第七話 王位継承権管理省
『第10000王女サツキの王位継承権を20016位より改め18002位とする 王位継承権管理省』
黒い封筒の中にはそれだけ書かれた紙が入っておりました。
わたくしはその紙を手に、ワナワナと震え出します。
その様子を見てリビングで寛いでいたリオン様がおっしゃいました。
「どうしたんだ、サツキ? その手紙がどうかしたのか?」
「どうしたもこうしたもないわ! これをご覧になってくださいまし!」
わたくしはリオン様に紙を突き出しました。
リオン様は紙を受け取り、目を細めてお読み上げになります。
「なになに? 『第10000王女サツキの王位継承権を20016位より改め18002位とする』か。良かったじゃないか、位が上がったんだろう?」
「よくないです! 私は! 王位なんて! これっぽっちも! 興味が無いの!」
わたくしは地団駄踏んで叫びます。
淑女らしくないですって?
ええ、その通りですわ。
ですが、継承権が上がったところでわたくしの得になることなんて何もありません。
意地の悪いお兄様お姉様に目を付けられるだけですわ。
わたくしが取り乱してしまうのも仕方ないと思います。
リオン様はわたくしの様子に驚くこともなく冷静に返事をなさいました。
「だが、上がってしまったものはしょうがないだろう。おとなしく受け入れるしかないんじゃないか?」
まあっ、なんて冷静なリオン様!
少しくらいわたくしの気持ちを汲んでくださってもいいと思いますわ!
ですがあまりにも冷静なリオン様を見ていると、取り乱している自分がバカみたいに思えてきました。
それでわたくしは少し頭を冷やすことができたようです。
ゆっくりと息を吐きだし、軽く頭を振ります。
「いえ、まだ手はあります。王位継承権管理省へ乗り込んで直談判ですわ。リオン様、付いてきてくださいな」
「それは家庭教師の仕事に入るのか?」
などとおっしゃるリオン様の背後に、包丁を持ったエミリーさんが音もなく現れました。
「その発言は、『今夜の夕食はゆで卵だけでいい』という意味ですね?」
「……いや、もうそれは勘弁してくれ。分かった、サツキのお供をしよう」
リオン様は手を上げてお立ち上がりになります。
そしてエミリーさんの方を振り向いておっしゃいました。
「と言うかキミは何者なんだ。気配を消して背後に立つなんて、元暗殺者だったりするのか?」
「ふふ、上級侍女たるもの、これくらいはできて当然でございます。さ、お出かけの間に夕食の準備は終わらせておきます。お気をつけていってらっしゃいませ」
***
わたくしの目的地、王位継承権管理省は城内にございます。
一般の方は入城に許可が必要です。
ですがわたくしは腐っても王女。ですので特に許可証などがなくても入城できました。
リオン様もわたくしの騎士ということにしておいたので問題なく入れましたわ。
城内には相も変わらずキラキラとした宝飾品などが飾られていて、そんなものに縁がない私は気後れしてしまうのです。
この宝飾品や、壁にかけられた絵、柱に施されたレリーフなどは、貧乏人の心を萎縮させるためだけにお揃えになったに違いありません。
なんて悪趣味なの!
こんなものは一つ残らず泥棒さんにでも差し上げてしまえばいいのですわ!
