第1章第4話 『女子力』
「少なすぎます…少なすぎますぅぅぅ!!」
ギルドに併設されている酒場の一つのテーブルを両手で勢いよく叩きながらアエルが叫ぶ。
「あんな気持ち悪いモンスター30匹も討伐したんですよ!なのに…なのに…!!報酬はたったの30ベルン!経験値も合計で60!レベル1も上がりませんでしたよ!?」
言いたいことは分かる。
俺達が1レベから2レベにレベルアップするにはまず80経験値が必要だ。
今回のクエストで狩ったすらいむの数は1人30匹。一体から貰えるものは1ベルンと経験値2だけである。
数多のRPGをクリアしてきた俺でもここまで報酬が安いモンスターは見たことが無かったが、まぁこの世界なんてこんなものだろうと割りきってしまっていたので、横で手に入っている硬貨と経験値を気にせずに戦い続けていたアエルを見ながら、『あー、これおわったあとめんどくさいやつだ』と、この状況は覚悟していた。
俺からすれば、食事代も2~3ベルン、宿代も高くて5ベルン程度であるこの街であれば、すらいむなどというレベル1の俺達でも簡単に倒せてしまうモンスターがいるだけありがたい。
「とりあえず、今日はもう宿泊まっちまおうぜ。俺もうくたくただ~。」
「あんなすらいむごときで疲れたんですか。まぁ、私は疲れてはいませんが休息をとりたいのでその意見には賛成します。」
恐らく、予定外の異世界召喚と予想外の外見の気持ち悪さのすらいむと戦ってアエルも相当疲れているだろう。
本人の口からは聞けないだろうが、共に旅をする事になった以上、仲間である俺が彼女のサポートもしなくてはならない。
無駄に強がることがあれば、しっかり止めるのも仲間の務めだろう。
「そんじゃ部屋取りに行くかー。えーと、一部屋1泊3ベルンか…こりゃどう割り勘すればいいんだ?」
「?どうして割り勘などするんですか?私が貴方と同じ部屋に泊まれと?」
「えぇ!?これから一緒に旅する仲じゃん!いいじゃん!」
「ひっ…引っ付かないでください!気持ち悪いですよ!さっきのすらいむと同等ですか!!!」
アエルが心の底から蔑んだ目で俺を見てくる。
まぁ世の中の仕組みなんて異世界に行っても変わらないんだろうな、と感じつつ俺は宿屋の店主から一部屋を借り、続いてアエルも一部屋を借りた。
「つぅぅかぁぁれぇぇたぁぁぁぁ!!」
部屋に入った瞬間、身に付けていた剣、杖、そして洋服を全て部屋にぶちまけてベッドにヘッドスライディングを決める。
いつもなら、死んだ人間を天界へ送り、その日のノルマの人数を送ったところで帰宅、そのまま自分の部屋に今の様な形でベッドにヘッドスライディングを決めるのだが、今は自分の自宅ではない。
天界に生まれ、光焔の女神の名を授けられたのはつい二年前のこと。
女神となる存在が天に誕生する時は、人間のように赤ん坊から生まれる訳では無い。
神から授けられた姿で生まれ、基本的に必要な知識というものは持ち合わせているのだ。
神として、下界の者を導くようになるのは10歳を超え、天界の長である天界神に名を与えられた時になる。
15歳で本格的に女神の名を授かったアエルは光焔の女神として、まだ2年という短い期間ではあるが若くして死んでしまった地球という惑星の人間を担当し、先輩女神5人とローテーションで行っていた。
今回、アキナを異世界転生させるに至った経緯は、アキナにも説明した通り、この世界に異様な魔物が出現し、この世界を滅ぼしかねないと天界神が判断したからである。
では、なぜアキナだったのか?
