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幸せになる選択 - ブリジット -


 わたしは一つの結論にたどり着きつつある。


 ロナルドに社交を無理にやらせても、そのうち問題を起こしそうだった。きっと拒絶反応が態度に出る日も近いと思う。殴りたくなるという気持ちを抑えるのが大変だから、夜会にも出ないのだろう。

 確かにルイスの存在ですぐに何かあれば、噂されるようにはなっている。では彼がいなかったら、そうならなかったのか。そう問えば、そんなことはないというのが答えだ。


 ロナルドはキャンベル侯爵家の嫡男だ。そして、わたしはクラーク侯爵家の長女。二人の結婚は生まれた時から決まっていた。ロナルドはわたしと結婚しなければ、結婚できないよほどの理由がない限り嫡男と言えども侯爵家を継ぐことはできない。二つの家の結びつきはそれほど強く両家が望んでいた。


 そんな事情があるため、わたし達の間に入ろうとするにはやはり愛人になるしかないのだ。未だにロナルドを狙っている女はわたしを正妻に据えたまま、愛人の立場で優位に立とうとしている。

 であるが、ルイスという愛人がいるために、まずルイスを蹴落とす必要があった。ルイスはそれなりに攻撃されているだろうが、彼はただ面白そうにしているだけ。


 問題はロナルドだ。生まれた時からずっと側にいるのだから、彼の性格はよく理解している。わたしが関係しなければ、あれほどの葛藤は生まれなかった。ちゃんと割り切って付き合っていけたのだと思う。


 そう思うと、わたしの存在が彼を駄目にしているのか。


 わたしが離れた方がいいのか、彼が社交界に出なくてもいいような環境にする方がいいのか。でも、わたしが離れれば彼は後継者になれないし、彼が社交をしないとなるとわたしと結婚しないことになる。どちらも切り離せないことなのだ。


 憂鬱な考えに気分が落ち込んできた。慌てて振り払うように首を振る。

 ふと、先日出席したお茶会を思い出した。


「そういえば、面白い話があったわね」


 お茶会の席で一緒になった、親しくないどこぞの夫人に『真実の愛』がルイスとロナルドの間にあるようだが、あなたはどう思っているのかと回りくどく聞かれた。


 数年前から噂されていたが、どうやらかなりの純度を持って何か別のものになりつつある。あのルイスが漏らした言葉だというのだから、きっと学園時代のことだと思う。卒業後の話は大体聞いているから、間違いない。


「何だったかしら?『真実の愛』で結ばれた二人はどんな障害も愛の力で乗り越える、だったかしら?」


 そう呟いてみると、気になるところが出てきた。


「二人の障害って……わたし??」


 これは次の手紙で、ルイスに確認せねば。ついでに本当のところも。


 そして、考えなければいけない。どうすることが一番幸せになれるのかを。

 最近、ほとんど笑わなくなったロナルドを思った。ロナルドがわたしへの認識を変えない限り、彼はわたしと一緒にいても幸せにはなれない気がした。



***


「……仕方がないか」


 わたしの淡々とした説明を聞いて、短くない沈黙の後、そう呟いたのはわたしの父ケネスだ。


 沢山、考えた。ロナルドのこともずっと見ていた。

 もうどうにもならないのだと、諦めたのはつい先日。


 ロナルドと2か月以上会っていない。時間が合わないのもあるが、彼が逃げているせいもある。わたしがしつこいぐらいにエスコートを頼むから、逃げているのだ。追い詰めている自覚はあるが、仕方がないとも思っている。


 父には申し訳ないけど、ロナルドとわたしの組み合わせが最悪なのだ。このまま悪いところを見ずにいることもできる。だけどそうした場合、ロナルドとわたしはいずれ壊れた関係になってしまう。


 守っていきたいロナルドと一緒に立ちたいわたしと。望むものが異なるうえに、ロナルドは()()()わたしを見ていない。そのことをわたしが死ぬまで耐えられるとは思えなかった。そして、何よりもロナルドを憎む未来は迎えたくなかった。できるだけ愛する家族でいたかった。


