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『真実の愛』とはどんな愛?



 姉の手紙と姉に送られた手紙を見てしまったロナルドは、しばらくじっと考え込んでいたが顔を上げるとすぐさま部屋を出て行った。


 それから、何をしていたかはわからない。ルイスと一緒に別宅へ戻っていったことは報告されているが、それすらどうでもよくなっていた。もう隠しているものもないし、この後どんな道を辿るのかは二人次第だ。


 『真実の愛』が本当に二人の間にあって、すべてを受け入れるのであればロナルドは最終的にはルイスを許すだろうし、またこの関係が続いていく。歪な関係であるが、わたしが前と違って離婚してもいいとは思っていないのだから、このまま我慢してもらうしかない。時折、爆発しながらも過ごしていくのだろう。



 そう放置したのがよくなかったのかもしれない。

 彼は何故かこの屋敷に何の障害もなく、侵入してくることをすっかり忘れていた。


 本当に一体誰だろう、引き入れているのは。


 執事長が調べていたが、繋がっているような不忠義な人間はいなかったという。あとはどこかに侵入口があるとか言っていたが、それもすでに手配済みのはずだ。


 あとは……客として訪問する。

 ああ、これは可能かもしれない。ようやく納得した。


 きっとルイスは誰かと一緒にやってきて、途中で抜け出しているのだ。それならば、いくら警護を強化しても客だから、ということで目溢しされる。屋敷の中で迷ったふりをしたらルイスを直接知らない侍女など簡単に騙せるはずだ。


「お前のようなクソがいるから悪いんだ……!」


 相変わらずの口の悪さに意識が彼に向く。流石に二回目だし、罵り始めると長いので流していたのだ。というか、理解しなくていいと学習していた。

 前も無視したことで物理攻撃しようとしていたので、仕方がなく、本当に仕方がなく口を開く。


「その品のなさを隠さないと捨てられますよ?」

「捨てられるのはお前だ!」


 一体何しに来たのやら。罵りたかったから来ただけなのか。それは相当な迷惑だ。

 ちょっと張り始めたお腹をゆっくりとさすりながら、どうするかと悩む。一緒にいた二人の侍女はわたしの少し前に庇う様に立ち、ルイスを睨みつけていた。


「若奥様、こちらへ行きましょう」

「このようなところにいたら、お体に障ります」


 一応、主の息子の愛人だ。直接何かを言うことはできない。彼女たちはさっさとこの場から離れようと急かしてくる。


「そうね、わたしもその品のない罵倒は飽きたわ。では、ごきげんよう」

「ちょっと待てよ!お前になんか、ロナルドの子を産ませるわけないだろう!」


 何かがきらりと光った。


 思わぬ光に足が止まってしまった。侍女も慌ててわたしを庇おうとするが、ルイスに突き飛ばされてしまう。足がすくんだ。逃げなきゃ、と思いながらも動けない。それがわたしに向けられ、振り下ろされた。不思議なことにとてもとてもゆっくりと見える。


 ああ、死ぬ瞬間はすべてがゆっくりになるとどこかに書いてあったなと思い出した。でも書き残せたのだから、死んではいないのかも、などどうでもいいことを考えてしまう。


「……!」


 それがわたしに刺さる前に、誰かに抱きしめられた。かつんという乾いた金属の音が響くのと、どさりと誰かが倒れる音が同時に聞こえる。


「大丈夫か?」

「え、ロナルド?」


 大切そうにわたしを抱き込んでいる彼を見上げた。心配そうにのぞき込んでいるのは、確かにロナルドだった。慌てていたのか、少し息が上がっている。よく間に合ったな、とぼんやりと思った。あと少しでわたしに刃物が届きそうであったのに。


「ケガはないか?」

「どうして……」


 どうしてこんなところにロナルドがいるのだろう。

 理解できずにただただ彼を見上げていた。


「ああああああああ!!!!」


 獣のような唸る声が上がる。ロナルドがそちらを向いたので、わたしもつられてそちらを見る。警備の者に床に押し付けられていたのはルイスだ。大暴れしていたが、ロナルドと目が合うと、突然、とろりとした笑みを見せた。その鮮やかな変化に背筋が寒くなる。


 なんだろう、この人は。


「ロナルド、助けに来てくれたんだ」


 愛しい恋人に会ったような嬉しさを浮かべた。


「ねえ、ロナルド。こいつらを懲らしめてよ。僕に暴力を振るうんだ」

「ルイス」


 愕然とした表情のまま、ロナルドはルイスを見ていた。ルイスはロナルドの様子に気が付かず、さらに続ける。


「そこにいるクズ女もいらないだろう?処分してよ。子供だっていらない。やっぱり二人が一番だ」

「ルイス……!」


 彼の名を呼びながらも、ロナルドはわたしをぎゅっと抱きしめた。守るようにというよりは、何かに縋らないと立っていられない感じだ。


「ようやく行動を起こしたようだね」


 くすくすと笑いと共に知らない声が響いた。ロナルドの腕の中からそっと声の主を探す。


「ジェフリー、お前がルイスを連れてきていたのか」

「うん、そう。これがなかなか動かないから、ちょっと強行した」


 ジェフリー、と聞いてもう一度、彼を見た。確か、結婚式の時に二人の親友だと紹介されたジェフリー・アーキンだ。アーキン伯爵家の次男だったはず。


 よくわからずに、わたしはただただその場で黙っていた。


 ジェフリーは人好きのするとても柔らかな印象がある。その穏やかな性格から、この特殊な二人の親友ができたのだろうと思っていたのだ。だからこの状況は理解したがたい。どちらかというと、ルイスを庇う側の人間じゃないのか。


