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復讐を決意しました。自分の幸せは一切考えません

注意です!!!


復讐と言っていますが、がっちりと手のひら汗を握るようなドキドキする復讐ではありません。血がどぱっと出ることもありません、多分……。


BLペアが出てきますので、苦手な方は引き返すことをお勧めします。ちなみにBLは朝チュンもあるかどうか。BL大好きな方はこちらも期待しないでください。




 それは寒い日だった。

 しめやかに行われた葬儀には、すすり泣く声が聞こえてくる。姉が死んだ日と同じく、どんよりとした今にも雨が降りそうな天気だ。きっと神様も姉が死んだことを悲しんでいるに違いない。


「お悔やみ申し上げる」


 じっと棺を見つめていたわたしに声を掛けてきた男性がいた。ふっと顔を上げると、そこにいたのは姉の婚約者だった。ひどく寒い日なのに、外套も羽織らずそこに立っていた。


「姉も残念だったと思います」

「事故にあったと聞いたが……」

「ええ。どうも誰かとお約束をしていて、その方を待っていた時に子供を庇って事故にあったようですわ」


 背の高い彼の表情を見逃すまいとしながら、言葉を吐きだす。彼は表情一つも動かさずに頷いた。


「そうだったのか。せめてその方と会えていればいいが」


 ふざけんな。


 一瞬怒りが心の底からこみ上げてきたが、ぐっと堪えた。瞳に憎悪の色が出ているだろうから、すっと視線を下げて誤魔化す。


「恐らく、お会いできなかったのかと思います」

「それは……」

「そうでなければ、お約束した方が姉の死を知って平然としていられるわけありませんもの」


 そうでしょう?と問いかけて、黙った。


「グレース」


 名前を呼ばれて、そちらを向いた。わたしの婚約者だ。


「来てくれたのね」

「もちろんだ。ああ、ロナルド。久しぶりだ」

「イアン。何故お前が?」


 驚きに目を丸くしているロナルドにイアンが笑った。イアンはロナルドの従弟にあたる。わたしとイアンの関係を知らないなんて本当にどうなんだろう。


「うん?知らなかった?俺はグレースの婚約者なんだ」

「婚約者……では、婿入りか?」

「そうなるね。グレースは姉のブリジットと二人姉妹だから」


 イアンはそう説明して、わたしの肩を抱いた。


「こんなに冷えて。ほら、中に入ろう」

「そうね」

「ロナルドも中に入ろう。クラーク侯爵も中にいる」


 イアンは彼に問うが、彼は首を左右に振った。そして視線を通りの向こうへとちらりと向けた。その視線の先にいる人物を見て、思わず体が揺れる。


「仕事を抜けてきたし、秘書を待たせているんだ。また改めて……」

「お前、ブリジットの婚約者だろう?それでいいのか?」


 イアンが不機嫌そうに咎めた。仮にも婚約者の葬儀だ。仕事があるからと言って、喪主である父に挨拶もなしに帰るのはどうなのだと、言外に告げている。ロナルドもそれは思っていたようで、少し気まずそうだ。


「少し……仕事を整理してから、夜にでもまた顔を出すよ」


 イアンが軽く頷くと、何も言えないわたしを連れて建物に向かった。


「許せない」

「グレース」


 ぽつりと呟いた私に、イアンが抱き寄せる手を強める。


「どうして、あんな男……」

「グレース、落ち着いて」


 イアンは立ち止まってしまったわたしの顔を覗き込んだ。彼の優しい瞳に見つめられて、涙がとうとう溢れてきた。


「姉さまはあの男を待っているうちに事故にあって死んでしまったのに」


 イアンはため息をつくと、優しく抱き込んだ。何度も何度も髪を撫でつけ、大丈夫かと囁いてくれる。


「わたしは絶対にあの男とその恋人を許さない」


 姉が亡くなった。呼び出した相手をずっと待っていた。時間になっても来ない相手など、帰ってしまえばいいものを、その日でないという切羽詰まったものがあったのか、姉は何故か待ち続けた。


