救国の魔女へ贈り物
昼食を終えて店を出た。アレスが私を連れていきたい場所があるというので移動する。
「ライラがウォルカに来たらいろいろ案内してやるのが楽しみだな」
アレスは「うーん」と伸びをしながらそんなことを口にした。
「ここほど活気はねえけど不自由ないほどの店は揃ってるし、葡萄畑があるから果実酒も美味いんだ」
「へぇー、美味しい果実酒飲んでみたいな」
「ライラも気にいると思う」
故郷の話をするアレスはいつもに増して優しい顔をする。きっとウォルカという土地が大好きなんだろう。
「ウォルカには魔術師協会の支部がないんだっけ?」
「そうだな。だから魔術師はいない。たまに魔術の才がわかったやつは近くの土地に越して行くな」
「そっか」
シェストン室長がウォルカのことを悪く言っていたことを思い出して口の中が苦くなる。協会のない土地は価値がない、とでも言いたげだった。
「かと言って魔術師が嫌いってわけでもねえから」
私の表情が曇ったのを別の意味に解釈してくれたらしい。アレスは私を元気づけるように背中を叩く。
「物珍しく見られることもあるかもしれねえが、俺の女だとわかれば悪いようにはされないし、させないからな」
「ありがと」
物珍しい扱いをされることには慣れているのだが、アレスが優しさで言ってくれたので自然とお礼を言うことができた。アレスは本当に優しい。
「着いたぞ」
話しているうちに目的地に着いたようだ。見ると何かのお店のようだった。アレスが躊躇いなく扉を開けて中に入るので、私もろくに看板も見ずに入る。「いらっしゃいませ」という女性の店員さんの落ち着いた挨拶と共に目に飛び込んで来たのは目にも鮮やかなドレスの数々だった。
「何かお探しですか?」
「こいつが着ていくパーティドレスを探してる。なるべく動きやすくて露出が少なめなものを頼む」
「かしこまりました」
「えっ……」
私が口を挟む前に店員さんが一旦奥に消えていく。私は声を潜めて隣のアレスに尋ねる。
「ど、どういうこと?」
「今度のパーティに必要だろ?」
「別にいらないよ! 魔術師の制服でも着ていこうと思ってたんだから!」
「王族主催のパーティだ、そういうわけにもいかないだろ」
「そう、なのかもしれないけど……。そもそも私、そんなお金は……」
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
話の途中で店員さんが戻ってきて遮られてしまった。
「ほら」
アレスは満面の笑みで私の背を強めに押す。気品のある店員さんの前で「いらないってば!」と叫ぶわけにもいかなくて、私はアレスにだけ不満そうな表情を見せながら店員さんに従うしかなかった。
そうして私はまず採寸をされて、次に試着をさせられる。時々アレスが呼ばれてああでもないこうでもないと店員さんと話していた。
(ちょっと……! どうすればいいの!? これ!)
慣れないことをされている私はただ着せ替え人形になることしかできなくて、結局アレスがドレスを決めるまでそれが続いたのだった。
「お疲れ様でした」
試着が終わり、店内のソファにぐったりと沈み込む私を見てアレスがくつくつと笑みを零す。
「綺麗だったぞ、ライラ。どれも似合ってた」
「お世辞はやめてよ……」
「お世辞なもんかよ」
生まれてこの方ドレスなんていうものに縁がなかった。流石に王族の方が着るような生地にボリュームがあるドレスは試着しなかったけれど、パーティドレスですら新鮮だ。
「選んだドレスっていくらくらいするのかな?」
「金のことは心配すんな」
「まさかアレス、あのドレス代払うつもりじゃ……!?」
「まさかでもないだろ。結婚する時には男の家から女の家に贈り物をするもんだからな」
「結婚って、だから……」
「お待たせいたしました」
会話はまたもや店員さんに遮られる。アレスは店員さんからドレスがいつ出来上がるかなどを聞いて立ち上がった。
「それじゃあよろしく」
「承りました」
さっさと店を出ていこうとするアレスの背を追いかける。雰囲気の落ち着いたこのお店は私にとって居心地の悪いものだった。
「ねえ、アレスってば!」
外へ出て、私はようやく普通のボリュームの声でアレスを呼び止める。
「ん?」
「ドレスもらうわけにいかないよ!」
「俺が勝手にライラを連れてきたんだからいいんだよ」
「だけど高いんじゃ……」
「そういうのは気にするな」
アレスに頭を小突かれた。
「気にしないわけにはいかないよ! いつもアレスにはいろいろしてもらってるのに、さらにお金まで……」
「じゃあこう言えばいいか? 俺がライラに着せたかったから買った。ライラのために買ったわけじゃねえよ。それだけのことだ」
アレスはちょっとだけ怒った様子で強く言った。それ以上は話をする気がないようで、私に背を向けてしまう。
王族のパーティに行くのに、アレスがエスコートする女性が協会の制服を着た味気ない私だと嫌だと言うことだろうか。それならば自分で買ったのに。
でもここで反論しても喧嘩になるだけだというのは薄々想像がついた。納得できない気持ちがくすぶっているけれど、折れるのは私なのだろう。
「じゃあ何かお礼させて?」
「そういうのいらねえのに、ライラはいつも気にするよな。うーん、そうだな……あ」
アレスは何か思いついたようでニヤリと笑う。いたずらを思いついた子供のような顔だ。
「じゃあ手繋ごうぜ」
「え? 手?」
「デートだからな」
「ん」とアレスは片手を私に差し出した。先程まで怒りかけていたのは忘れたような無邪気な顔だ。
「私をからかうつもりね……」
だけど今の私にアレスに逆らうという選択肢はない。嫌ではないので、ためらわずにアレスが差し出してきた手を握った。
「よし、一気にデートっぽくなってきたところで飲みに行くか!」
「結局? まあいいけど」
手を繋ぐと少し歩きにくい。でもアレスのごつごつとした手は温かくて落ち着くような気持ちにもなった。
私はアレスと手を繋いだまま行きつけのお店に向かったのだった。