第八話 三人は幼馴染
「さて、キミは私の言いつけを破り魔術自試合をした。その結果、キミは魔術を制御できずに暴発させてしまった。この危険性についてはもう十分理解してくれたな?」
とリオン様がおっしゃって、わたくしは頭を下げます。
「はい、申し訳ありませんでした。昨晩のお説教でしっかりと理解いたしましたわ」
そう、わたくしが放った核撃爆破はデタラメな場所で爆発いたしました。
下手をすれば自分を巻き込んでいてもおかしくなかったのですわ。
「うむ、帝国式魔術を学ぶことで、一応はD級以上の魔術も発動させることは出来るようになったようだ。問題はその先だ。制御ができないということだな」
そうなのです!
帝国式は発動させるのが簡単になった代わりに、制御のポイントがピーキーで扱いづらいのですわ。
「そこで、解決策と言うか、対策を考えた。この指輪をつけてほしい。古いものだから見た目は良くないが我慢してくれ」
リオン様がわたくしに小さな指輪を差し出しました。
わたくしはそれを小指に取り付けます。
指輪は細い金具に小さな魔石がついているだけの簡素なものでした。
リオン様がおっしゃるようにくすんでいて少々貧相ですが、わたくしのような者には丁度いいですわ。
「その指輪は着けた者の魔力の出力を大幅に制限するものだ。キミは魔力量が多すぎる。昨日管理省で映像を見てわかったが、キミの魔力量はA級魔術師すら遥かに超えている。本来、核撃爆破はグラウンド全体に爆発を発生させるようなシロモノではない。あれは単なるD級魔術だぞ。映像ではもっと高いレベルの魔術に見えた。あれではサバト王子に目を付けられるのも当然だ」
「ですが、王国式のやり方ではあんな威力になったことはありませんでしたわ。帝国式で発動させたらあのようなことになったのです」
「帝国式では魔術の威力が上がる傾向にあるが……あれはありえない上がり方だ」
リオン様は腕を組んで何やら考えておいででしたが、やがて庭の奥へ歩きはじめます。
「とにかくその指輪で魔力を抑えることで、制御が容易になるはずだ。試してみてくれ」
そう言いながら、標的の旗をお立てになるリオン様。
わたくしは彼に頷いて、魔術陣を描きます。
今回は特に苦手な火属性魔術で試すことにいたしました。
「火球弾!」
わたくしが魔術を詠唱すると魔術陣から火の玉が現れ、旗に向かって飛んでゆきます。
その火の玉は旗に直撃するとドオンと音をたてて爆発し、旗が立っていた地面ごと吹き飛ばしてしまいました。
やりましたわ! 成功です!
ですがリオン様は渋いお顔でお呟きになられます。
「魔力を制限してもこの威力か……。というか、火球弾はただの火の玉なのに、爆発するのは何故なんだ? なにかおかしいぞ」
「でも! ちゃんと目標に到達しましたわ! わたくし、こんなに上手に火属性魔術を扱えたのは初めてです!」
「初めて、か……」
わたくしが喜んでいると、リオン様はさらに渋そうなお顔になるのです。
そして軽く頭を振った後おっしゃいました。
「キミが魔術を制御できるようになったら、指輪も制限の緩いものに取り替えていこう。今後の目標は指輪なしでも自在に魔術を操れるようになることだ、いいな?」
「はい!」
***
その後、わたくしが魔術の自主練に励んでいると、向かいの小道から二人の若い男の方が姿を現しました。
近くの川で魚釣りをしてきたのでしょう、釣り竿とバケツを持っていらっしゃいます。
そして彼らはわたくしを見つけると、こちらに向かって手を振るのです。
よく見れば彼らはわたくしの顔見知り、いえ、それ以上の関係の方。
彼らは数少ない、わたくしと仲が良い王子達なのでした。
優しそうな笑顔を浮かべていらっしゃるのが第10016王子のトウカお兄様、赤髪のニッとお笑いになったのが第10000王子のヨイチお兄様です。
わたくしは幼い頃、今よりもひどいイジメを受けておりました。
それを助けてくださったのがトウカお兄様です。
そしてトウカお兄様と家が近かったヨイチお兄様とも仲良くなり、近所の子供たちと一緒になってよく遊んだものですわ。
魚釣りをしていたことからお分かりかもしれませんが、王子といえどもお二人の暮らしぶりは市井の人々と変わりありません。
国王の正室と、そのご子息ご息女であられる第一王子、第一王女は、お城で優雅に暮らしていらっしゃいます。
ですが、側室とその子は、側室の実家に住むことになっているのです。
ですので貧乏な暮らしをしている王族も多いのですわ。
庭の中までやってきた二人にわたくしは挨拶をします。
「ヨイチお兄様、トウカお兄様、ご機嫌いかがかしら?」
すると、
「元気だよ。今、釣りから帰ってきたところなんだ。今日は大漁だったから、サツキの家にもおすそ分けしようかな」
と言って、トウカお兄様はバケツの中から良さそうなお魚を見繕ってくださいます。
隣のヨイチお兄様が釣り竿を地面に置いておっしゃいます。
