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『真実の愛』が出来上がるまで - ジェフリー -


 この特殊な環境が良くないのだと思う。ただ、性に関して興味を持った貴族子息たちが若い時にしか経験できない恋愛ごっこをするにはとてもいい環境でもあった。性に目覚めた年齢の男子を規律で抑え込むのは悪手であるし、そもそも押さえつけられるものでもない。だからこそ、こういう特殊な環境が出来上がっていったのだと思う。


 結婚が許されない、妊娠しない男同士。


 そこに発展性など何もない。もし、これがまかり通ってしまえば、貴族社会は基本的には未来がないことになる。理由なんて簡単だ。男は子供を産めないからだ。皆が同性と結婚することになれば、貴族の血を引くものなど、どんどんいなくなるだろう。

 そう考えてしまうほど、この学園に所属する生徒は同性の恋人に肯定的であるし、8割くらいは同性で付き合っている。ここの生徒である限り、世間に許されていることもあるが、それだけの生徒が恋愛しているのだ。後継者の心配が出ても当然だと言える。


「へえ、彼とね」

「ああ。俺と付き合っておけば、他に被害がないだろう?」


 そんな会話をしたのはいつだったか。まだルイスとロナルドが付き合う前だったと思う。ロナルドは入学前にクラーク侯爵家の令嬢と婚約が結ばれていた。


 だが、彼女は5つ年下の11歳。結婚を急ごうにも、女性の結婚する年齢は18歳からだ。16歳から結婚は認められているが、貴族女性が女学園を卒業するまで待つのが最近の常識とされていた。


 そんな事情からか、彼女が社交界にデビューする15歳になるまで、最悪は女学園を卒業するまではロナルドは同性の恋愛を許された。クラーク侯爵令嬢からもきちんと許可をもらっていた。それは上位貴族の中でもかなり恵まれていた。


 この学園で誰を恋人に選ぶか。


 そのような背景があるから、成立する会話だ。

 僕に婚約者はいないが、男と関係を持つつもりはなかったので、ロナルドが男の恋人を作ると言い出した時には正直言うと驚いた。学園に入学してからの知り合いではあったが、彼が男性でも大丈夫だと思っていなかったのだ。僕は両親の許可があるので、普通に娼館にお世話になるつもりだ。


「それは纏わりつかれた奴が対応すればいいと思うけど。僕はお勧めしない。彼は悪い噂の方が多い」


 そういって窓の外を見た。ルイスはじゃれるように他の男子生徒に纏わりついている。確か、あの男子生徒は子爵家の次男だ。つい先週、別の生徒と三角関係を拗らせて、騒動があったばかりだと言うのに懲りていないようだ。


「そうだな」

「それに何か勘違いしていると思うんだ。彼はここで貴族の相手を見つけてどうしたいんだろう?」


 見た目の儚さと守りたくなってしまうような言動に勘違いしそうになるが、ルイスは男である。どんなに頑張っても、愛人どまりだ。それなのに、沢山の生徒に粉をかける様子はすでに娼婦のようだった。


「彼が何になろうと関係ない。付き合うのは在学中だけだ。問題ないだろう」


 ところが現実は問題だらけだった。



******



 僕がクラーク侯爵家の令嬢であるブリジットと話すようになったのは、彼女が声を掛けてきたのがきっかけだった。父と仕事でクラーク侯爵家に訪問した時、彼女に声を掛けられたのだ。クラーク侯爵に紹介され、お茶のテーブルに通された。彼女は少し躊躇った後、ロナルドについて聞いてきた。


 ああ、なるほど。


 許可したと言っても彼女は心配だったのだ。しかも、ロナルドが学園に通いだして1年と数か月。ロナルドとルイスが付き合いだして半年、見えない箱庭の中にいる彼らの様子が知りたいのだ。同性同士の恋愛など身近にはいなかっただろうから、想像もつかないのだと思う。


「心配しなくても、ロナルドだってわかっているよ」

「そうかしら?」


 瞳を曇らせた彼女はお茶の入ったカップに目を落とす。しばらくはそうしていたが、ため息を一つつくと顔を上げた。


「そうね、信じないとダメよね」

「もしそうなったとしても、結婚はブリジットとしかしないと思うよ。相手は男だ、頑張りようがない」


 慰めるように当たり前のことを言う。ブリジットは初めて笑った。とても綺麗な可愛い笑顔だった。


「お姉さま!」


 会話が途切れたところに、幼い感じの声が響いた。扉から走ってくるのは小さな少女。


「グレース、ダメよ。お客様の前よ」


 窘めるようにそう告げると、彼女は立ち上がり、走り寄ってきたグレースを抱きとめる。


「だって!後からお姉さまを取っていってしまったのは彼だわ!」


 どうやら、彼女の予定が僕に変わっていたようだ。ブリジットからのお誘いではあったが、この小さな淑女はそれでは納得しそうにない。笑みを噛み殺しながら、立ち上がると、膝をつき視線を合わせた。