ですがわたくしの隣を歩くリオン様は、城内の厳かで華美な雰囲気に気後れする様子もなく、堂々とした佇まいでいらっしゃいました。
「リオン様はここにいらっしゃったことがあるのですか?」
「いや、ないが?」
「まあ、それにしては堂々とされていますね」
「む、そうだな。これまでに私は色々な国を旅してきた。別の国ではあるが城内には入ったことがある」
とおっしゃるリオン様。
そういえば、わたくしはリオン様のことをよく知りませんわ。
うちに来てまだ日が浅いというのもありますが、リオン様は無口なタイプですし、ご自分のことを話すことを避けているようにも思われます。
街の外で行き倒れておられたのですからワケアリなのでしょうけど……。
わたくしのカンは、リオン様は王国の方ではないと告げておりますわ。
やがて、わたくし達は王位継承権管理省がある部屋へとやってきました。
もう夜だというのに、忙しそうにお仕事をなさっている方々でいっぱいです。
みなさんの机の上には乱雑に書類が散らばっています。
わたくしは雑然とした部屋を一直線に歩いてゆきました。
部屋の奥には、管理省の長である第56王子のサバトお兄様がいらっしゃるはずですわ。
彼の王位継承権は第100位。
これほど王位継承権のランクが高い方は、流石に頭の出来が違います。
とても有能な方だと聞いておりますわ。
基本的には王位継承権が下位のお兄様やお姉様に、あまり賢い方はいらっしゃらないようです。
ですが100位以内ともなると、才気あふれる美男美女ばかり。
王位継承権最下位のわたくしなどは『出涸らし』と言えるでしょう。
部屋の奥にはサバトお兄様がいらっしゃいました。
ですが彼には先客がいらっしゃいました。
なんだか見たことがある方だと思ったら、なんとサファーお姉様ではないですか。
彼女はボディガードの方々を後ろに控えさせ、天上人であられるサバトお兄様に向かってわめいておいでです。
「ですから! どうして、私やクコロお姉様の王位継承権が下がるのですか!?」
「うーん、その理由はキミならよく分かるんじゃないかな?」
「分かりませんわ! きっちりした説明をしてくださいませ!」
彼女に詰め寄られて困ったようなお顔をされるサバトお兄様は、ふとこちらを見てわたくしにお気づきになられました。
そして嬉しそうに手招きをなさいます。
「僕が説明する手間が省けたよ。サファー、後ろを見てごらん。その理由が分かるよ」
「なんですって? 後ろに一体何が……ひっ!? サ、サツキ!」
「サファーお姉様、ご機嫌いかが?」
顔を引きつらせるサファーお姉様に、わたくしは優雅に挨拶します。
天上人のサバトお兄様の前で取り乱した姿は見せられませんからね。
「あ、あ、あなた、何故ここに? まさか私を追って? フクロウはどこ!?」
支離滅裂なことをおっしゃいながらキョドキョドなさるサファーお姉様。
フクロウとは何でしょうか?
レッスンの暗喩かしら?
「サファーお姉様。レッスンの続きでしたらいつでも構いませんよ。お好きなときにいらしてくださいな」
するとサファーお姉様は
「レ、レッスンはもうたくさん! わたくし帰りますわ! サバトお兄様、失礼します!」
と言って、ボディガードの方々を引き連れてバタバタと退室されました。
「いやあ、助かったよ。サファーに絡まれて仕事にならなかったんだ」
とサバトお兄様がお笑いになられます。
「そうですか」
「今日は、キミの王位継承権のことについて聞きたくて来たんだね?」
「そうです! どうして、わたくしの王位継承権が上がるのですか!?」
「うーん、その理由はキミならよく分かるんじゃないかな?」
「分かりませんわ! きっちりした説明をしてくださいませ!」
わたくしが詰め寄ると、サバトお兄様は嬉しそうにおっしゃるのです。
「国王は常に優秀な跡継ぎを探しておられる。優秀な者ほど王位継承権は高くなるべきだとお考えだ。その優秀な者を調査し、見合った王位継承権を与えるために『王位継承権管理省』が設立されたんだ。今回キミの王位継承権が高くなったのは、キミがサファーやクコロを撃退したからだよ」
「サファーお姉様もクコロお姉様もわたくしが手を下したワケではありません! 勝手に自滅なさったのですわ!」
「サファーはどうか知らないが、クコロには魔術試合で圧倒していたじゃないか。学園のグラウンド全体を爆発させるなんて、サツキはすごい魔力量を持っているんだね」
「えっ?」
そういえば、なぜサバトお兄様は、わたくし達が魔術試合をしたことを知っているのかしら?
