【小話】運命の出会い1 - 子供たち -
僕は運命の出会いを果たした。
僕の頭の中に、幸福の鐘の音がゴーンゴーンと響きだした。幸せを運ぶ鳥だって、幸福を示すように沢山飛んでいく。
くりっとした大きな瞳に、ちょこんとした鼻、可愛らしいピンクの唇。
不思議そうに側に立つ僕を見上げている。整った顔立ちは人形のようだ。人形と違うのは暖かさを感じるところだろう。
彼女のじっと見つめる真っすぐの視線にドキドキと胸が高鳴る。こんなの初めてだ。
どうしても我慢が出来ずに彼女の両手をぐっと掴むと体ごと自分の方へと引き寄せ、ちゅっとその唇に自分のを合わせた。ちょっとだけ舌を彼女の口の中に忍び込ませる。彼女の口の中はとても暖かくて柔らかかった。本当はもっと奥までねじ込みたかったけど、初対面でそれは流石に不味いと僕の花畑な頭でもわかっていた。
「ふえええ」
「僕と結婚しよう!」
彼女の瞳が驚きに大きく見開いて、涙が溢れそうだ。小さな体を優しく抱きしめて顔を上向きにすると、その零れそうな涙を唇で吸った。彼女の涙はとても甘かった。それに柔らかい体がますます僕の胸を高鳴らせる。ゆっくりと怖がらせないように彼女の背中を撫でた。
「ふざけるな!娘を誰が嫁に出すか!!」
目の前に星が降った。
***
僕はジュリアン・レグナー。13歳。
レグナー伯爵家の嫡男だ。弟もいるが、とりあえず僕がこの家を継ぐことになっている。レグナー家は武官寄りで、僕も母アリーシャの後を継ぐために日々鍛錬している。そう、この家は母が爵位を持っているのだ。母は女であるが、軍属で第3部隊の隊長の地位を得ていた。僕もいずれは軍属になり、母と同じように武に生きることになる。それがレグナー家であるし、僕もそれが当たり前だと思っている。
その母が溺愛しているのが、父のルイスだ。父は母よりも5つ年上であるが、年上だと思えないほどの美貌の持ち主だった。ちょっと目を伏せただけでも、周囲の空気が変わってしまうほどだ。
母が一目惚れをして人を介して他国の貴族出身である父と知り合い、力で抑え込んだと聞いている。父は男性だけど非力なので、あり得るだろうなとは思う。そんな始まりであったけど、息子の目から見ても仲のいい夫婦だ。
その父の祖国からやってきたのがこのキャンベル侯爵一家だった。キャンベル侯爵夫妻とその次男ヒューバート、次女ローズが休息を兼ねてこの国へ訪れたのだ。双子の長男長女がいるようだが、二人は学園があるため今回は一緒にいない。
僕はレグナー伯爵家の嫡男として紹介された。
そこで出会ってしまったのだ。僕の天使に。
「ジュリアンは見た目だけでなく、性格もアリーシャに似たんだね。思ったら即行動だ」
父はあきれ顔でそう呟く。キャンベル侯爵夫人はしみじみと僕を見つめていた。その観察するような眼差しに、僕は首を傾げる。キャンベル侯爵はローズを抱きしめたまま僕を睨んでいるが、こちらの方が普通のような気がする。大切な娘を奪う相手など、憎しみしかないだろう。
「ルイスは子供まで産めるのね。驚いたわ」
「うん?」
「まあ、ルイスですもの。あり得なくはないわね」
不思議なことを言うキャンベル侯爵夫人に僕は父を見下ろした。背の低い父を僕はすでに抜いていた。見下ろした父の表情は戸惑いというよりも、苦笑気味だ。とても珍しい。
「ごめんね?流石に僕にも子供は産めないよ。この子は妻が産んだんだ」
「妻」
不審そうにキャンベル侯爵夫人は呟く。
「そう。驚くよね。僕だってびっくりだよ」
「……真実の愛ということ?」
「その話、もう忘れようね?」
不思議な会話だった。だが、僕にはどうでもよかった。キャンベル侯爵に大切に抱きしめられているローズの方が重要だ。どうにかして、彼女を僕のものにしたい。
「父上」
僕と同じ年のヒューバートが呆れたような顔をしてキャンベル侯爵に声を掛けた。
「なんだ」
「大人同士での話があるのでしょう?僕がローズを見ています」
「しかし」
渋るキャンベル侯爵に夫人がくすくすと笑った。
「大丈夫よ。ヒューバートがいるのだし、ローズだって初めてでびっくりしただけよ」
そう言いながら、侯爵夫人はローズの頬に触れる。僕はあの頬にまだ触っていない。できれば触れて、キスしたい。
「うん、もう大丈夫。ちょっと舌が入ってきてびっくりしちゃったの」
恥ずかしそうに言う娘の言葉に、キャンベル侯爵が怒気を発した。父が呆れながら僕を見上げた。
「そうなの?」
「ちょっとだけ。だって欲しかったんだ」
「はあ、なんか、君の将来が不安だよ」
額を抑えて俯く父に僕は不思議だった。
「母上が欲しいと思ったら逃すなと」
「この国ではそうだね。でも祖国ではそうじゃないんだ。結婚するまでは貴族令嬢は貞操が求められる」
「え?」
「ちょっと教育を失敗したかなぁ」
父のボヤキを流しながら、ローズを見つめた。ローズはにこにことあどけない笑顔を見せている。彼女はまだ6歳だ。彼女の国の基準で結婚するとなると……。
