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救国の魔女と希望の光

「本当にピューマときたらどうしようもないわ」


 リリィ、もといリリアージュ王女は私とアレスを前に座らせて、先程からしばらく自分の婚約者の愚痴を吐き続けていた。


「わたくしも参加するパーティだというのに、すぐにいなくなって女性に声をかけにいくんだもの。ちょっとかわいい女性を見ると声をかけずにはいられない、なんて言ってもう病気よ、あれは」


 私とアレスは王女の婚約者の悪口に気安く頷くわけにもいかず曖昧な表情を続けている。


 ここは王族専用の控室だ。会場ではゆっくりと話せないからと連れてこられた時にはてっきり怒られるものばかりと思っていたが、リリアージュ王女の怒りの矛先は自分の婚約者へと向けられていた。


「まあそんなピューマを選んだわたくしが悪いのだけれどね。でも仕方がないじゃない。顔もいいし優しくて甘やかしてもくれるんだから」


 キュリア王国では王女と言えども相手がそれなりの身分の者であれば自由な恋愛が認められている。リリアージュ王女も例外ではなく、好んで婚約をしていることが察せられた。


「こんな男、婚約破棄してやるわ! って思うこともあるのだけれど、計ったようなタイミングでわたくしの好みを把握したプレゼントをくれたりして、どうにも離れられないのよね。周りに女性さえいなければ、わたくしのことを大切に扱ってもくれるし……」


 愚痴大会がノロケ大会に変わりつつある。どこか幸せそうに婚約者のことを語る様子は素敵だなと思えた。


「それで貴女達、名前は?」


 婚約者の話に一定の満足を得たらしく、ようやく話が私達のことに及ぶ。婚約者にナンパされたことで怒られる可能性も考えて慎重に口を開いた。


「私はライラと申します」

「ライラ……」


 リリアージュ王女は顎に手を当てて考えるような素振りを見せる。


「ああ、思い出したわ。貴女、救国の魔女ね?」

「はい」

「ふぅん」


 値踏みするように頭の先から足の先まで眺め回されて身体が強ばった。


「貴女が、ねえ。とてもすごい力を持った魔術師には見えないけれど」


 “魔術師”という言葉に私は密かに驚く。魔女という差別用語を使わない人には久しぶりに会った気がした。


「ああ、ごめんなさいね。馬鹿にするつもりはないの」


 黙っていた私に気を遣ったのかリリアージュ王女はそう補足する。


「ただ救国の魔女なんて聞くと、どんなすごい人なのかって思うじゃない? もっと強そうな見た目の人を想像していたのよ。でも貴女は普通ね。それなのに国を救ってくれて……王女として感謝しているわ」


 そう言って頭を下げたリリアージュ王女を見て私は思わず腰を浮かせた。まさか王女に頭を下げられるなんて思ってもみなかったのだ。


「い、いえ、私はただやるべきことをやっただけで……!」

「それがすごいことなのよ。貴女に自覚はないのかもしれないけれど、何もできずに城に籠もっていることしかできなかったわたくしとは違う。本当に国を救ってくれたのは貴女のように戦場に出ていた人達なのだから」

「リリアージュ王女……」


 私はただただ驚くばかりだった。王族とは手の届かない存在で、私達のことなんて気にもかけていないと思っていた。それがこうして私達のために心を砕いてくれている様を間近で見たら、胸に響かないはずがない。


「だからと言ってピューマは渡さないけれどね?」

「も、もちろんです!」


 リリアージュ王女が元通りの笑顔で笑ったのを見て、私はようやくソファに腰を落ち着けた。


「そういえば貴女も婚約していると言っていたわね? 隣の人が?」

「はい、アレス・アーノルドと申します」

「アーノルド……ウォルカの」


 アレスの姓を聞いただけでウォルカという領地の名前が出てきたことにも驚く。そしてこの方は本当に王女なのだと改めて思った。


「それじゃあ二人でウォルカへ帰るのかしら?」

「そうしたいのですが……」


 私はそう言ってアレスをちらりと見る。ナンパされたことやリリアージュ王女と会ったことで忘れかけていたが、私達の婚約は暗礁に乗り上げているのだ。


「そうできない理由でも?」

「実は……」


 私は協会を退席することを拒まれていること、シェストン室長との婚約のことなどをかいつまんで話した。神妙に聞いてくれていたリリアージュ王女は、私の話が終わると天を仰ぐ。


「なるほど……。考えてみればそれもそうね。国を救ってくれた英雄を手放したい人間がいるはずないもの」


 リリアージュ王女にそう言われてどんどん気持ちが暗くなってくる。私は私が思っている以上にあまりよくない状況に置かれているのだろう。


「でも貴女はこのウォルカの領主と結婚したいのでしょう?」

「……はい」


 私ははっきりと頷く。アレスと婚約できないかもしれないとわかってから、余計にアレスと離れたくないと思っていた。


「そうね……わかるわ。恋って理屈じゃないものね」


 リリアージュ王女が言うと説得力がある。私も同意の意味を込めて頷く。


「よし、決めたわ。わたくしが貴女達の婚約の保証人になってあげる」

「!? え!?」


 ひらめいた! というように顔をパッと明るく輝かせて持ち出された提案に私は驚きの声をあげた。


「国のために働いてくれた女性が協会の駒として望まない結婚をさせられるなんて気の毒だわ。わたくしが言えば協会だって逆らえないはずよ。だけど……流石にわたくしが言ったとしても貴女を協会から退席させてあげられることはできないと思うの」


 魔術師協会と国とは距離感がある。だから王命でもない限り内部の人事に関わる命令はできないと言う。


「だからこうしましょう。貴女にはウォルカに協会の支部を作ってもらうわ!」

「!」


 リリアージュ王女の提案に私は息を飲む。


「私が協会の支部を……」

「別にウォルカの支部に魔術師をたくさん配置しようっていうわけじゃないの。魔術に馴染みのないウォルカの人達に魔術を根付かせる。そういう働きをしてくれたらいいわ。協会も貴女が協会に所属してさえいればひとまず引いてくれると思うのよね。そう簡単に手を引いてくれるとも思えないけれど、わたくしができることはこのくらいなの」

「リリアージュ王女……」

「貴方もいいわね? ウォルカの領主」

「はい、もちろんです」


 アレスは凛とした声で返事をする。私は感動して涙が出そうだった。


「リリアージュ王女……なんとお礼を言えばいいか」

「いいのよ、気にしないで。わたくしにできることなんて限られるのだから。だけどわたくしもキュリア王国の王女として国を救ってくれたお礼くらいしたいもの」


 リリアージュ王女はいたずらっぽく私に微笑んだ。


「それに貴女が王都からいなくなってくれればピューマを巡るライバルが一人減るものね」

「はい! ありがとうございます……!」


 私は何度も何度もお礼を言いながら、初めてキュリア王国民でよかったと心から思ったのだった。


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