 待ち合わせ場所の近くでその事故は起きた。寒さで凍結した路面に滑った馬車から子供を守ろうとして、自分が死んでしまったのだ。かなり大きな事故で、貴族もケガをしたり死んだりしていたから、すぐにでも耳に入ったはずだった。


 それなのに、彼が来たのは葬儀の行われた後である。要するに今初めて足を運んだのだ。葬儀の連絡も事故後、すぐに入っているはずだ。現に彼の両親であるキャンベル侯爵夫妻は事故の知らせがあってすぐにやってきた。二人はすぐにやってこない息子を申し訳なさそうに謝っていた。


 あの場所にいたのは姉の意思だ。馬車から子供を庇ったのも姉の意思だ。


 だけど、どうしても。

 どうして約束の時間になってもいかなかったのか。せめて連絡ぐらいできなかったのだろうか。


 何もせずに放置した、それが許せない。


 わたしが15歳、姉が18歳の年だった。



******


 できれば、来たくなかった。


 内心不貞腐れていたが、それを表情に出すのはクラーク侯爵家の跡取りとしては失格だ。できることは無表情を貫くこと。わたしの気持ちをわかっているのか、一緒にいる父ケネスは苦笑気味だ。


「ほら、笑顔だ」

「嫌です。どうしてキャンベル侯爵家に来る必要があるんです?」

「仕方がないだろう。お前もいずれ侯爵家を継いでいくんだ。納得しろとは言わない、だけど振りくらいはするんだ」


 ふいっと顔を背ける。


 ケネスの言うことはちゃんと理解していた。


 わたしが生まれたこの国はとても独自性の高い発展をしている。3代前の国王が突然、貴族階級に重税をかけたのが始まりだ。重税だけなら、国王を引きずり降ろして貴族たちに都合のいい王族を引っ張り出せばいい話ではある。

 だが、当時の国王は重税を払わないのなら、国王が提示する政策を実行しろと、そう圧力をかけてきたのだ。もちろん、当時は相当に混乱したと言われている。この混乱の中、この国王はそれぞれの貴族たちに向いた政策を渡した。先を見据えた政策にどの貴族も反論をすることができず、従うことを選んだということだ。

 我がクラーク侯爵家は織物の技術を機械化することが課せられた。キャンベル侯爵家は国内で生産される品を他国に売りさばくことだ。クラーク侯爵家としては売りさばいてくれるキャンベル侯爵家とはとてもいい関係を続けていた。その強化のために、姉はキャンベル侯爵家の嫡男、わたしの方はキャンベル侯爵家の弟夫妻の息子であるイアンと結婚し、それぞれに血を入れることにした。

 もっとも、お互いの家には後継問題というものもあった。キャンベル侯爵家には息子が一人だけ、クラーク侯爵家は姉妹二人だ。

 そして、姉は3年前の事故で亡くなった。後継問題が宙ぶらりんになったのだ。


 残ったわたしが当時まだ15歳だったことと、姉の婚約者に恋人がいるなどど簡単に婚約者を変えられずにいた。


 でも、もうわたしも18歳。後継者をどうするのかを真面目に考えなければいけなかった。


 ちゃんと理解しているから、嫌でもこうしてキャンベル侯爵家に来ているのだ。少しぐらい不機嫌顔でも許してほしい。

 

 訪れたキャンベル侯爵家では礼儀正しい執事によって居間へと案内された。ゆったりとした足取りで居間に入れば、すでにキャンベル侯爵家の当主であるセオドアとその妻であるベラが席についていた。わたしとケネスが扉を通ると、笑顔で立ち上がる。


「よく来てくれた、ケネス」


 セオドアとケネスは笑みを浮かべ、挨拶を交わす。わたしはひどく冷めた目でその様子を見ていた。こうしてキャンベル侯爵家の人たちに正式に会うのは、姉が亡くなってから3年ぶりだ。夜会などの社交場では挨拶くらいはするが、ゆっくりと話すような場を設けたことはなかった。


