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『真実の愛』が壊れるまで3 - ルイス -


 僕が寮にあるロナルドの部屋に転がり込んだのは、最終学年に上がってからだった。彼の部屋はとても広く、僕が住んでいる寮とは異なっていた。すべてが独立しており、入り口だけが共有されている。

 僕の部屋は程よい広さの寝室と居間しかないが、ここはさらに客間まであった。落ち着きのある家具や調度品が置いてあるが、使われた様子がない。

 僕はこの客間を陣取った。客間には小さいが寝室まで付いているのだ。占領するにもちょうどいい。


 ロナルドは初めは困ったような顔をしたが、文句は言わなかった。ロナルドは僕が部屋に残っていても、他の友達と約束をしていれば出かけるし、時間があれば僕にも付き合ってくれた。不機嫌な顔を見たのはあの時だけだった。


 恋人としての関係も続いていた。ロナルドはそんなにがっつくタイプではないのか、月に1、2度ある程度だった。これなら僕と付き合うよりも、娼館の方がよかったのではと内心、首を捻っていた。


「ロナルド」


 構内を歩いていると、ロナルドが廊下の柱の陰にジェフリーと一緒にいるところを見つけた。ジェフリーは真剣な顔をしてロナルドに話している。


 ああ、これはまた僕と別れるようにと言っているんだろうな。そう見当をつけると、ちょっと意地悪な気持ちが湧いてきた。そっと二人に近づき、ぎゅっと後ろからジェフリーに抱き着いた。


「うわ!」

「あははは、おかしい」


 大袈裟に腕を振り払うジェフリーに僕は笑った。ロナルドがため息をついた。僕の頭を少し小突く。


「お前は仕方がないな」

「ジェフリーは僕と別れるようにって話しているんでしょう?」

「それ以外ないだろう?」


 ジェフリーは少し僕と距離を置きながら、むっつりとして言った。彼はロナルドと僕が付き合うことに反対している割には、こうしてちゃんと会話してくれる。珍しい人だ。もしかしたら、友人と認識しても怒らない気がする。


「婚約者、誰だっけ?ブリジット?」

「……」

「彼女がジェフリーに頼んだの?」


 二人はだんまりだ。今までもこのやりとはしていた。僕に彼女の情報を渡さないようにしているのは知っていた。だけど、僕の方が情報量は上だ。街に住む平民は意外と貴族の情報を知っているのだ。貴族なんて平民が自分たちに興味を持っているなどあまり考えていないだろうけど。ブリジットが一人で貴族街の店をよく回っているのも情報として仕入れていた。


「街は危ないからね。一人で歩かないように、と教えた方がいいよ?」


 くすりと笑って、二人から離れた。ちょっと匂わせたが、実際に何かするつもりなどない。二人は難しい顔をしていた。何を考えているか、丸わかりだ。


 二人は気が付いているだろうか。端から見たらどのように見えたのか。


 僕を巡っての三角関係。


 その深刻さが、二人の今の表情が後押しする。本当のことなど、誰も知らないのだ。見た印象、今までの行動、それだけで勝手に想像してくれる。

 僕は新しい噂がどれくらいで広まるか、考えながらロナルドの部屋へと戻っていった。


 部屋の扉を開ける前に、配達受けに手紙が入っていることに気が付いた。ロナルドの実家から送られてきたものがほとんどだ。それを取り出しながら、部屋に入る。


 いつもなら見ることもないのだが、何故か気になって手紙の表だけ確認する。何通かある中で、一通だけ、普段とは違う女性らしい封書を見つけた。手に取り表を読んでから、裏を返す。


「これ……」


 封書にはブリジット・クラークと入っていた。印璽もあることから、彼女からで間違いない。中を見るなど褒められたことではないが、その手紙を勝手に読むことに罪悪感はなかった。


 ドキドキしながら、その封書を開けた。そっと中から便箋を取り出す。


 女性らしい流れるような文字に目を奪われた。珍しいお茶が手に入ったので、お茶に来ないかと誘うものだった。手紙自体はとても短く、淡々としていた。もしかしたら、誰かが目を通すことを考えてのことかもしれない。


 僕はその手紙をじっとみて、考えていた。


 この手紙を使えば、彼女に会えるのではないかと。母によく似た印象の彼女と一度でいいから話してみたかった。年下の少女に向けるような感情ではないことはわかっていた。だけど、僕にはどうしても彼女と話したいという気持ちが抑えきれなかった。


 僕はロナルドの机を漁り、キャンベル侯爵家の紋章の入った封書と便箋を見つけた。それを抜き取ると、訪問できないと断りの文言を書く。


 この手紙がロナルドの書いたものではないのはすぐにわかるだろう。文字だって違うし、印璽もない、ロナルドのサインもない。だから、心ない言葉を連ねた。彼女ならこの手紙が誰が書いたか、きっとわかるはずだ。