「つーか、何なんだよその話し方は。どこぞのお嬢様みたいだな」
「そろそろ淑女らしい立ちふるまいを学ばなければと思いまして、少し前から練習しているのですわ」
「そんなのやらなくても別にいいじゃねーか。アクェには婚約破棄されたんだろ?」
ヨイチお兄様はちょっと不機嫌そうです。
「とは申しましても、この先また有力貴族の方と婚約するかもしれませんから」
「やめとけよ。権力者なんてろくなもんじゃないぜ。俺たちは俺たちで見合った相手を探すのが一番さ」
と、肩をすくめておっしゃるヨイチお兄様。
「まあっ、ヨイチお兄様はついにそういったことに興味をお持ちになったのですね?」
「いや、そういうわけじゃないけどよ……」
ボソボソとつぶやくヨイチお兄様に、トウカお兄様がおっしゃいました。
「ヨイチはサツキのことが心配なんだよね? アクェ様との婚約のときも、サツキはサツキはって言ってうるさかったんだよ」
「そんなこと言ってないだろ! ……まあ、心配ではあったけど」
そしてヨイチお兄様は頬をかきながらおっしゃいます。
「変な男につかまらないよう気をつけた方がいいぜ……そ、その、サツキは、美人なんだからよ」
するとトウカお兄様がニヤリとします。
「君がそんなこと言うなんてね」
「うるせーよ! いいだろが!」
「まあっ、嬉しいわ。だけどヨイチお兄様、シスコンも大概にしてくださいな。意中の女性にドン引かれても知りませんよ」
「たしかにヨイチならありえそうだなぁ」
「そうですね、ヨイチお兄様ならありえそうです。『このシスコン!』ですわ」
「ねーよ! つーかシスコンじゃねーから!」
このように、見てお分かりの通りの仲の良い三人なのですわ。
***
その後も三人で談笑していると、また来客がありました。
その方々はヨイチお兄様とトウカお兄様を探していらしたようで、二人を見るなりこうお叫びになります。
「こんなところにいたのか! ヨイチ! トウカ!」
わたくしが振り向くと、そこには10名ほどの男の方が立っていらっしゃいます。
みなさん、何やら怒り顔ですわ。
カルシウム不足なのでしょうね。
「昨日はよくもやってくれたな。礼に来てやったぞ」
真ん中あたりにいらっしゃる方がおっしゃいました。
ヨイチお兄様がそれに応えます。
「なんだよ、バカ兄どもか。礼も何も昨日はあんたらから手を出したんだぜ? 逆恨みするんじゃねえよ。それに今忙しいんだよ、明日学園で相手してやっから今日は帰れよ」
「なんだと!」
まあっ、この方々は王子でしたのね。
わたくし存じ上げませんでした。
なにせ兄弟姉妹合わせて20016名もいらっしゃるのですから中にはモブキャラもいらっしゃいます。
こればかりは仕方ありませんわ。
「兄上方には悪いのですけど、今日のところは暴力沙汰は勘弁していただけませんか? あなた達が情けなく負けるところを妹に見せたくないのです」
とトウカお兄様がおっしゃいます。
というよりは挑発ですわね。
すると、
「負けるのはお前たちだ!」
とお叫びになり、腰の剣を抜いて庭に侵入なさるモブキャラ。
それに続いて後ろのモブキャラも突撃なさいます。
トウカお兄様は立ち上がると、スッとファイティングポーズをおとりになります。
そして斬撃をかわしながら、彼らのお顔をボコボコお殴りになりました。
ヨイチお兄様も剣を抜くと、斬りかかってきたお兄様の足に剣を引っ掛けてお転ばしになります。
そして彼らの頬を往復ビンタでバシバシお叩きになりました。
ええ、流石に二人はお強いですわ。
わたくしと同じように、幼い頃から兄たちにちょっかいを掛けられていた二人。
降りかかる火の粉を払っているうちにお強くなったのでしょうね。
ヨイチお兄様に叩かれているモブキャラは手のひらを突き出して懇願します。
ですが、叩かれている最中に喋るものですからよく聞き取れません。
「ブブッ、待っブブ!? ブブブッ、待ってブブ!? ストッブッ! ストッブブブゥ!」
トウカお兄様にボコボコにされた別のモブキャラがよろよろ立ち上がっておっしゃいます。
「待ってくれ! 俺達の負けだ。もう離してグアッ!?」
ですが彼が言い切る前に、鬼のような速度で近づいてきたトウカお兄様の、非情な拳に吹き飛ばされました。
庭から道へと吹き飛ばされた彼は呟きました。
「狂戦士どもめ……」
このような実力差があるのにどうして二人にお絡みになるのでしょう、このモブどもは?
わたくしが不思議に思っていると、またまた来客です。
彼らはザッザッザッと規則正しい足を音をたててやってまいりました。
今度は数えるのが面倒なほどの男の方々が、家の前に勢揃いですわ!
これほどのモブがそろうと壮観ですわね!
やがて団体さんの真ん中から、背の低い男の方が進み出ておっしゃいました。
「私は第9000王子のボームだ。ヨイチ、トウカ。これまでにお前たちが行った兄に対する狼藉の数々、許すわけにはいかん。成敗してくれるぞ!」