第五話 罠にかかる王女
ワクワクしながら眠りについたため、朝早くに目覚めたわたくし。
リビングに出ると、新しくやってきた侍女のエミリーさんが朝食を作ってくださっているところでした。
「おはようございます、エミリーさん」
「サツキ様、おはようございます。すぐにお食事の準備をいたします。少々お待ちくださいませ」
エミリーさんはそう言うと、また台所へ向き直って調理を再開します。
美味しそうな匂いが漂ってきて、お腹が減ってまいります。
それを我慢しながらイスに座って待っていると、リオン様がやってきました。
珍しく早起きしたわたくしを見てリオン様は驚かれたようです。
普段よりも少しだけ大きく目を開いておっしゃいました。
「サツキ、早いな」
「リオン様、おはようございます」
「ああ、おはよう。こんなに早起きしてどうした?」
「リオン様に教わった魔術を教室に仕掛けておいたので、どうなっているのか早く見に行きたいのです」
「ああ、あの魔術か。ということは、また嫌がらせでも受けているのか?」
と、リオン様は心配そうにおっしゃいます。
「心配してくださってありがとうございます。でも、大丈夫ですわ」
「いやキミのことも心配だが、それ以上に相手のことが心配だ。サツキ、前回のようにやり過ぎないように注意しなさい」
なんということでしょう!
リオン様はわたくしのことよりも、犯人さんのことが心配だとおっしゃるのです!
「まあ! ヒドいわ! わたくしのことをそんな風に思ってらっしゃったのね!」
わたくしがそう言うと、出来上がった朝食をテーブルに置いたエミリーさんも頷いてくださいます。
「ええ、リオン様はヒドい方です。そのような方には、これです」
エミリーさんは優雅な動きでテーブルに卵を転がしました。
彼女の動作はとても上品です。
しなやかな指から放たれた卵は、音もなくテーブルに着地して転がっていきます。
クルクルとテーブルの上を転がってくる卵を、慌ててつかむリオン様。
「エミリー、これは?」
と言いながら卵を見つめるリオン様。
その目の前に、塩の容器がトンッと小気味の良い音をたてて置かれます。
「ご存知ありませんか? それは『ゆで卵』というものでございます。どうぞ、お召し上がりくださいませ」
するとリオン様は、卵と塩の容器を見比べながらおっしゃいました。
「私の朝食はこれだけなのか? パンなども貰えるとありがたいのだが……」
などと贅沢なことをおっしゃるリオン様に、
「申し訳ありません。あいにくリオン様の分は切らしておりまして」
と頭を下げるエミリーさん。
「あらあら、エミリーさんは面白い方だわ」
「恐縮でございます、サツキ様」
と言ってエミリーさんはニッコリ笑いました。
彼女はお茶目さんなのね。仲良くなれそうだわ。
わたくしは、一生懸命ゆで卵を剥くリオン様を眺めながら美味しい朝食を頂きました。
***
わたくしが家を出ると、道の前にウヅキお姉様がいらっしゃいました。
彼女は腰に手を当ててわたくしにおっしゃいます。
「遅いわよ! サツキ!」
「おはようございます、ウヅキお姉様。こんな時間にこんな所で何をされているのですか?」
「何って、あなたを待っていたんじゃない」
「わたくし、待ち合わせをした覚えはございませんけれど……?」
「ふん、知っているのよ。あなた、昨日の放課後に自分の机へ何か仕掛けていたでしょう?」
まあ! ウヅキお姉様はわたくしのことを見張っていらしたのかしら?
「驚いたようね。私の目は節穴じゃないわ。あなたが仕掛けたのは、嫌がらせをする犯人を捕まえるための罠、そうよね?」
と彼女は得意そうなお顔でおっしゃいました。
まさかウヅキお姉様がここまで賢くなられていたとは思ってもいませんでしたわ!
ウヅキお姉様ったら成長なさって。
……いえ、違うわ。
ウヅキお姉様は永遠のお子様のハズ。
こんなに賢い方がウヅキお姉様のワケないわ!
この方はニセモノなのではないでしょうか?
わたくしは真偽を確かめるために彼女のお頭を撫でてみました。
「なっなによ、急に! やめなさい! 気安く頭を撫でないで!」
わたくしの手を振り払ってお叫びになるご様子は、まさに小さなお子様です。
ということは、この方は本物のウヅキお姉様?
