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真実の愛は突き抜けるもの?



 ようやく妊娠5か月を迎え、つらい悪阻も徐々に収まり、軽い散歩が許された。


 散歩というが、これがまた大変だ。5か月にもなるとお腹も大きくなり、ちょっとした荷物を抱えているようになっている状態。普段から令嬢として暮らしてきたわたしが重いものを持って歩いたことなどないのだから、大変さは理解できるでしょう?どちらかというと動くなと、寝室に閉じ込められていた方がいいくらいだ。

 しんどくても動かないと体力が落ちてしまい出産に耐えられないということなので、医師が散歩する日を設定していた。


 そして、今日は運動を兼ねて散歩をする日だ。天気も良く、空気も気持ちがいい。ゆったりとした気持ちで手入れされた庭を歩いていたが、思わず足を止める。


 いつの間に来ていたのか、少し離れたところにルイスが立ってた。どことなく愁いを含んだ色を浮かべ、今にも消えてしまいそうな儚さだ。


 わたしよりも背が高く、儚い印象の不思議な人だ。28歳男性とは思えないほど、透明感があり色気がある。女性のような線の細さはないが、華奢感は半端ない。一種独特の空気を持っていた。


 ロナルドはこういう謎めいたタイプが好きなんだな、と考え、そっとお腹を撫でた。

 もし男の子なら、父親と同じ趣味にならないように早いうちからすり込みを行う予定だ。女の子なら父親好みの儚さと女社会を生き残れるだけの強かさを身につけさせるつもり。

 もっとも、女の子でわたしに似てしまったら、儚さなどどんなに頑張っても身につかないだろうが。


 どうでもいいことを思いつつ、ルイスを見て首を傾げた。

 ルイスが本宅にいる理由が分からなかったし、今日来るとも聞いていなかった。約束もなくここまで入ってこられるはずはないのだから、きっとわたしが知らなかっただけなのだろう。……多分。


 ちょっと断言するのをためらったのは、やはり突き抜けた人だという印象が強いせいだ。


 彼を見ていて、わたしはちょっと憂鬱になった。

 この晴れて気持ちの良い日に、どよんとした愁いを纏って立っているのだ。見ているだけで、こちらの気持ちもがくんと落ちていきそうだ。


「若奥様、どういたしましょう?」


 側についていた侍女がそっと尋ねた。嫌なら声を掛けずに元の道を戻るつもりのようだ。だが、彼の様子から、わたしを待っていたようにも思う。


「折角ですから、お茶でも誘いしましょう」


 こうしてお茶をすることになった。



******


 気持ちを落ち着かせるために、侍女の入れてくれたハーブティーを一口飲んだ。

 ここは庭からほど近いところにあるポーチだ。庭を眺めながらお茶を楽しめるようにと外に休憩所が用意されている。わたしはルイスを誘い、ここに先ほどやってきたのだ。そして、口を挟まず最後まで彼の要件を聞いた。


 口を挟まずというよりは、何を言っていいのかわからなかったからに過ぎない。彼の言葉をちゃんと理解できるように頭を忙しく働かせてはいた。だけどこうも思っていた。


 きっと、わたしには彼の要求を何一つ理解できないだろうな、と。

 

 だって、わたしは知らないのだ。

 『真実の愛』というものを。『真実の愛』理論を。


 だから少しの沈黙の後、わたしの口からは申し訳ない言葉しか出なかった。


「ごめんなさい。全く理解できないわ」

「そんな……!」


 ルイスがやってきた理由、それは生まれた子供を生まれた後すぐにでも引き取らせてほしいと言うことだった。


 激怒してもいいくらいの内容だ。だけど、激怒するよりも困惑の方が強かった。


 何を言っているのか、全くわからなかった。


 彼の言葉に一緒にいる侍女の方が殺気立ったほどだった。視線で彼女の動きをなんとか制したが、下手したらお茶でもかけてしまいそうなほど憤っていた。


「なぜ、正妻であるわたしが愛人であるあなたに継嗣を渡さなければならないの?それに子供はものではないわ。ちゃんと人として生きているのよ?」

「なぜ、って。君は僕の代わりに正妻になっただけだ。書類上の正妻は君かもしえないけど、彼にとっての正妻は僕なんだ。愛されているのは君じゃない、僕なんだ」


 いやいやいや。


 不思議理論を聞きたいわけじゃない。


「わたしと彼は政略結婚だし、契約書も交わしているから気持ちはそれでもいいわ。でも、子供はわたしが産むのよ?この子は侯爵家の人間なのよ?」


 優しくお腹を撫でながら、言ってみた。彼は難しい顔をする。


「君が進んで同意してくれたらよかったのに。これ以上、傷つくのは見たくないんだ」

「傷つく?」

「そうだろう?君はお飾りの妻で、夫の愛は僕にある。ぞんざいな扱いを受けていることを皆、知っている。世間だって君のことを陰で笑っているはずだ」


 え、わたし、笑われているの?

 多分違うと思うわ。気の毒がられているけど……それが嘲笑になるのかしら?