 何度か読み返し、書いた内容に満足すると筆を置いた。


 これで彼女は反応してくるだろう。

 ここに乗り込んでくれれば、いい。

 そうすれば、ロナルドなしでも会える。


 彼女に会えるかもしれないと想像して、痛いくらいに胸がどきどきした。



***



 ロナルドからの返信として手紙を出してから落ち着かない気持ちで待っていたが、彼女は来なかった。その代わりに、再び彼女からロナルド宛の封書が届いた。中を読めば、先日の手紙を無視したように何も触れていなかった。今回は親類の開く茶会へのエスコートの依頼だった。


 何度か読んだが、一言も前のことに触れていない。そのことに苛立った。ぐりゃりと手紙を握りつぶし、再び、断りの手紙を書く。もちろん、前よりも辛辣な言葉を使った。彼女がショックを受けるように、何かしらの反応を返してくるように。


 だが、思っていたような効果はなかった。次も同じように前の手紙を無視した、茶会のエスコートを依頼する手紙だった。イライラしながら、その手紙に断りの返事を書く。


 どれだけそのことを繰り返しただろうか。

 10回を超えた時、初めて変化があった。


 茶会のエスコートの依頼の手紙の他に、もう一枚、紙が入っていた。便箋ではない、メモのような紙だ。初めての変化に、期待が高まる。震える手でそれを広げた。


+++


 ルイス・ヒューム子爵令息様


+++


 そんな書き出しだった。僕は自然と笑みが浮かんだ。彼女が僕を認識したのだとそれだけが嬉しかった。


 それからは、僕はロナルドへの手紙を3回に一度は渡すようにした。ブリジットからのエスコートの依頼はロナルドを宥めて必ず行かせた。指定する茶会には必ず出席させること、それがブリジットからの願いだった。

 その代わりに、僕はブリジットと手紙のやり取りを始めた。


 こうしてロナルドの名前を借りた文通が始まった。


 面白いことにロナルドへの手紙よりも僕への手紙の方が多い。それも僕の気持ちを何故か暖かくした。

 ブリジットとは会うことはできなかったが、手紙を介して色々と話せるようになっていった。


 彼女はとても思慮深い、優しい少女だった。さりげない言葉は僕の気持ちをゆっくりと温め、常に胸にあった寂しさを感じなくなっていった。それでも寂しい時は貰った手紙を何度も読んだ。癖のない流れるような文字を時間を忘れて見ていた。


 愛人である僕を気にしないのかと、一度尋ねたことがある。ブリジットは弁えている愛人は気にならないと返してきた。きっと年齢差もあるのだと思う。彼女は自分の年齢ではできないことを僕が担っているとそう考えていることが分かった。その返事が僕を認めてもらえたようで、嬉しかった。


 僕は手紙のやり取りを何度もしている間に、この少女を守りたいと次第に思っていった。そして、何がブリジットを守ることになるのだろうと色々と考え巡らせていた。評判の悪い僕にできることなど、本当に少ないから。


 今年僕たちは卒業するが、ブリジットはまだ13歳だ。ブリジットが結婚できるまであと5年。


 僕はロナルドがブリジットと結婚するまで離れるつもりはなかった。僕が離れた時には肉食系の令嬢がその愛人の座を狙ってくるのが目に見えていた。


 思い出すのは母を不幸にした後妻だ。愛人として豊かに暮らせればいいと思っているような貴族の女は沢山いた。その防波堤として僕はとても有用だった。誰も好き好んで悪評高い僕に手は出さないのだ。下手したら手を出した方が傷を負う。それほど、今の僕の評判は最悪だった。僕の存在自体を利用するのが一番ブリジットのためになると思い至った。


 誰からもわかる形で僕からブリジットへの嫌がらせがあったことを作り上げることにした。

 ブリジットへの返信は罵倒する言葉を連ねた断りの手紙と、もう一枚、僕からの手紙を入れるようにしたのだ。ブリジットが結婚するときに、僕が全面的に悪者になって身辺を綺麗にするためだった。ブリジットが結婚できるまでは愛人となりたい女たちを牽制し、彼女が結婚できる年になったら身を引く。


 とてもいい計画だ。恐らく僕の人生で一番まともだと思う。


 そう事前に説明していたが、ブリジットはなかなか納得しなかった。男の恋人に何をそんなに遠慮することがあるのか。可笑しくてそれを伝えれば、もう少し自分自身を大切にして欲しいと返事が返ってきた。


 それがこそばゆくて、嬉しくて。


 僕なんて、後妻との関係が悪化してからはどうにもならないところに来ているのだ。それを今の状態に抑えてくれたのはロナルドの存在だった。僕はロナルドもそれなりに愛しているが、それ以上にブリジットを愛していた。


 それが男女の愛なのか、家族への愛なのか、ただ単に失われてしまった母を重ねているだけの愛なのか、よくわからない。もしかしたら、普通の人にしたら愛なんてものでもないのかもしれない。どんな愛にしろ、歪んだ愛であることは間違いなかった。


 だけどこの気持ちは、僕にとって真実の愛だった。


 形なんてない、誰も知らない、僕だけが知っている、心の底に大切に隠してある本物の愛。


 この気持ちがあるから僕のことなど、どうでもよかった。ブリジットにさえ伝えることのない愛は僕が唯一持つことができた宝物だった。





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