「本当にごめんなさいね、グレース」


 ベラはわたしが不機嫌である理由を知っていて、そう謝罪する。わたしは大きく息を吸ってから彼女の目を見た。いつ会っても凛としていて美しい女性だ。できればこのような女性になりたいと、姉と一緒にたくさん勉強したものだ。


「そう思うなら、わたしとイアンと結婚を許してください。そしてクラーク侯爵家を継がせてください」

「申し訳ない。これはお互いの一族の決定事項なのだ」


 セオドアは心から申し訳ないと思っているような顔をしているが、さほど申し訳ないとは思っていないだろう。イアンが諦め顔で当主の言うことは絶対だから、と呟いていた。できれば、男女の愛情はなくとも信頼し合えるイアンと家を継いでいきたかったのに。


「反発しているのは、グレースだけではないのではないのか?」


 ケネスが部屋を見渡し、いなくてはならない人物がいないことにわずかに不快感を示す。セオドアはむっつりと口を閉ざした。現状が不快なのはセオドアも同じようだ。ベラもため息を漏らす。


「この結婚が嫌であるなら、さっさと後継者を辞退すればいいのに。そうしたら、グレースとイアンを結婚させて、この家を継がせられるわ」

「できればそうして欲しいのですが」


 どうして姉をぞんざいに扱った男と結婚しなくてはならないんだ。


 その一心で言葉を紡ぐ。


「あれが辞退しない、結婚すると宣言したのだ。だから、このような場を設けたのだが」

「もう少しだけ待とう。それまでに来なかったら、この話はなかったことでいいか?」


 ケネスがセオドアに確認した。セオドアも頷いて同意する。このままこなければいいのに、とわたしは思いながら淹れられたお茶を一口飲んだ。


 どれほどの時間が経過しただろうか。


 セオドアもケネスも共同で立ち上げてようとしている事業についての意見交換をしていたが、ここで話せる内容も尽きてきた。代表だけの意見交換など、上っ面しかないので仕方がないと言えば仕方がない。


