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復讐にエッセンスを加え……られるの?



 本格的に復讐をすることを決めた。


 とはいえ、復讐といっても、二人が精神的に追い詰められないといけない。物理攻撃はするつもりはなかった。物理攻撃まですると、それこそわたしの方が悪くなってしまう。下手にエスカレートしたらわたしが捕まる。子供もいる今、それは悪手だ。


「困ったわ」


 それが正直な感想だった。すでに今のままだって精神的に追い詰められていそうだ。契約書と正妻という立場、それに伴う義務を見せているだけでも勝手に悪い方向へと傾いてた。一度目は、ロナルドの努力で何とか持ち直した。これ以上のものとなると、何があるだろうか。


 実はルイスのことをよく知らないのだ。お茶会での少し年上のお姉さま方の話でしか知らない。直接会ったのは、婚約者となった時、結婚式、2度本宅に乗り込んできた時……4度だけだ。噂通りの、儚い美人だとは思った。思考もだいぶ普通とは違うようにも思う。


 ロナルドと同じ年で、同じ学園に通っていて、その学園でルイスを巡って恋の駆け引きがあったとかなったとか。本人たちは真剣に悩み苦しんだと思うが、傍から見たら恋に浮かれただけの醜聞だった。


 その勝者がロナルドなわけだが、実はあまりこの件に関してはあまりいい噂はない。ロナルドが最初に行ったように、後継者を降り、ルイスを連れて世間から隠れていたら評価は上がっただろうが、そうはしなかった。そこにルイスの希望が多いに入っているようであるが……。


 ふうっと息を吐いた。わたしだって貴族の娘だ。大なり小なり、嫌がらせや犯罪となるような苛烈なものなど、色々と知っている。


 普通は正妻とその愛人。

 同じ屋敷内に住んでいれば、日のあたりの悪い狭い場所に住んでもらう。食事を抜くなど、褒められたことではないが咎められもしない程度のことはできる。離れたところで囲われていても、ドレス代や宝飾品といった援助を削ることも可能だ。また、相手の自出が貴族令嬢であれば、社交界で孤立させるために茶会などで悪いうわさを流すのはもはや定番だ。


 だが今回の場合は、正妻とその男の愛人。

 同じ屋敷には住んでいないし、契約書にも愛人として認めるとしているので、今の援助を削ることは難しい。そもそもドレスや宝石がいらないのだ。普通の愛人よりも少ないお手当てである。これ以上を削るとなると、わたしの狭量さが目立ってしまう。噂についてはもはや、あってもなくても状態だ。すでに最悪の部類だから。


 ……復讐って難しい。


 そもそも復讐とは、本人が辛いと思うような仕返しをすることだ。


 何が一番か?


 ルイスにとっての一番はロナルドしかいない。今はわたしの妊娠もあり、月の半分はルイスのところで過ごしている。

 それが、ロナルドの意思でまったく来なくなったらどうだろうか。

 ロナルドが休日でも昼休みでも会いに行かなかったら、ほとんど会えない状態なら……。


 とてつもなくいい案に思えた。

 すぐではなく、徐々にあえなくなる間隔を長くするのだ。


 それならばきっとできるはず。



******



「一日、部屋に籠っていたと聞いたのだが、具合が悪いのか?」

「……おかえりなさい」


 図々しくも、姉を不幸にした男がノックもなく入ってきた。むっつりと長椅子に座ったまま不機嫌に挨拶する。


「機嫌も悪そうだ。やはり具合が良くないんだな」

「そうですね」


 ロナルドはすぐにわたしの態度に気が付いた。これだけあからさまなのだ。気が付いてもらわないと困る。

 姉がロナルドとルイスにされていたことをまずやることにした。約束の突然の取り消しだ。そのために、いつもとは違う態度を見せてみた。ロナルドも何か思うことがあったのだろう。心配そうに顔を曇らせた。


「今日は……ルイスのところへ行くつもりだったが、取りやめるよ」

「別に気にしなくてもいいのよ?」


 いつものように、行って来てもいいと言葉を告げる。ただし、態度はいつもと全く違う。どうして行ってしまうの、という無言の圧力をかける。ロナルドは笑いながら、わたしを抱きよせた。


 うわああん、今はやめて欲しい。

 と、鳥肌が……!


 でも我慢だ。これは上掛け、これは上掛け。


「いや、今日はこちらにいるよ。ほらこんなに震えているし、寒いのかな?鳥肌まで立っている」

「寒くはないのよ……ありがとう」


 都合よく勘違いしてくれて、ほっとする。わたしはふううっと大きく息を吐いた。

 ロナルドは優しくお腹に手を当てた。


「そろそろ、7か月だ。少しでも心穏やかに過ごしてもらいたい。一人よりも二人の方が安心するだろう?」

「でも、本当にいいの?」

「ああ。ルイスだってわかってくれるさ」


 よほどルイスを信頼しているようだ。

 本当にそうかしらね?

 まあ、信頼していたらなかなか崩すのは大変そうだけど、回数を重ねれば爆発してくれる……はずよね?