それは正直な所、本当にたまたまだったとしか言い様がない。
天界神から、1人若くして死んだ人間をこの世界に転生しろとの命を受け、その時たまたまアエルが担当している時間で、その時たまたまアキナが死んだから。ただそれだけ。
アキナを初めて見たとき、正直女の子かと一瞬思った。
アキナは言動は完全に高校生男子といった感じなのだが、肌は透き通った白色、目はぱっちりと大きく開いて肩辺りまで伸びた黒髪はとても美しい。性格さえ何とかすれば女の子に化けてもバレないのではないだろうかとふと思う。
その時、部屋のドアを誰かがコンコンと叩いた音がした。
「おーいアエルー。体汚いだろうし風呂でも行こーぜー。」
外からアキナに呼び掛けられる。
アキナは声も非常に綺麗なもので、変に裏声を出さなくても本当に女の子に化けられるだろうな、などと余計なことを考えつつ、汗などは掻いていないものの、あの気持ち悪いすらいむと戦闘を行った自分の体を綺麗だとも思えない。
「わかりました。すぐ行きますから少し待ってください。」
「ふぇ~生き返る~」
街の中心部にある一つの大きな温泉。日も沈み、温泉は周りに取り付けられたランタンで照らされている。
温泉の上に屋根は一切なく、脱衣場を出れば辺り一面の露天風呂だ。
この時間帯はまだ人が少ない時間なのか、周りに人の姿はない。
この世界に来てから誰にも何も言われなかったためあまり気にしていなかったが、流石に風呂場の裸体の姿では背中の羽が少し気になってしまう。
「まぁ、この世界の人は気にしたりしませんよねぇ~」
完全に力が抜けてしまって、とてもだらしない姿になってしまう。
それにしても、本当に人が見当たらない。
いつも他の女神仲間の誰かと風呂に入っていたので一人で入るのは少し寂しく感じる。
周りに一人くらいいないものだろうか。
そう思い、広い露天風呂内をぶらぶらと水を蹴りながら歩き始める。
すると、岩影に湯船に浸かるほどの美しい黒い髪を伸ばした女性が一人、岩に背中を預けるようにして湯に浸かっていた。
「隣、失礼しますね。」
第一印象は大切と言わんばかりに落ち着いた声で話しかける。
「えっ…」
そう言ってこちらを振り返った女性は顔を真っ赤にしている。長い時間湯に浸かっていたのだろうか。
「顔真っ赤ですよ?長い時間お湯に浸かってるのは体に逆効果ですよ?」
「あ、いえいえ!急に呼ばれてびっくりしただけです!」
そう言って女性は元向いていた姿勢に戻る。
よく見れば肌は透き通るように白く、ぱっちりと開かれた目はその女性の美しさを感じさせる。
「本当に綺麗ですね~。あ、そういえば貴女も冒険者の方なんですか?実は私、今日冒険者になったばかりでまだ右も左もわからないんです。よかったら今度一緒に…」
「い、いや!あ…い、いえ…私はそういうことはちょっと…」
最初のつい出したかのような声が、どこかで聞いたことがあったような気がしたが、特に気に止めることもなく会話を続ける。
「それじゃあお仕事は何をなされてるんですか???とっても綺麗ですし、モデルとか!あ、でもそれなら私も少しは自信ありますよ~!よかったらお仕事紹介とか…」
「あ、あー!少し長い時間入りすぎちゃいました!私はそろそろ上がりますね!それではまたどこかで!」
女性は湯から体を出すことなく、そのまま湯のなかで軽快な動きで足早に上がっていった。
初対面にして少し相手に干渉しようとしすぎてしまっただろうか。
「まぁ、また会えますよね。」
「おーっす…ずいぶん遅かったな…」
気怠そうにアキナが話しかけてくる。
今は白い肌が真っ赤に染まり、いかにも『のぼせました』という状態だ。
「どれだけ湯に浸かってたんですか。私よりも入っていないでしょう?」
「あー、まぁ、色々あったんだよ。色々。」
話した勢いで立ち上がったアキナは、そのまま宿に向かって歩き出す。
夕食はどうするのだろうかと思ったが、宿はギルドの上に併設されていて、そこには酒場でもなんでも基本あるため後からどうにでもなるだろうど思い至る。
宿に到着した後、アキナは「今日はもう疲れたから寝る。」と言って部屋に戻ってしまった。
アエルは少し小腹が空いていたので宿の下の酒場で少し食べ物でも貰っていくことにした。
「うーん…安いからと調子に乗って買いすぎてしまいました…これどうしましょう。食べないのは勿体ないですし、だからと言ってこれを全部食べるとなると…あ。」
そうだ、アキナも夕食を食べていないのだから少し持っていってあげよう。
そう思いつき、アエルは自分が食べる分だけを部屋に置いてアキナの部屋へと向かう。
「アキナー。食べ物買ってきましたよー。あ、別にアキナのためとかではないので…アキナ?」
部屋をノックしながら話しているのだが、部屋の中から返事はない。
もう寝てしまったのだろうか。
そうなるとこれはやはり自分で…いやいや、起きたときに食べれるように部屋に置いといてあげよう。
そう考えたアエルはもう一度ドアをノックし、部屋の中へと潜入する。
「失礼します…あ…私と違って服とかちゃんと畳んでありますね。女子力高…い…!?」
部屋の中の整頓された物にも驚かされたが、ベッドに眠っているアキナの姿にアエルは絶句した。
その姿を見た後、アエルは部屋に置いてある荷物が本当にアキナの物かを二度三度確認する。
日本から転生してきた時の服、さっき店で買った服と武器、それ全てを何度も確認するがどう見てもアキナの物だ。
「嘘…でしょ!?」
部屋で寝ているアキナの姿は、さっき温泉で出会った女性の姿そのものだった。