証拠になりそうな魔術陣は消滅していましたし、見物人のウヅキお姉様にも口止めしておいたというのに。
「どうして知っているのか? というような顔だね。これを見たまえ」
お兄様に言われて指差した先を見ると、そこには大型の魔素液晶があり、わたくしとクコロお姉様の魔術試合の様子が再生されておりました。
「女神の目。僕の最高傑作だ。先日ようやく完成したんだよ。王国内で魔術の反応があれば、即座にその場所の映像を映し出すことが出来る」
えっ、なにそれ怖いわ。
「ははは、安心してくれたまえ。当然、プライバシーには配慮しているよ。現在は公共の場で行われた魔術勝負を記録するにとどめている」
と爽やかにお笑いになられるサバトお兄様。
ですがわたくしは開いた口がふさがりません。
このようなものが存在していれば、今回のようなことがあった時に言い逃れができないではないですか!
どうにかして破壊いたしませんと!
わたくしが憤っていると、サバトお兄様はにこやかにお続けになります。
「ははは、キミには期待している。この歳でこんな魔力量を持っているんだ。いずれは僕を追い抜かして王位継承権二桁台になることもあり得ると睨んでいる。いやあ、こんな逸材が眠っていたなんて、王国も捨てたものじゃないね!」
王位継承権二桁台ですって!?
まかり間違ってそんなレベルに到達してしまったら、他の王位継承者から命を狙われるではないですか。
魑魅魍魎どもから身を守る対策を考えている間に、魔術師として研鑽を積む時間も失われてしまいます。
わたくしはA級魔術師になって、貧しくとも充実した生活を送りたいのです。
そう、わたくしの目標はおかあさまよ!
美人でお茶目なA級魔術師になるのですわ!
そして、おとうさまのようなイケメンA級魔術師と結婚して子どもを生み、その子どもをA級魔術師へと育てるのです!
そうですわ! わたくしの王位継承権が最下位でなくなるなんて、とんでもない!
「わたくし、認めませんわ! 誰がなんと言おうとも、わたくしの王位継承権は20016位のままです!」
「キミは変わった子だねえ、他の兄弟姉妹なら諸手を挙げての大喜びなのに。まあ、王位継承権を詐称しても罪にはならないからキミの好きにすればいい。無意味なことだけどね」
「わたくしの好きにしますわ! 失礼いたします!」
わたくしが退室するために踵を返した時、サバトお兄様がおっしゃいました。
「将来有望なキミのことを気に入ったから、個人的な忠告をしておこう。サファーやクコロをけしかけたのは第72王女のサラサだ。どうやらアクェ殿の前婚約者だったキミのことを憎く思っているようだね。彼女は蛇のようにしつこいから気をつけるんだよ」
「そうでしたか。わたくし、流石に第72王女には逆らえませんわ。身を小さくして嵐が通り過ぎるのを待つばかりです」
するとサバトお兄様は意味ありげな笑顔で「幸運を祈る」とおっしゃるのでした。
***
部屋を出るとすぐにリオン様が口をお開きになられます。
「サツキ、私は魔術試合をすることをキミに禁じていたはずだな?」
……リオン様をお連れしたのは失敗でしたわ。
勝手に魔術試合をしたことは、リオン様には黙っていましたのに。
サバトお兄様が余計なモノを作ったせいで、バレてしまったではないですか!
「ここには、キミを無条件に擁護するエミリー嬢もいない。家に着くまで説教だ。覚悟しなさい」
あの滅多に笑わないリオン様が笑っていらっしゃいますわ!?
以前拝見したステキな笑顔とは違う、黒い笑顔。
わたくしは背筋に冷たいモノを感じながら、リオン様のお顔を見つめ固まるのでした。