第1章3話 『すらいむ討伐』
この街の名は、サハク。
街南部にそびえ立つ城の反対に位置する北の門で、俺達は初めてのクエストを受けるための準備をしていた。
クエストと言っても、当然まだ冒険者成り立ての俺達でも簡単にこなすことのできるものである。
聞かされているのは街の門の外にあるフィールドに生息する、『すらいむ』の討伐である。
驚くことに、この世界で共通に使われている言語は日本語と全く同じもので、それもあってアエルはこの世界への転生者を、日本人である俺に選んだらしい。
ここで一つ気になるのは、RPGでは定番中の定番である『スライム』と同じ名前ではあるのだが、なぜか表記が『すらいむ』と平仮名になっていることだ。
何か意味があるのかはわからないが、俺のようなゲーマーは表記がカタカナでないことに異様な気持ち悪さを感じてしまう。
「早く行きますよ。」
そう俺を呼ぶのは、この世界で俺と共に旅をすることになった、女神アエルだ。
真っ赤に燃えるような神が腰の辺りまで伸び、女神に相応しい純白の翼と服をまとった彼女はとても美しい。
だが、その美しさゆえに俺は気になることが一つある。
こんな可愛くて、目立つ服装をして、翼を持った少女を、他の男たちが放っておくとは思えない。
その内俺達の前にイケメン騎士でも現れ、アエルの事を連れていったりでもすれば、俺は一人でなんだかよくわからない魔物を討伐してこの世界を救わなくてはならない…ということだ。
そんなこと、死んでもごめんである…もう死んでるけど。
「何やってるんですか。すらいむ討伐ごときでもうビビっちゃったんですか???臆病者ですね。」
「違うわ!ーー早く行こうぜ、って言いたいとこなんだが…一つ寄りたい場所があってな。」
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「まいどー!頑張れよお嬢ちゃんたち!」
野太い声に押されながら、俺は店を後にする。
戦闘をするためにはやはり武器というものは必ず必要となってくるものだ。
その事はギルド側も当然分かっていて、冒険者登録の際にこの世界の通過である『ベルン』を100枚貰える。
ベルンは日本円に表すと一枚約100円というところで、100ベルンとなると約1万円分ということになる。
アエルが言うにはこの街は街周りのモンスターが非常に弱く、そうなると当然討伐報酬も低価なものばかりなので、街の道具や食べ物は1~3ベルン程度で買えてしまう物しかないらしい。
立派な白の服を見に纏っているアエルはともかく、死んだ時に着ていた、青と黒のジャージを着ていた俺は同じ色の動きやすそうな服を1ベルンで購入。
また、剣をお互い一本ずつ持っていた方がいいだろうと二本を4ベルンで購入したのだが、アエルは『私は杖を持っているのでいりません!』と言うので、持たせるように説得するのに無駄な時間を要してしまった。
「そんじゃ、気を取り直してすらいむとうばーつと行きましょうかね~」
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サハクの街から次の街へと続く一本道から少し外れた草原で、俺は『すらいむ』と呼ばれるモンスターと相対していた。
空よりも青い体は艶がよく、まさにスライムと言ったしずくの用なフォルムの体なのは、やはりこの世界の『すらいむ』も変わらないらしい。
ーーだが、明らかに違うことが一つある。
俺のスライムの常識は、そのしずくの用な体をぴょんぴょん跳ねながら動かし、攻撃するときは大体突進攻撃が主なものだ。
しかしこの常識で、ついに俺は『スライム』と『すらいむ』の違いを知る。
正確に言えば、攻撃パターンを知るよりも前にその姿を目撃した瞬間から違いに気づいてはいたのだが、その衝撃に今の今まで『スライム』の常識を忘れてしまっていたらしい。
「きも…ちわるい!!!」
俺は絶叫と共に、さっき買ったばかりの安物の剣ですらいむを叩く。
すらいむの肉体はやはり、ぷにぷにとした個体で、『斬った』という感覚よりかは、『叩いた』という感覚に近い。
やはり、弱いと言われているだけのことはあり、すらいむの体は俺の叩いた場所から真っ二つになってしまった。
すらいむはその場で倒れ、黄色いエフェクトの様な光を放ちながら消えてしまった。
ギルドで聞いた話では、この黄色いエフェクトはモンスターを倒した人間に取り込まれ、経験値となるらしい。
さて、とりあえず初めての戦闘を終えたところですらいむの見た目について冷静に分析しよう。と俺は考える。
何気無く後ろを振り向くと、アエルがすらいむの見た目を気持ち悪がってか、攻撃をせずに距離を置いたまま硬直している。
アエルの向かいに立つすらいむ。
俺が倒したものと全く同じものだ。
『スライム』ならではの青いしずく型のフォルムはそのままなのだが…『すらいむ』には驚いたことに腕と足がある。
腕と足も青いぷにぷにとした個体でできているのは変わらないのだが、なぜか物凄く筋肉質のような形なのだ。
ーーまるでスライムのボディビルダーだな…
生きている生物にこう言うのはあれだが、正直なところ本気で気持ち悪い。
あの小さくて愛らしいフォルムから、なぜ同じ色をした筋肉ムキムキの足と腕が生えているのだろうか。とてもじゃないが俺には理解できない。
アエルはその後もしばらく動かなかったが、相手が動いてこないわけがない。
アエルに向かって、すらいむがご自慢の腕と足を人間の様に扱いながらアエルに突進していったのだ。
「くっ…仕方ないですね…」
そう言うとアエルは腰にさげた剣を引き抜く、よくよく見てみると、初めて会ったときからずっと持っていた杖を持っていない。一体いつの間にどこに置いてきたのだろうか。
アエルは突進してくるすらいむの攻撃を跳んでかわす。
アエルの背中には翼がある。アエルはその翼を利用してそのまま空中飛行を始めた。
すらいむはもちろん空中飛行ができず、ただ上を見上げているだけだ。
アエルは右手に持った剣を構え直し、空から一気にすらいむ目掛けて落ちてくる。
「ーー終わりです!」
すらいむのぷにぷにとした体ではいい音は鳴らないが、見事中心から真っ二つに切り裂かれている。
空から勢いよく攻撃したという事もあり、アエルの通常の攻撃力に更に追加ダメージが発生したのだろう。
先程俺がすらいむを討伐した時と同様、すらいむは黄色い光を放ちながら消え、その光はアエルの周囲に集まって消えた。
剣を鞘にしまったアエルは、あの気色の悪いすらいむから出た光が自分に取り込まれたということに寒気を感じたのか、両手で自分の腕を軽く抱いた。