 それはケネスもうすうすは気が付いていたのかもしれない。さほど驚きを見せなかった。


「ロナルドのあの奇妙な優しさはわたし限定だと思うわ。だけど、今更わたしからグレースに変更することはできないでしょう?」

「そうだな」


 ケネスは肩を落として、長椅子の背に体を預けた。


「何で彼はお前を儚い弱い人間だと思っているんだ」

「さあ?何かあったのかしらね?」


 それは七不思議だから、きっとわたし達は答えを持っていない。


「問題は、セオドアが納得するかどうか」

「納得するわよ。だって、こんなに頑張っても社交界になかなか足を向けないのだから。今なら彼の愛人の存在があるから、理由付けは簡単だわ」

「そうだが……」

「ロナルドが後継者から下りたら、イアンをキャンベル侯爵家の後継にして、グレースが嫁げばいいわ。わたしはこのままこの家を継ぐ」


 淡々と説明すると、困ったようにケネスが聞いてきた。


「お前はどうするんだ?」

「どうとは?」

「ロナルドが後継者にならないのなら、お前との結婚を認めるわけにはいかない」


 わたしは黙った。実は、一人だけ、わたしが選んでもいいのなら彼と結婚したいと思っていた。


「わたしは」

「いるんだな。結婚したい相手が」


 鋭くケネスに問われ、唇を噛んだ。ここで彼の名前を言っていいのかどうか、わからなかった。彼がこの家に養子に入るのは問題ないとは思うのだ。伯爵家の次男、しかもクラーク家との繋がりもある。だけど、わたしが彼を選ぶことで、彼に不愉快な憶測も飛ぶことになる。


「彼が……わたしをどう思っているか、知らないわ。だから」

「ジェフリー・アーキン」


 彼の名前を告げられて、固まった。嫌な緊張に体が強張る。


「彼は真面目だし、我が家の仕事も理解しやすいだろう」

「お父さま」

「彼が我が家に婿に入るのは問題ない」


 顔を上げて、ケネスの顔を見た。ケネスは苦笑気味に笑う。


「あとはセオドアが納得するかどうかだけだな。私が掛け合ってみよう」


 思っていた以上にケネスもわたし達をよく見ていたのかもしれない。ロナルドがエスコートしない夜会などはケネスがエスコートしていたのだから、当然と言えば当然か。ケネスを味方につけたことで、一気に道筋ができた。キャンベラ侯爵家の方はケネスに任せることにした。


 ケネスに退出の挨拶をすると、そのまま自室に戻った。自室の長椅子に座り、お茶を用意してもらう。香りのいいお茶を飲みながら、今後のことを考えた。


 キャンベラ侯爵家の合意が取れれば、次はアーキン伯爵家の方に話がいく。それはやはりケネスの仕事になるから、わたしとしては結果を聞くだけだ。

 その結果を聞いた後は、わたしがジェフリーに結婚を申し込めばいい。


「……」


 結婚を申し込み。


 かあっと今更ながら顔が熱くなった。


 え、わたしから?

 嫌だわ。物凄く、緊張する。


 断られたらどうしよう。



******


 動き出したら、思っていた以上の速さで物事が決まっていった。誰もがさほど反発しなかったということは、ロナルドの立場はかなり不安定だったとも言える。

 ケネスは最速でキャンベラ侯爵と話を付け、ロナルドの今後の行き先も決めた。そしてそのままの勢いで、アーキン伯爵にもジェフリーとの結婚も取り付けた。


 ただ、キャンベラ侯爵は一つだけ条件を出してきた。ロナルドがもう一度、向き合えるかどうか聞いてからにして欲しいと。もし、今のままであるならば、提案を受け入れると言っていた。


 社交の在り方以外であれば、ロナルドは優秀だ。条件をまとめ、譲歩を引き出し、両方に益になるようにまとめていく。一方的な利益だけを求めないその姿勢は、付き合いのある人たちの信用を勝ち取っていた。

 彼の中にある『儚い美人は保護しないと死ぬ』という思い込みが消えれば、わたしたちはとても上手くいくはずだ。価値観も同じであるし、お互い尊重できるほど仲もいい。

 最終決断をする前に、キャンベラ侯爵がもう一度歩み寄ってほしいと願うのは自然なことだった。

 だけどわたしだって何もしていなかったわけじゃない。今まで何度も訂正したけど、その思い込みはなおらなかった。今後、なおるとは思えなかった。


 わたしは便箋を取り出し、手紙を書く。一通はロナルドへ、もう一通はルイスへと。


 ロナルドには話したいことがあるからと場所を指定して呼び出し。彼が来てくれるまで待つと付け加えた。ルイスには、いつもと違いロナルドへの手紙を必ず見せて欲しいと書いた。


 これをルイスが読んだらどうするだろう。


 筆を止め、少し考えた。ルイスなら、ロナルドへこの手紙を見せない。そのまま封も切らずに叩き返してくる可能性がある。そうなると、わたしは待ちぼうけになる。


 これでキャンベラ侯爵の要望には従ったということにはなるはずだ。ずるい考えだと思う。ルイスの行動を予測して、ロナルドに直接知らせることなく婚約解消をするのだから。それを知ったロナルドは仕方がないと受け止めてくれると見越しているところも。ルイスは……どう思うだろう。自分のことが嫌いになりそうだ。


 このままの状態ではロナルドとわたしは一緒にいてもお互い幸せになれない。

 本当ならば、きちんとロナルドと話し合うべきだ。だけど、話し合っても結果としてはロナルドに我慢させるだけになる。それではいつかは限界が来る。限界になるまで、お互いに傷つけあうのはしたくない。

