救国の魔女とおめかし
「う……うう……」
いよいよ今日はパーティの日だ。慣れないパーティという場、王族の方の前という滅多にない機会、そして保証人探しという重大な目的がある大切な日。
それなのに私はそれとは別のことで身体を固くしていた。原因はこの格好だ。
私はドレスを購入したお店で着付けと髪の毛のセットをしてもらった。アレスに買ってもらったパーティドレスは大人っぽいワインレッドで、肩が大きく開いている。髪の毛もアップにしているので首から肩にかけてがスースーとして落ち着かない。
スカート丈が長いのは安心だけれど、身体にぴったりと沿うようなデザインなのでラインがわかってしまうのが恥ずかしい。いつもより高いヒールも歩きにくいし、緊張もあってふらふらとしてしまう。
「この格好で外に出なきゃ、なんだよね……」
先程やってきた店員さんがすぐ外には既にアレスが待っていると教えてくれた。
「アレス、なんて思うかな……」
この後待ち受けるパーティよりも私にとっては重要な問題だ。戦場ではボロボロの服を着なければならないこともあったし、お風呂に何日も入れないこともあった。
そんなひどい姿ばかり見せてきたのに、今更こんな着飾ったところで笑われたりしないだろうか。
「でもそろそろ行かないと」
パーティに遅れるわけにはいかない。私は大きく息を吸い込んで、吐いて心を落ち着けようと試みる。しかし自分の心臓の鼓動が異常に速くなっていることに気がついて余計に緊張が増しただけだった。
「えーい、どうにでもなれ!」
ここから一生出ないわけにもいかないのだ。そんなことをしようものなら逆にアレスが乗り込んでくるような気もするし。
私は渾身の力を振り絞って扉を開けて外へ出た。
「お、お待たせっ!」
アレスの赤い髪の毛が辛うじて確認できるも、顔を見ることはできない。声だけは元気に、と思ったけれど上ずってしまった。
「おう、遅かった……な……」
いつもと同じ気さくな挨拶が聞こえてくると思ったのに、アレスの声が尻すぼみになって消えていく。疑問に思った私はこわごわ顔を上げてアレスの様子を確認してみる。
パーティ用のタキシードに身を包んだアレスは目を見開いて私を凝視していた。こんなに驚いた顔を見るのは珍しい。
「やっぱり変、だよね……」
驚くほどおかしいのかと思うといたたまれなくなる。なぜか泣きそうになりながら言うと、何度か瞬きをしたアレスの頬にカッと朱が差した。
「あ、いや、変じゃ……ねえよ。なんつーか、その……」
アレスにしては歯切れが悪い。悲しかったのも忘れて、私は珍しくアレスが視線を泳がせるのをポカンとしながら眺めた。
「…………」
あらゆる場所を彷徨ったアレスの瞳が私の目と合う。耳まで赤くしたアレスが小さく口を開く。
「……綺麗だ」
「……!」
驚きで息が止まるかと思った。綺麗? 私が?
だけどそう言ってくれてからまたそっぽを向いてしまったアレスが嘘をついているようにはどうしても見えない。身体中がまるで魔術を使っているかのように熱く、燃えてしまいそうだ。
「……そろそろ行かないとな。遅れてもまずい」
「あ、うん」
私も、そしてたぶんアレスもちゃんとした思考ができないまま店を後にする。「歩きにくいだろ?」と、差し出してくれたアレスの手は熱かった。
迎えに来てくれた豪華な馬車に乗っても私の身体の熱はなかなか引いてくれない。アレスの手もずっと握られたままだ。
チラチラと横目でアレスを見ると、タキシードがバシッと決まっているのもまた困る。アレスはラフな格好で動き回っている印象なのに、こんな貴族のような格好をすると落ち着いた大人の男性だと再認識させられた。
おまけにとてもかっこいいのだ。長い脚が際立ち、タキシードの上からでもほどよい筋肉がついていることがわかる。タキシード自体がシンプルなことがスタイルの良さを引き立てていた。
こうして見ると目鼻立ちもはっきりとしていてかっこいい。いつもよく普通に接していられたな、などと思うくらいに。
(ダメだ……今はパーティのことに集中しなくちゃ)
私は一生懸命アレスを見ないようにして平静を取り戻そうと努める。それなのに次の瞬間には繋がれた手から伝わってくる熱のことを考えているのだからどうしようもない。
アレスは僅かに冷静さを取り戻したのか、豪華な馬車の中では場違いな日常会話をしてくれる。
「そういえば小隊の解散式の日が決まったぞ」
「そ、そっか……とうとう解散するんだね。いつ?」
「俺達がウォルカに行く前日」
「俺達」と言われた言葉にドキリとした。アレスの中では婚約の保証人もちゃんと見つけて、当たり前に一緒に故郷に帰るつもりでいる。そのことが嬉しい。
「保証人のことは大丈夫だ。ライラは転ばないように気をつけておけばいい」
私の不安を察したのか、アレスがいつものように安心させるように言ってくれる。
「もし転びそうになったら支えてね?」
「もちろん。むしろ俺から離れるなよ? 変な虫に目をつけられたら困る」
「変な虫って……名乗らなければ大丈夫だと思うけど」
「お前は本当に……」
アレスは眉を潜めてぐっと顔を近づけた。
「ちょっとは自覚してくれ」
「自覚ってなんの……」
ただでさえ冷静じゃないのに、そんなに近くに来られたら心臓が爆発してしまいそうだ。頭の芯が痺れて動けない。
「自分が女だってこと。あと俺のことも」
「アレスの……」
どんどん顔が近づいてくる。あ、このままだと私、アレスとキス──
そう予感した瞬間パッとアレスの顔が離れる。アレスは私から顔を背けた。
「行く前に化粧落とすのもまずいからな」
ボソッとつぶやかれた低い声に身体がぞくぞくとする。それと同時に離れてしまった距離が寂しくて、私はアレスの手をきゅっと強く握った。