「申し訳ありません、小さな姫君」

「グレースよ!わたしが先にお姉さまと約束していたのよ!」


 ちょっとした癇癪なのか、ぷりぷりと怒っている。怒っているが、その様子がまた可愛くて笑いそうになった。笑いを誤魔化すために立ち上がると、彼女を抱き上げた。彼女を腕にしたまま、長椅子に座る。膝にはもちろんグレースだ。


 グレースは初めのうちは唖然としていて、反応しなかったが、出されたケーキをフォークで切り分け、小さくすると口元に持っていった。


「どうぞ?」

「わたしは赤ちゃんじゃないわ!」


 恥ずかしかったのか、真っ赤になってそう叫んだ。僕は口が大きく開いたのをいいことにケーキをそのまま口の中に入れた。


「はみゅう」


 変な声を出しながらも、素直にもぐもぐと食べる。可愛い動きにぐっと心が掴まれてしまった。


「ジェフ……」


 その様子を困ったようにブリジットが咎めた。思わず笑みがこぼれた。


「ごめん、可愛くて」

「グレースが可愛いのは知っているわ。もう、ロナルドもそうだけど、グレースを甘やかすぎなのよ」

「ロナルドお兄さまも優しいけど、嫌いよ。最近、会いにこないんだもの」


 グレースの頬が途端に膨れる。僕はその言葉に、ブリジットが心配になった本当の理由を知った。


「連絡、ないの?」

「突然、いけなくなったとしか」


 小さな声でそう告げる。グレースがすでに喋ってしまっているのだ。躊躇いがちだが誤魔化しはしなかった。


「そう。僕から話しておくよ」

「ありがとう」


 ブリジットがほっとしたような笑顔を見せた。

 その笑顔に、もっと笑っていた方がいいのに、とどうでもいいことを思っていた。



******



 何度かブリジットとロナルドの橋渡しをしたが、どれもこれも上手くいかなかった。どこからか嗅ぎつけたのか、ルイスが今度は僕に纏わりついてきたのだ。見た目は少女のように綺麗だけど、腐ったような性格の彼には正直辟易した。


「あまり余計なことをしないでよね」

「ブリジットだっけ?僕が誰かに頼めば楽しいことになるよ」


 そんな脅し文句を言えるだけの彼は身持ちを崩していた。子爵家の出身だとしていたが彼はとても貴族的ではなかった。不審に思い、調べてみると簡単に彼の素行の悪さは出てきた。子爵家の人間であっても、母が亡くなり、父の愛人が正妻に収まったことによって彼は居場所を失っていた。


 そのために外でふらつき、どんどんと質の悪い人間達と付き合う様になっていった。当然、ヒューム子爵家の後継者は取り消され、異母弟へと移っていた。父親に学園へ放り込まれたのは、彼に外の人間と手を切らせるためだったのだと思う。

 僕は事あるごとにロナルドにもルイスと手を切るようにと告げた。

 だけど、何度言っても、ロナルドはルイスを手放さなかった。ロナルドには彼がとても繊細で儚く見えたえのだろうか。


「でも今のままでは」

「ルイスは寂しいだけなんだ。せめてここを卒業するまでは」


 ロナルドにはその後も何度も忠告した。ロナルドはルイスを切ることができないでいた。最終学年に入ると、ルイスはロナルドの寮の部屋に居座っており、別れるようにと説得するにも時間が取れなかった。


 二人はずるずると恋人関係を続け、卒業しても彼はロナルドから離れることはしなかった。18歳のロナルドに対してブリジットはまだ13歳だ。ブリジットとの年の差が二人の関係を清算しなくても、問題がないように見せていた。


 ロナルドに依存しているルイスは、二人のことを『真実の愛』だと表現した。彼の言う『真実の愛』というものが全く理解できないが、どんなことをしても懐深く受け入れてしまうロナルドの献身的な愛のことだろうと漠然と思っていた。


 その言葉がどこから漏れたのか、社交界ではキャンベル侯爵家の醜聞として面白おかしくこの話が伝わっていった。『真実の愛』という表現が一つの流行にもなった。二人の行動はある時からとても派手に噂されるようになっていた。突然二人して仲睦まじい姿を見せながら、出かけるようになれば当然だ。元々注目されていた二人だからこそ、新たな噂が広がるのは早かった。


 夜会などで面白おかしく囁かれている噂を聞くたびに、どれだけブリジットが悲しい思いをしているのかと心配になった。ブリジットとは父親の仕事の繋がりで会うことも多く、二人で話すのは短時間であってもそれなりの頻度になっていた。その中で、ロナルドとまったく会っていないこと、エスコートを立て続けに断られていることを、ぽろりと零すこともあった。