 よく理解できずに瞬いた。彼は淡々と続ける。


「きっとロナルドも君から子供を取りあげて、僕に渡すつもりなんだ。毎日、君のお腹の子供のことを嬉しそうに話している。僕が母親になれるとしたら、どんなに素晴らしいことだろうと言っているよ。ショックだろうけど、君は子供を産ませるためだけの存在なんだ。僕が産めないから、代わりに君が産むだけなんだよ」

 

 彼の言っていることの理解が追い付かずに、若干涙目になってきた。


 もしかして、わたしはロナルドを愛しているけどロナルドはわたしを冷たく道具として扱っている設定なの???

 それで、わたしはそれを悔しく思っていて、ルイスに嫉妬しているという感じかしら???

 わたし、ロナルドを愛していないわよ?ロナルドだって知っているはず。


 愛情云々は多分違うわね。わたしが代理母で、本当ならばルイスの元に来るはずだったけど、ルイスが男だから代わりにわたしが産むことになったとかそんな感じ???


 お願い、誰か正解を教えて。


「……」

「僕だって産んだ君が育てる方がいいと思っているよ。愛し合っていない両親から生まれてしまうけど、君は母としてはきちんとしてくれるだろう。だけど、ロナルドはそう考えていない」


 そこでルイスは言葉を切った。何も言い返さないわたしに少し考えさせるためなのか、カップに口を付けた。一息ついてから、じっとわたしを見つめて言った。


「僕のことはどれだけ恨んでもいいんだ。だけど、ちゃんと理解して納得して欲しい。突然子供を取り上げられるよりも、その方が傷は浅いだろうから」


 何を言い返していいのかわからなかった。


 まずは常識的に考えてみる。

 そもそも、この子は正妻の子だ。取り上げられてしまうとするならば、ルイスにではなくベラたちにだろう。後継者として育てるのだから、当然だ。

 教育方針などは話し合って擦り合わせなければいけないだろうが、子育てはベラたちの手を借りるつもりでいる。わたしには頼れる母はいないし、父もフィーネたちの子供の面倒でいっぱいいっぱいだ。

 うん、そうだ。後継者を育てるにいはロナルドの両親が手を貸してくれる。手が足りなければ、他にも必要な人材を雇うはず。


 これが常識。

 でも、ルイスの中では違う。


 ロナルドはわたしを母親ではなく、ルイスに子供を与えるための道具だと認識している。


 ある意味、正しい。政略結婚などそんなものだ。一つ訂正するとしたら、わたしはちゃんとこの子の母親だということだ。ルイスに子供を与えるわけではない。

 うん、理解できた。


 ロナルドはルイスをこよなく愛している。


 うん、初めからわかっている。

 これもいい。

 あとは?

 あとは何だったかしら?


 そうそう、肝心なところを飛ばすところだったわ。

 わたしの生んだ子を引き取らせてほしい、と言ったのよ。あ、違うわ。これはわたしが勝手にそう理解しただけ。


 正確には……僕の子としてきちんと育て上げるから、僕が母になることを許してほしい、そう言ったのよ。


 ……。

 ええええ??


「よく考えて受け入れてほしい。僕はこれ以上の負担を君にはさせたくない。だけど、ロナルドの希望は叶えたいんだ」


 言いたいことを言えたのか、呆然とするわたしを残して彼は立ち上がると帰っていった。


「若奥様」


 彼が部屋から出て戻ってこないことを確認してから、侍女が声を掛けてきた。わたしは彼女を見つめ、首を傾げた。


「ねえ、理解できた?」

「いいえ。まったく」

「わたしがおかしいわけじゃないのよね?」

「はい」


 そんな確認をしてから、安堵のため息をついた。


 よかった。『真実の愛』が理解できないのはわたしだけじゃない。現実逃避気味にそんなことを考えていた。


 それにしても。


 契約書には子供の取り扱いについて、あまり書いていなかった事実が浮き彫りになった。自分の作った契約書に穴があったことの方が気になった。ロナルドはルイスの言っていることを実行することが可能だということだ。

 ただ、ルイスの言うようなことを実行した場合、ロナルドはかなり世間から叩かれることになる。愛人から子供を取り上げるのとまた違うのだ。愛人は愛人であって、婚姻関係はない。要するに他人である。その他人に跡取りを預けるなど、正妻に問題がある場合しかない話だ。その場合でも、愛人ではなく雇った人間に育てられる方が多いような気もするが。


「なんか、安心できない」


 あり得ないはずと思いつつ、相手は『真実の愛』の体現者たちだ。世間の常識など軽く超えて、なんとなく正しいことをしているような空気を作ることのできる存在でもある。気が付いたら、本当にルイスが母親になっていそうだ。


「お義母さまに相談しましょう」

「そうですね。それがいいと思います」


 侍女も何とも言い難い顔をしている。わたしの呟きに同意すると、すぐに茶器を片付けて、わたしの手を取った。


「奥様に相談があると申し入れておきますね」

「ありがとう。何だかちょっと疲れたわ」


 そんな会話を交わしながら、ゆっくりと自室へと戻っていった。




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