「綺麗になったね、グレース」

「え?」


 名前を呼ばれて、もう一度ジェフリーを見た。


「覚えていないかな?君と遊んだのは少しの間だけだから」


 困ったような笑みを浮かべる彼に記憶が刺激される。


「……ジェフ?」

「そうだよ。久しぶり。あまりにも綺麗になっているから驚いたよ」


 この場にそぐわないほのぼのとした会話だった。



**


 わたしはジェフリー・アーキンという名をきちんと知っていたわけではない。彼は学生の頃から父親と一緒にケネスのところに訪れていた。クラーク家の作る布を使って、新しい製品を開発しようとよく相談に来たのだ。姉はロナルドの友人であることを知って、ケネスに紹介してもらっていた。


 その縁で、父親と一緒にやってくるジェフリーは時々姉と世間話をしていた。わたしがその場に入っていいわけではないが、大好きな姉を取られて不機嫌になっていた。よく二人で別の場所へと移動し始めると、わたしもそれについて行った。だから、彼のことは姉が呼んでいた名前しか知らない。正式には紹介されていないからだ。


 ジェフはそんなわたしに嫌がることなく、わたしを膝の上に乗せて、美味しいお菓子を食べさせてくれたものだ。そのたびに、もう立派な淑女なのだからやめてと怒って言った覚えがある。当時は彼が17歳、姉が12歳、わたしは9歳だ。


 だが、その付き合いは長くはない。ジェフが屋敷に訪れることがなくなったからだ。その理由は知らないが、事業の方向性が見え、会談の場が屋敷ではなくなったからだと思う。

 だからすっかり忘れていたし、彼に名前を呼ばれるまで結びつかなかった。


「怖い思いをさせてごめんね」


 ジェフリーは優しくわたしの頭を撫でる。その手をロナルドが弾いた。


「触るな」

「いいじゃない。君の最愛はあれでしょう?」


 くすりと笑って、拘束されて放心状態のルイスに視線を向けた。


「だが、グレースは俺の妻だ」

「そうだね」


 ジェフリーは目を細め、ロナルドを見た。とても冷めた目をしている。


「ルイスはどうする?」

「どうするも何も……彼はグレースを殺そうとしたんだ」


 ぽつりと零す言葉に、どうしていいかわからないと言った色が見える。ジェフリーが馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「真実の愛とやらはどうなった?こういう時こそ、愛を貫くべきじゃないのか?」

「お前か、ルイスに余計なことを吹き込んでいたのは」


 合点したように、ロナルドが鋭くジェフリーを睨んだ。ジェフリーは肩をすくめる。


「吹き込んだなんて、人聞きの悪い。僕は事実を言っただけだよ。ロナルドの一番は君じゃない、ってね」

「……まさか、他にも愛人が???」


 ジェフリーの言葉に、わたしは思わず呟いてしまった。だって、仕方がないと思う。ずっとルイスが『真実の愛』の相手だと思っていたのだ。それなのに、他にいたなんて。


 ルイスが隠れ蓑で本当はちゃんとした淑女が相手なの?


 あまりのことに、愕然とした。


 ああ、でも姉の手紙を見せなかったりひどい返事を送ってきたのはルイスだから……復讐の相手はルイスでいいのよね??


「ああ、ごめん。誤解しないで。ロナルドの一番は、君だよ。グレース」

「はい?」

「だってそうでしょう?すべて心地の良い環境にしてくれるし、問題児のルイスの事だって認めてくれている。ロナルドはそもそも初めからルイスを愛していなかったんだ」


 それは衝撃を伴った事実だった。


「うそ」

「切り捨てなかったのは、ロナルドの優しさ?なのかな。ルイスはあんなんだし、放っておくと色々な害を及ぼしそうだから捨てられなかったんだよ。どちらかというと、優しさというよりも馬鹿だと思うけど。だから、グレースのためにもロナルドが彼を切り捨てられやすいようにしたつもりなんだけど……」


 少し考えていた方向と違ってしまってね。


 そんな風に何でもないように告げてくる。どうやらジェフリーが状況を複雑にしていたようだった。ロナルドはそれをどんな気持ちで聞いているのか、表情は暗いが特に言い返すこともなく黙っていた。


「グレース、君は昔から変わらないね」


 ジェフリーは再びわたしの頭を撫で始めた。


「グレース、二人の間にあったものは『真実の愛』ではないんだ」

「嘘よ。色々な人が言っていたわ。二人は『真実の愛』を見つけたのだと」


 ちらりとロナルドを見上げると、彼は顔色悪く呻いた。


「勘弁してくれ。それは噂話だろう?」

「噂を集めて集約したらそうなったのよ。違うの?あなた達が学園時代に宣言したとか聞いたけど」


 ロナルドはため息をついた。


「宣言などしていない」

「真実の愛と言っていたのはルイスだけだよ」


 ジェフリーはなんてこともないように言う。わたしがさらに食って掛かろうとしたら、執事長が話に入ってきた。どうやら侵入者……つまりルイスを連れていくのにロナルドに許可をもらいに来たようだ。一応、まだ愛人だからね。


「ここでは若奥様のお体が心配です。お話があるなら場所を変えてください」


 そう言われてしまえば、そのまま続けることはできない。わたしは、ロナルドに抱き寄せられたままゆっくりと歩き始めた。


 中途半端になって釈然としないのはわたしだ。



 本当に、二人の間にあった『真実の愛』って何……。







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