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救国の魔女と告白

「たくさん飲んだか?」


 二人になってもなおアレスは不自然なほど普段通りだった。


「俺はもっと飲んでやるつもりだったのに話しすぎちまったぜ。あーあ、もったいないことしたな」


 口数の少ない私に反比例するようにアレスは饒舌に話している。私は話しどころではなかった。帰り道という短い間に婚約をどうするのか、ウォルカへついていっていいのかを聞いて、自分の気持ちも伝えようとしているのだから。


 鼓動が速くなりすぎて痛い。自分の気持ちを伝えようとすることがこんなに難しいことだなんて私は知らなかった。


「……この前は悪かったな」


 緊張で何も考えられずにいると、トーンを落としたアレスの声が聞こえる。ハッとしてアレスを見ると、私を見る瞳が揺れていた。


「自分の言いたいことばっかり言ってライラを泣かせちまった。婚約者失格だな、俺は」

「……っ! そんなこと……!」


 そんなことを言われたくも言わせたくもない。だけどそうさせているのは私なのかもしれなかった。私が自分の気持ちに気がつくのが遅かったから。


 このまま気持ちを伝えなくても婚約は破棄されるだろうし、私が気持ちを伝えても婚約は破棄されるかもしれない。どちらにしても同じ結末でも、私はアレスが自分のことを「婚約者失格」だなんて言わないような未来を選びたかった。


「ア、アレス!」


 声が上ずってしまったが、私は立ち止まってアレスをしっかりと見据える。アレスは不思議そうな顔をして立ち止まって、私の顔を見ると真剣な表情に変えた。


「私、アレスとの婚約を破棄したくない! 1年間婚約者でいて、その後もアレスとずっと一緒にいたいの!」


 道の真ん中で叫ぶようなことじゃないと思いながら止められない。溢れ出した気持ちは言葉になって口から飛び出す。


「ウォルカにだって一緒に行きたいし、ウォルカでもアレスと一緒にいたい! だって私、アレスのことが、す──むぐっ」

「ストップ」


 さっと私に近づいてきたアレスが私の口を右手で塞ぐ。見上げてもアレスの顔は見えない。そのくらい近くにいた。


「……っ。とりあえず俺の家が近いな」


 2日前と同じようなことを言って、アレスは私の手を引く。前を行くアレスの顔は見えず仕舞いだったけれど、その耳は髪の毛に負けず劣らず赤かった。



 アレスの家につくと、手を引かれたままなだれ込むようにソファに座らされる。アレスの家に来るといつもすぐにお茶を淹れてくれるのに、今日はそれをする気配もない。アレスとの距離の近さに心臓が大きく鳴った。


「えっと……ライラ」


 勢いとは裏腹にアレスの瞳は揺れ、どう切り出そうか迷っているように見える。


(私が言おうとしたこと、わかっちゃったよね)


 その上で言えないように口を塞がれた。聞きたくない、ということなのだろうか。心がズンと沈む。


「一昨日は本当にごめんな?」


 さっきも謝られたけれど、今回はひどく頼りない声だ。私はアレスの瞳を見つめ返す。


「ディアンが帰ってきて、その後のライラの様子を見て……告白されたんだろうって察しがついたら余裕がなくなっちまった。大人気なかったって反省してる」


 余裕がなくなった? どうして私が告白されたことでアレスの余裕がなくなるのだろう。


「今までだって何度も求婚されてきたのに?」

「ディアンは別だ」


 アレスは苦い顔をする。


「他のやつと違ってあいつのライラへの気持ちは本物だ。それに元々お前たちは仲がよかったじゃないか。だからライラはディアンを選ぶだろうって焦ったんだ」

「私がディアンの告白を受け入れれば、ようやく守る役目から解放されるって思わなかったの?」

「そんなこと……っ!」


 アレスは声を荒げてからすぐに自分でそれを押し止めた。アレスがここまで自分の感情を顕にすることはほとんどないので、私はピクリと肩を揺らして驚いてしまう。


「そうじゃないんだ。俺は……」


 悔しそうに顔を歪めながらくしゃくしゃと自分の髪をかき混ぜる。私はただそれを呆然と見ていることしかできない。


「俺はライラが思っているような男じゃないかもしれない。余裕はねえし、臆病でズルい」

「ズルい?」


 臆病でズルい、なんていう言葉とアレスが結びつない。アレスは眉間に皺を寄せたままゆっくりと頷く。


「戦争が終わって王都に戻ってから、俺はどうやってライラをウォルカに連れて帰るかってことばかり考えてた」

「……え?」

「素直に気持ちを伝えてもライラは驚くだけだろう。そう思ったらなかなか切り出せなくて、ズルズルと時が流れていってた。俺には時間制限があるのにな」


 アレスは苦しそうな笑顔を見せる。


「そうしてぼやぼやしている間にライラが求婚されたって聞いて……絶対に嫌だと思った。俺が気持ちを告げる前に誰かに掻っ攫われるのだけは。だから俺はライラを守るとか言い訳して、ズルくもお前の婚約者という立場を手に入れたんだ。……気持ちも伝えないままに」

「気持ち……」

「幻滅したろ?」


 いつも一緒にいると安心できて、弱いところを見せることがないアレスの、こんなに頼りない顔をはじめて見た。私は何故か泣きそうになりながら首を振る。


「アレスは私のペースに合わせてくれたんでしょう? 恋を知らなかった私に……。そのおかげで私は自分の気持ちに自分で気がつけた。アレスの優しさだって思うよ」

「ライラ……」


 アレスの顔もどこか泣きそうに見えた。私は繋いだままの手にぎゅっと力を入れる。


「アレスの気持ちを教えて? 私はずっとアレスと一緒にいても、いいのかな?」


 期待を込めてそう尋ねる。もしかしたら、私の願望だけでないのなら──


「当たり前だろ……」


 ぐいっと手を引かれてアレスに強く抱きしめられた。


「愛してる、ライラ……。俺と共にウォルカへ来てくれ」

「嬉しい。私もアレスのこと、大好きだよ」

「ライラ……」


 どちらからともなく顔を合わせ、微笑み合う。そして自然に顔が引き寄せられ、唇が重なった。


 触れ合った唇は熱い。私はようやくアレスと一つになれたような気がした。


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