 ブリジットの顔に愁いが混ざり始めたのはいつからだったろうか。

 そんな彼女を見守りながら、できるだけ笑顔でいてほしいと願っていた。



******



 事態が大きく動いたのは、ブリジットが18歳になり、女学園の卒業まであと少しという時だった。


 僕はブリジットから呼び出しを受けていた。呼び出しと言っても、学園卒業後、父の仕事を手伝っていた僕の職場に訪問してきた彼女が僕に声を掛けたのだ。


 久しぶりに会う彼女はとても美しくなっていた。母親ゆずりだと言うその美貌はぱっとした派手なものではなかったが、人を優しい気持ちにする。


「久しぶりだね」


 そう挨拶すると、彼女は少し困ったような顔をした。応接室に彼女を通して、お茶を用意する。少しだけ扉を開けて、人払いをした。


「相談事?」

「お見通しね」

「まあ、大体わかるけど」


 くすりと笑う彼女はとても寂しそうだった。


「わたしね、ロナルドに手紙を出したの。明日、待ち合わせをして」

「今までだって断られていたよね?」

「そうよ。だから、賭けなの。もし会わないと返事をもらうか、返事がなければ待ち合わせの場所に一日待っても来なかったら、婚約は解消するわ」


 婚約解消、と聞いて驚いた。呆気に取られて、思わず呟いてしまう。


「無理だろう」

「無理じゃないわ。ロナルドの行動はもう廃嫡するところまで来ているの。仕事は確かにきちんとやっているかもしれない。でもそれだけではダメなの」


 夜会のエスコートや茶会の出席など、色々すべきことがあるがそれに出ていないのは知っていた。特にキャンベル侯爵家は広く人とつながり、交渉をすることが主な役割だ。人に合わない付き合い方は許されない。伯爵家の次男で爵位を持つことはない僕でさえ、父や兄が手の回らない夜会などには顔を繋ぐために出席していた。


「わたしももう18歳よ。ロナルドは23歳。ここで決着をつける必要があるわ」


 彼女の目はとても静かで、彼との別れを覚悟している顔だった。悲しみはそこには全くなかった。


「そう。だったら僕からは何も言うことはないよ」

「ううん、違うの。もう一つの話が重要なのよ」


 よくわからず、ブリジットを見つめた。彼女はひどく真剣な顔をしていた。じっと見つめられて、少し落ち着かない。


「わたしがロナルドと婚約解消したら、彼の従弟であるイアンがキャンベル侯爵家を継ぐことになるわ。そしてイアンはグレースと結婚する」

「妥当だね」

「わたしはクラーク侯爵家を継ぐわ。その時に、貴方にわたしの隣に立っていて欲しいの」


 全く理解できなかった。呆けた顔のまま、まじまじと彼女の整った顔を見つめる。しばらく見つめていると、徐々にブリジットの頬が染まっていった。


「わたしではダメかしら?それとも他に愛する人がいるのかしら?」

「いや、ダメじゃない。本当に、僕でいいの?」

「ロナルド以外で選ぶなら、貴方がいいわ」


 少し恥ずかしそうに視線を外し、俯く。彼女のその顔に実感がわいてきた。心の底から叫びたい気分だ。絶対に手に入らないと思っていた彼女が僕の手を取ろうとしてくれている。


「僕は君となら愛を育めると思う」

「ええ。わたしもそう思って……」


 立ち上がると、彼女の目の前に膝をついた。そして、どこか芝居かかったように手を差し出した。


「ブリジット嬢、僕と結婚していただけますか?」

「もちろん、お受けしますわ」


 くすくすと可笑しくて笑いがこみあげてくる。二人でしばらく笑っていた。とても幸せな時間だった。


「でもそんなにすんなりいくかな?」

「大丈夫。お父さまにもキャンベル侯爵様にもすでに了承して貰ているわ。あなたのお父さまもクラーク侯爵家に婿入りすることに同意してくれている」


 いつの間にか外堀が埋められていたようだ。だが、これほど嬉しいことはなかった。

 そして、親友とも呼べる彼のことを思う。ロナルドはルイスとの噂を気にするあまり、ブリジットを蔑ろにしすぎていた。もう引き返せないところまで来ている。7年も一緒にいたのだ。長い月日の間に絆されてしまっただけなのかもしれないが、ロナルドは今更ルイスを切り離すことができないのだろう。


「では、明後日ね」

「明日、本当に会うのか」


 ぽつりと呟いた僕に、ブリジットはくすりと笑う。


「きっと来ないわよ」

「来るかもしれないじゃないか」

「その時は、また考えるわ」


 そんなことを話しながら、彼女の頬にキスをした。驚いた顔をした彼女を楽しく見下ろした。


「来ないことを祈っているよ」

「そうね」


 それが彼女を見た最後だった。


 僕が次に会えたのは笑顔の彼女ではなかった。静かに眠るように棺に横になる彼女だった。





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