 これはわたしが臆病なだけだ。

 傷ついてでも話し合うよりも、乗り越える事よりも、ロナルドとの関係を切り捨てることを選んだ。


 それがわたしの選択だった。


***


 手紙を二通出して、次の日の昼にはロナルドから手紙が届いた。

 ロナルド、といってもこれはルイスの書いたものだ。宛名の字を見て、笑みが浮かぶ。ルイスはこちらの思惑通りにロナルドに手紙を見せなかったのだ。彼はわたしの手紙から、いつもと違う雰囲気を感じたに違いない。だから慌てて返事を書いてきたのだ。


 受け取った手紙を机に置き、ルイス宛の手紙を作る。


 どうしてこのようなことになったのか、何を思っているのか。

 突然のことに許せないと思ってくれてもいい。彼にはちゃんと知っていてもらいたかった。

 最後にロナルドをどうか支えて欲しいと締めくくった。


 この手紙を出すのは、ロナルドが明日約束した場所に来なかったことを確認した後だ。

 手紙を書きあげると、封筒に入れる。ルイスの書いたロナルドの手紙とは別に、ルイスからもらった手紙を保管している箱にしまった。


 箱にしまった後、侍女に手伝ってもらいながら丹念に身支度をする。少しでも自信が持てるように、お気に入りのドレスを選ぶ。これからジェフリーに結婚してくれないかとお願いに行くのだ。


 支度が終わった後、妙な緊張を感じながら自分を鼓舞し馬車に乗った。

 

 結論から言えば、ジェフリーにはとてもいい返事をもらえた。不思議なほど、ふわふわした気分だ。ジェフリーがわたしに結婚を申し込んでくれたのも嬉しかった。


 あとは明日、ロナルドが来ないことを確認すればいいだけだ。



***



 来ない人を待つ。これほど退屈なことはない。しかも、今日に限ってとても寒い。

 待ち合わせの時間の30分前にこの店にいた。この店には待ち合わせをしている人たちのために、広めのパティオが作られており、幾つものテーブルと椅子が用意されている。植物など観葉植物で程よく空間を区切っていた。


 ただ、今日はとても寒い。昼なのに、息が白く見えるほどだ。外で待つつもりであったが、侍女に反対され、店の中で待つことにした。ただ、時折、外に出て様子を見る。ちょっとは大変な思いをしないと、罪悪感で気持ちが塞ぎそうだったから。


 約束の時間は午後2時。今は5時過ぎだ。


 一緒に付き添っていた侍女は店の中でお茶のお代わりを手配している。わたしは気分転換にちょっとだけ外に出ていた。来るはずはないのだが、ぼんやりとパティオから人通りの少ない通りを眺めた。寒さのために外に出ている人もまばらだ。ただ、パティオには暖を取るための火が置いてあるのでその周りに人が集まっていた。


 やることのない時間は本当に長く感じた。予定ではあと数時間は待つつもりではあったが、すでに約束した時間から3時間は経っている。想像以上の退屈さにもう少しだけ待ったら、帰ってもいいかと思い始めていた。

 ほうっと息を吐けば、白くなる。とても寒い。冷えてきた指先を自分自身の手のひらで温めながら、中に入ろうと動いた。


 きゅうううと嫌な音が遠くで響いた。慌てて顔を上げると、道を走っている馬車が横転しそうになっている。中にも人が乗っているようで、悲鳴が聞こえてきた。


「大丈夫かしら?」


 思わず呟いてしまうほど、その馬車の状態が悪かった。どうも道が凍っていて滑っている。わたしはその場を離れようと慌てて歩き始めた。パティオにいた他の客も馬車に気が付き、声を上げながら逃げる。


「あ」


 逃げる途中に、転んだ子供が見えた。子供は転んでけがをしたのか、泣き始めた。

 そこにいたら、危ないのに。

 そう思った時にはもう体が動いていた。子供に手を伸ばし、ぐっと引き寄せる。抱きしめながら、その場を離れようとした。


「お姉さんっ!」


 子供の泣き声の混ざった悲鳴が響いた。わたしは振り返ってしまった。いつの間にか目の前に馬車の車体があった。衝撃に、体が宙に浮いた。腕に抱えた子供を庇う様に強く抱きしめる。


 ああ。


 一瞬にして思ったのは、ジェフリーの嬉しそうな顔。そして、父やグレース、ロナルドなど親しい人。

 最後に思ったのは。


 会ったこともないルイスだった。

 世の中を斜めに見ているのに、いつまでも子供みたいな気持ちを持っている人。


 ごめんなさい。最後に嫌な役目を押し付けてしまった。

 どうか、自分を責めないでほしい。


 わたしのズルい気持ちがこんな結果にしてしまっただけだから。





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