 もうこれ以上待っても仕方がないとケネスも思ったのだろう。さてと、と膝を叩いた。


「では、セオドア。申し訳ないが、グレースはイアンと結婚させ、我がクラーク家に残すことにするよ」

「ちょっと待ってくれ。二人の婚約を戻してもいいが、できればキャンベル家を継いでもらいたい」

「お前な、」


 いい加減にしろ、と言いたかったのだろう。ケネスが最後までセリフを言う前に扉が乱暴に開いた。大きな音に驚いてそちらを見る。


「お待たせして申し訳ありません」


 入ってきたのはこの世で一番大嫌いな男だった。


 わたしは感情を見せずに男を見る。


「遅いぞ!どういうつもりだ」


 セオドアの怒りに、ロナルドは頭を下げた。


「どうしても、一緒に連れてきたい相手がいたので」


 そう言って一歩横にずれると、後ろから華奢な中性的な彼が出てきた。どこか緊張している面持ちだ。無理やり連れてきたのだろう、ロナルドはがっちりと彼の手を掴んでいる。


 本当にふざけた男だ。


 わたしは内心どんどん冷めていった。何をしたいのかはわからないが、状況を観察した。早くも不快感を示したのはベラだった。


「どういうつもりです。お前の愛人の出る幕ではありません。場を弁えなさい」

「連れてきたのは俺です。どうしても、彼と別れることはできない。彼を……認めてもらいたいんだ」


 ケネスがため息をついた。そしてセオドアに向き直る。


「わたしはいくら政略結婚でも、娘をみすみす不幸にするような結婚を許容するつもりはない。先ほども言ったように、イアンとの婚約を戻してほしい」

「……仕方がない。ロナルド。お前は廃嫡する。彼とは好きにすればいい。イアンを後継者にしてグレースには我が家へ嫁いでもらう」


 セオドアはようやく仕方がないと諦めたのか、ため息をついてそう告げた。優秀な一人息子がこんなことで後継者を降りるなど考えたことはなかっただろう。


「わかりました。では、俺たちはこれで」


 ロナルドがあっさりと同意する。多分こうなると分かっていたのだ。ただ、一度は同意したことを覆すにはこうするしかなかったのかもしれない。

 当主の決定に抗議の声を上げたのは、何故か一緒にいた彼だった。


「ちょっと待ってください!!」

「ルイス」


 驚いたようにロナルドが彼の名を呼んだ。


「ロナルドが後継者でなくなるなんて……!彼がどんなに努力してきたか知っているんですか!」

「それをダメにしている存在がここにいるが」


 セオドアは皮肉っぽく呟く。ルイスは顔色を悪くしながら、体を震わせた。


「キャンベル侯爵家には後継者が必要なんだ。子供の生めない男の愛人は不要だ」

「父上!」


 暴言だと思ったのか、ロナルドが言葉を遮った。セオドアはひどく冷めた目で息子を見た。


「お前には事前に言っておいたはずだ。愛人と別れて、グレースと結婚しないのなら後継から外すと。彼を選ぶなとは言っていない」

「それは」


 どうやら泥沼になりつつある。しばらくは面白く見ていたが、それも飽きてきた。ぱんと手にしていた扇を叩いた。小さいが鋭い音にぴたりと声が止まる。


「親子の語らいはこれぐらいにしてもらえませんか?」

「グレース」


 お前に名前を呼ばれるいわれはない、と折角止まった騒動を再発させるような言葉を吐きそうになる。慌てて笑顔を見せた。


「おじさま、わたしはイアンと結婚したいですわ」

「……そうだな。それがいいんだろう」


 ここで決断して、ロナルドを廃嫡してほしい。そうしたら少しは気分がよくなりそうだ。


 セオドアがベラと目を合わせた。ベラも仕方がない、とため息交じりに頷く。


「わかった……」

「待ってください!僕が、僕がロナルドと別れたらいいんですか?」


 自分の愛する人が地位を追われる場を見ていられなくなったのか、ルイスが悲痛な声で叫んだ。

 

 本当にこの男、26歳なのだろうか。確かに見目麗しいが、中身がペラペラだ。性別を間違えて生まれたかのような感じがある。それとも、どこかの劇場員でも連れてきているのだろうか。十代であればまだ辛うじて許せそうだが、これで26歳。色々とあり得ない。悲劇でも何でもないのだから、状況を考えろと言いたい。


 突然の閃きに、目を瞬いた。自分でも驚くほどのクリアな感覚。


 なんか、とってもいいかも。


 状況を考えれば、遅かれ早かれ、この男と結婚することになるのだ。後になってグダグダになるよりは、今であれば大抵の条件を飲ませられる。


「おじさま、わたし、条件を飲んでくださるのなら、そこの愛人をそのままにロナルド様と結婚してもいいですわ」

「グレース?」


 ケネスが驚いたように目を見開いた。やめるようにとぐっと腕を掴んでくる。ケネスを落ち着かせるようにぽんぽんとその手を叩く。


「どちらにしろ、クラーク家とキャンベル家の結婚による繋がりは必要なのでしょう?」

「それはそうだが」


 何を言い出すのか不安なのか、ケネスが歯切れ悪く頷く。まあ、わたし自身も幸せとは言い難い一生になるがそれもまた一興だ。この閃きに抗えそうにない。せめてこの閃きが上手くいったことを幸せだったと思うことにしよう。


「おじさま。わたしの要求をのんでくださいませ」

「内容を聞いてからだ」

「では思い違いしないように契約書にいたしましょう。ロナルド様も契約書に問題がなければ、婚約ということで」


 にっこりとほほ笑む。


「もし……俺がサインしてしまったら、愛のない結婚をすることになるが」

「今さらですわ。政略結婚です。欲しいのは信頼関係ですから」

「そうか」


 毒気を抜かれたような顔をしている。作った契約書を読んで彼がサインするのは五分五分だろう。


 もしサインするようであれば、どうかお覚悟を。

 ちょっとした仕返し……いえ、わたしにしたら復讐ですわ。


 頑張って、二人の間にある真実の愛を貫いてくださいませ。







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