「ベッドに運ぼう」

「あ、重いから運ばなくても」


 今お腹が破裂するほど膨らんでいるのだ。抱き上げてもらうにはかなりの重量だった。


「大丈夫。力抜いて」


 横抱きされて、そのまま寝室に入った。ベッドに優しく下ろされると、ちゅっと頬にキスされる。


「ちゃんと休めよ」

「どこに行くの?」

「そんな不安そうにするな。ルイスへの連絡を頼んでくるだけだ。すぐに戻ってくるから」


 ふっと笑って彼は出て行った。


 どっと力が抜けた。どうやら今日の約束は取り消しにできたようだ。


 不意に手紙の内容を思い出す。罵詈雑言と言っていいほどの汚い言葉が綴られていた。だけど彼とは結び付かないのだ。異性として愛することができなくても、あれほどまでひどく罵るものだろうか。今の彼だって、やっぱり優しい。昔、一緒に遊んでくれた穏やかなお兄さまだ。


「どういうことなの……」


 枕に頭を付けて、目をつぶった。

 先にあの代筆者を探す必要がありそうだ。



******



 あれからも頑張った。できるだけ一緒にいたくないけど、約束を取りやめにしてもらうためには我慢する必要がある。4回に1回が、2回に1回へ、2か月かけて生まれるまではルイスのところへ行かないところまで持っていけた。


 これは契約内容ではない。ロナルドが自ら言い出したことだ。もうすでにいつ生まれてもおかしくはないのだ。しかもロナルドは今では休日もわたしの側にいてくれる。


「本当にいいの?」


 赤子の服に刺繍をしていた手を休めて、一応気を遣ってみた。そっとロナルドを見る。ロナルドはどことなく疲れた顔をしていた。


「ああ。気にするな。ルイスには昼、会いに行っているから」


 昼に行っているのか。彼のスケジュールを思いながら、首を傾げた。クラーク侯爵家が作る庶民向けの新しい布で作ったドレスのデザインを決めるので今は忙しかった気がしたのだ。庶民でも手を出せば買えるような安いドレスだ。ただし今までのような安っぽいものではない。布の手触りもよいし、可愛らしいデザインもいくつも用意する。同時にリボンなどの安いアクセサリーにも着手している。これが軌道に乗れば、そのまま他国へと展開する予定だ。そのために、すごく忙しいはずだ。義両親も忙しそうに動き回っているし、実父のケネスも会いに来られていない。


「あまり行っていないということ……?」

「いけない日は手紙を出している」


 いけていないんだろうな、と思い、内心にんまりした。罵詈雑言の手紙ではないだけ、ありがたいと思って欲しいくらいだ。


 ようやく思った通りになり始めて、ほっとした。姉だってロナルドと約束を反故にされて悲しい顔をしていた。同じことだと思えば、きっとルイスも悲しい思いをしているはずだ。予定では、このまま子供を産み、次の子供を作ってもよいと医師の許可が出たら、また契約書でロナルドをこちらに縛るつもりだ。ルイスにはとことん、孤独感を味わってもらう。


 一つ心配なのは、あの理解不能な『真実の愛』理論が炸裂していないかだ。

 障害が多ければ多いほど、燃えるのが『真実の愛』。まさにこれが試練となってはいないか。


 彼に会えずに耐える自分、しばらくは耐えて欲しいと告げる愛する彼の苦しみが分かる手紙。


 彼らの『真実の愛』が加速して進化してしまわないか、それだけが心配だった。


「少し父上のところに行ってくるが、すぐ戻ってくるから」


 彼は立ち上がると、ちゅっと頬にキスをして出て行った。休日と言っても、家でも仕事をしているのかよく義父と執務室に籠っている。しばらくは一人でいたかったので、ルイスのところに行かなければ特に問題はない。ようやく一人になれたので力を抜きながら、中断していた刺繍を再び始めた。


「若奥様」


 そっと声を掛けられて、針を動かす手を止めた。顔を上げれば、侍女が姿勢よく立っている。


「どうしたの?」

「以前、お願いされていた代筆者の件ですが」

「ああ、誰だか、わかったの?」


 そう、彼女はあの姉の手紙を一緒に見ていた侍女だ。たまたま知ってしまったので、そのまま彼女に一通の封筒だけ渡した。代筆者を探すためだ。


「それが、侯爵家で雇った人間ではないようです」

「どういうこと?」


 意味が分からない。困惑していると、軽いノックの音と共に執事長が入ってきた。いつ見ても隙の無い人だ。


「失礼します。若奥様。その件に関しては、私の推測でよければお話いたします」

「ええ、お願い」


 執事長は軽く頷くと説明を始めた。



***


 説明を聞き終えて、ため息を止められなかった。誰かがため息は幸せを逃がすと言っていたが、本当だと思う。しばらく聞いた内容を頭の中で反芻し、そしてもう一度、大きく息を吐いた。


「つまり、この手紙は侯爵家の紙を使っているけど正式なものではなく、ロナルドからお願いされた誰かがロナルドに内容を見せることなく出したということでいいかしら?」

「そうです。この手紙には印璽もなければ、ロナルド様のサインもございません」


 そんなことできる人間など、一人しかいない。


「……わかったわ」

「どういたしましょうか?」

「直接ロナルドに聞くわ」


 執事長と侍女が心配そうにわたしを見て、首を振った。


「今はやめておかれた方がいいかと。できれば、出産が終わった後に……」


 二人の心配は最もだった。すでに臨月に入っている。まずはこの子が先だった。


「そうね、そうするわ」

「差し支えなければ、わたしに数通、預けていただきたいのですが」

「何故?」

「侯爵家の印璽がないものが他家に送られているのです。調べる必要があります」


 それもそうだと、わたしは箱の中にある手紙を数通渡した。


 ロナルドには姉を必要以上に貶めるつもりはなかった。

 ただ単に、気が回らなかっただけ。だからといって、許されるものではない。それでも、あの悪意ある手紙がロナルドの考えでなくてよかったと、心の中ではほっとしていた。


 それだけが分かっただけでもほんの少しだけ、気持ちが軽くなった。






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