には親がいない。上司に頼むべきなのだろうけれど、退席を申し出ていてそれを拒否されていることから考えても協会内の人間で保証人になってくれる人はいないだろう。
「ライラの分の保証人サインはこれから考えよう」
私の不安を察してアレスが優しく言ってくれる。
「軍の上司に頼めばサインしてくれる人もいるだろ。なるべく身分が高い人のほうがいいのは確かだけど、誰だって書いてくれさえすればいいんだから」
「うん……」
アレスには軍の上司の知り合いもいるのだろう。だけど私と直接知り合いなわけではないので、保証人になってくれるだろうか。
ふとシェストン室長のことがよぎる。シェストン室長ならきっと協会の師長の中からしかるべき身分の人の保証人を探してくるだろう。もし私にそれと同等の軍関係者の知り合いがいて、その人に保証人になってもらえればシェストン室長も黙らざるを得ないのではないだろうか。
思いつきだったのだけれど、とても素晴らしい案に思えて興奮する。だけどどうやってそんな身分の人を探す? そんな人との接点は私にはなく、出会える場所もない。
私の考える時の癖である顎に手を当てる仕草をしようとして封筒を持ったままだということに気がつく。その封筒に目を落とした時、私の頭には雷のような衝撃が走った。
この王族主催のパーティにはきっとやんごとない身分の人がたくさん集まる。その中の一人にでも気に入られたら? 交流を築けたら保証人になってもらうことも可能なんじゃないだろうか。
招待状だって協会ではなく兵士の詰め所に届けられたものだ。つまりパーティには軍関係者が多く招待されているはず。
軍と協会は必ずしも友好というわけではない別々の組織だ。そんな軍側の偉い人に保証人になってもらえたならば、協会のシェストン室長でも納得するしかないのではないか。
パッと顔を上げてアレスに今の思いつきをシェストン室長の部分だけ伏せて説明する。真面目な顔で話を聞いてくれたアレスにも僅かに笑顔が浮かんだ。
「なるほど、ありかもな」
「でしょう!?」
「そんなにたくさんの偉いやつが集う場なんてなかなかない。探してみるのもありだな」
「良かった……」
どう断ったら納得してくれるのかわからなかったシェストン室長からの求婚を打破できる突破口が見えた。
「それじゃあそのための準備をしなきゃな」
「準備ってどんな?」
「どんな人間が呼ばれてるのか調べておいたほうがいいだろう。保証人になってくれそうな人物に当たりをつけておいて、気に入りそうな手土産でも用意するとか」
「なるほど!」
私は軍の偉い人や国の権力者の顔をよく知らない。それでも足を使って自分にできることをしようと思った。
「頑張ろう!」
「ああ。まずはデートだな」
「うん! デート……ええぇ!?」
勢いで同意しかけて、とんでもない単語を口にしたことに気がつく。デートってあの恋人同士がする!?
「私とアレスが!? パーティと関係なくない!?」
私の反応が面白かったのか、アレスはぷっと吹き出す。
「それは当日のお楽しみだ。近々時間はあるか?」
「え、う、うん」
どうやらアレスとデートをする流れになっている。私は戸惑いながらもアレスに押されて頷いた。