「父上、ローズが結婚できる年齢って何歳ですか?」
「貴族令嬢なら学園卒業後が一般的だね」
「それって……10歳?」
「違うから。18歳だよ」
18歳。ローズが18歳になるまで12年。その間、あんなこともこんなこともできない。
「あり得ない」
「君の方が色々あり得ないよ」
でも、僕は諦めない。絶対に天使を手に入れて見せる。
***
ヒューバートとローズは僕が案内することになった。キャンベル侯爵は最後までぐずっていたが、侯爵夫人に連れられて行った。どうも今回の訪問は父と話すことが目的のようだった。僕にはあまり関係ないので、どうでもいいことではある。
「ねえ、本当にローズと結婚したいの?」
大人たちがいなくなり、子供だけになるとヒューバートがそう聞いてきた。ローズはヒューバートの隣に座り、出されたお菓子を頬張っている。その可愛らしい仕草に、侍女たちもどことなく嬉しそうだ。甲斐甲斐しく世話をしている。
「うん。だって、運命だと思ったんだ」
「運命ね。前途多難だ」
彼はそんな言葉を呟いた。よくわからず、目を瞬く。
「年齢と国の違いは何とかするよ」
「……聞いていないの?」
「何を?」
ヒューバートはちょっと悩むように天井を仰いだ。眉間に皺が寄っている。
「まあ、いいか。君は知ってもあまり気にしなそうだし」
「だから、何?」
「君の父上は昔、僕の父上の愛人だったんだよ」
驚きの回答だった。驚きすぎて口が開きっぱなしになってしまう。
「え?」
「学園自体からだから12年くらい?僕の母上が妊娠した時に、愛人を辞めたんだ」
「父上が愛人。すごく……しっくりくる」
年を取ってもあれだけの美貌なのだ。男の愛人なんて、嵌まるだろう。
「……この国は色々な意味で驚きだね」
「ねえ、ローズ」
お菓子を食べ終わったのを確認してから、彼女の名前を呼ぶ。彼女は首を傾げた。
「何?」
「横に座ってもいい?」
ローズは探るように兄を見た。ヒューバートは苦笑気味だ。
「やめておいた方が無難だね」
「そう。お兄さまが言うなら」
うんうん、と頷かれてがっくりと肩を落とした。やはり舌を入れたのは早かったか。もう少し、仲良くなってからにすればよかった。
とりあえず親睦を深めるために、僕は沢山の話をローズとその兄の二人とした。
******
ローズを手に入れるためには色々と乗り越えなければいけないものがある。
まずは、国が異なること。他国の貴族令嬢がこの国に嫁ぐことは珍しいが、ないことではない。すでに父だって他国の貴族だ。だからきっと何とかなる。ただ、文化の違いはお互いに歩み寄る必要があるだろう。結婚できる年齢だって、この国では14歳からだが、ローズの国では16歳。しかも一般的には18歳ときた。この国なら、閨の教育と称して婚約者同士なら12歳から事実婚が可能だ。その場合は、ちゃんと仮婚姻の儀式を済ませる必要がある。
次に、年齢。一番辛いかもしれないが、彼女に手を出していい年齢になるまでは娼館にお世話になるつもりだ。恋人も愛人も作らない。
あとは……。
考え込んでいると、ノックする音が響いた。顔を上げ、入室の許可を出す。
「お、なんかやる気に満ちているな」
母だった。どうやら父からローズの話を聞いたのだろう。にやにやと笑っている。母は女性だがこういうところは軍属しているだけあって、男に近い。どちらかというと、困ったような顔になるのは父の方だと思う。
「母上、丁度いいところに」
「ダメだぞ。まだローズは6歳だ。少なくとも、10歳までは待て」
10歳でいいんだ。まあ、最後までいかないとしても色々いいことはできる。
「違います。僕はローズに結婚を申し込みたいんだ」
「……お前はこの家の嫡男だ。他にも色々なところから申し込みがあるだろう?」
どうやら本気だとは思われていなかったようだ。まあ今までいろいろな女の子と遊んでいるから、そう思われても不思議はない。
「でも、本当に心から欲しいと思ったのはローズだけなんだ」
母はにやりと笑うと、ぐしゃぐしゃと僕の頭を掻き交ぜた。あまりの力の強さに、首が折れそうだ。
「気持ちだけは立派だな。だが、今のままでは許可はだせん」
「どうして」
「相手は勢いのある侯爵家の愛娘だ。他国の貴族が、しかも伯爵家が簡単にもらえると思うか?」
「う……」
非常に辛いところを言われた。そうなのだ。ずっと考えないようにしていたが、僕に縁談が沢山あるように、ローズにだって国内での縁談が沢山あるはずだ。しかも、キャンベル侯爵家は国でも1、2を争うほどの家だった。この国ではそれなりの位置にいるとしても、相手が頷くほどの家かというとそうでもない。しかも、初対面で浮かれすぎてやらかしている。どちらかというと敵認識されているだろう。
「時間はある。頑張れ」
何をどう頑張れというのか。
意地悪な母はそれだけ言うとさっさと出て行ってしまった。
思った以上に前途多難だった。