おかしいわ。こんなに小さな子がこんなに賢いなんて……。
わたくし、ちょっと混乱してまいりました。
「なによ! また失礼なことを考えているのでしょ!」
と怒る彼女に、わたくしは混乱しながらも言いました。
「いえ、ウヅキお姉様の洞察力に驚いていただけですわ」
すると彼女は、
「フンッ、当然ね」
と自慢げに鼻を鳴らすのでした。
幼子の成長は早いわ、とわたくしが考えているとウヅキお姉様がお聞きになります。
「で、何を仕掛けたの?」
「それは学園で説明しましょう。まずは犯人さんの犯行現場をおさえたいと思います」
「フフッ、面白くなってきたじゃない! 早く学園へ行くわよ、サツキ!」
***
わたくし達は学園に着くと、自分たちの向かいの教室に隠れました。
早朝の学園は静かで、まだわたくし達以外に生徒は来ていません。
誰もいない学園は空気が澄み切っていて、心地よい開放感があります。
そこでしばらく息を潜めて待っていると、誰かがわたくし達の教室に入りました。
わたくしは立ち上がってお姉様に声をかけました。
「来たようですわ」
「そうね。サツキ、あなたの席には何を仕掛けてあるの?」
「反射魔術です。魔術を掛けた相手に、効果をそのままお返しする魔術ですわ」
「それ、最高じゃない! その瞬間を見逃す手はないわ。見に行くわよ!」
「ええ、魔術がキチンと発動するか確認したいですわ」
わたくし達が教室のドアに近づくと、女生徒の独り言が聞こえてきます。
ウヅキお姉様はドアを少し開けて隙間を作り、教室の中をお覗きになられました。
わたくしもウヅキお姉様の上から隙間を覗きます。
「……どうして第10000王女は、この魔術に引っ掛からないのかしら? ふん、まったく運のいい妹だわ」
やはり犯人さんは王女のうちの一人でした。
彼女はわたくしの席に向かってブツブツと呟きます。
「妹が姉に逆らうなんて生意気なのよ。王位継承権最下位のくせに! あの妹には早くヒドい目にあってもらわなきゃ、私があの方から叱られるのよ」
『あの方』に叱られる?
ということは、このお姉様に指示を出した別のお姉様がいらっしゃるということかしら?
「大体サファーの『教育』からどうやって逃れたのかしら? 可哀想なサファー、あんなに苦しみながら帰ってきて……あの日からサファーは第10000王女のことを怯え続けているのよ……あとなぜかフクロウのことも」
すると、となりのウヅキお姉様がコソコソお聞きになります。
「ねえ、サツキ。サファーに何をしたの?」
「ええ、わたくしが善意のつもりで行ったことが、サファーお姉様の悲劇となってしまったのですわ」
「どういうことよ! 詳しく教えなさい!」
「後でよろしいですか? 犯人さんが魔術を仕掛けようとしているようですわ」
教室の中では犯人さんが、魔術の準備を始めるところでした。
彼女がわたくしのイスに魔術陣を描くと、そこに赤い光が浮かび上がります。
そして、彼女は呪文を唱えて魔術の設置を完了させました。
するとその瞬間、わたくしが仕掛けた反射魔術が発動いたします。
突然現れた予想外の魔術陣に彼女は慌てふためきますが、何かできるわけでもありません。
彼女の魔術は、そのまま術者へと跳ね返り――。
彼女の頭上に大量のお水が出現しました。
万有引力の法則により、そのお水と、わたくし達が住むこの星は、加速しながら惹かれ合っていきます!
ああっ、ロマンティックですわ!
ですが、それを邪魔するおバカさんが一人。
そのおバカさんは、そのお水を頭からかぶってびしょ濡れになられました。
ですが、それだけでは終わりません。
それに続いて、おバカさんの頭上に大きな金ダライが出現なさいます。
ホホホ、もうどうなったかお分かりですよね?
そうです!
金ダライは、ゴ~ンとマヌケな音をたてて、おバカさんの頭にクリティカルヒットなさいました!
彼女はその場でフラフラとした後、お倒れになってしまわれましたわ。
すぐさまウヅキお姉様は教室に入り、大声でお笑いになられました。
「あははっ、バカみたい! 妹にしてやられる姉! 気分爽快だわ! 一体、何番目の王女なのかしらね、このマヌケな女は? 顔を見てやるわ」
彼女はずぶ濡れの犯人の体をひっくり返して、顔を改めました。
そしてまたお笑いになるのです。
「あらあら、第9567王女のクコロお姉様よ! あははっ、いい気味ね! 私の妹に手を出すからこういうことになるのよ!」
すると、頭を押さえながらフラフラと立ち上がったクコロお姉様は、わたくし達を睨みつけるのです。




