第三話 「ホーホーホー?」「いえ、ホホホです」
わたくしの家の前には、サファーお姉様と数名のボディーガードの方がいらっしゃいました。
わたくしを見るなり、サファーお姉様はお叫びになります。
「サツキさん! どうして屋上にいらっしゃらなかったのかしら!? 私、ずっと待っていましたのよ!」
まったく、やかましい方ですわ。
近所迷惑ではありませんか。
わたくしはそんな風に思いながらも、頭を下げて謝罪します。
「申し訳ございません。サファーお姉様にイジメられるのが怖かったものですから」
「『イジメ』ではないわ『教育』よ! 大体どうやって学園を抜け出したの!? 出入り口には私のボディーガードが見張っていたというのに!」
「いえ、いらっしゃいませんでしたわ」
「どういうこと!? あなた達! まさか、私の命令を無視しておサボりに!?」
サファーお姉様は、黒装束のボディーガードの方々へ振り返って、キッと睨みつけます。
ボディーガードの方々は慌てて首を横にお振りになります。
ですが、サファーお姉様はそれにも構わずお叫びになりました。
「あなた達、減給よ! こんな簡単な命令も聞けないなんて!」
わたくしは、お怒りになるサファーお姉様をなだめます。
「サファーお姉様、お待ちくださいませ。ボディーガードの方々は悪くありませんわ」
すると、
「どういうことなの?」
と苛立ちながら聞き返すサファーお姉様。
「わたくしはお姉様とお別れした後、すぐ学園を出ましたの。その時ボディーガードの方々は、まだお姉様の命令を聞いていなかったハズです」
「なんですって? では、私がボディーガードに命令した頃には……」
「はい、わたくしは家でティータイムを楽しんでいました」
それを聞いたサファーお姉様は、拳を強く握ってお震えになるのです。
「そんな……それでは、ボディーガードに意味のない命令をしたうえ、来るはずのないあなたを待っていた私は、バカみたいではないですか!」
「ええ」
「『ええ』ではありませんわ! なんて失礼な妹なの!」
お姉様はお怒りですが、彼女の疑問にはお答えできましたわ。
ですので本題に入りましょう。
「わたくし、サファーお姉様に言いたかったことがございますの」
「何かしら! 突然!」
「実は、お姉様にお会いしてから、ずっと気になっていたことがあるのですわ」
「だから、それは何なのかしら!」
わたくしはコホンと咳払いをして切り出します。
「お姉様は、ホホホと笑うことがあまりお上手では無いようです。お姉様の笑い声は、フクロウの鳴き声のようですわ」
「なっ!? どういうことですの!」
「ですから、お姉様の笑い声はフクロウの鳴き声そっくりなのですわ」
「そんなことあるわけ――」
「そんなことありますわ。ボディガードの方々にお聞きになればお分かりになります」
サファーお姉様が振り返ると、ボディガードの方々は気まずそうに視線をそらしました。
彼らの行動は、わたくしの言ったことが事実であることを示しています。
ボディガードの方々を見て、お姉様はワナワナと震えだしました。
そして、
「あなた達、私を見ていて影でこっそり笑ってらしたのね……解雇よ! あなた達、解雇ですわ!」
と、お喚きになられました。
取り乱すサファーお姉様を見て、わたくしの溜飲は下がったようです。
お姉様がなさった嫌がらせに対する仕返しは、これくらいにしておきましょうか。
もちろん『フクロウの鳴き声』とけなすだけでなく、ちゃんとフォローもしますわ。
しっかりフォローすれば、お姉様もおとなしく帰ってくださると思うのです。
ボディガードの方々にわめき散らすサファーお姉様に、わたくしは言いました。
「お待ち下さい、お姉様。その方々を解雇なさるよりも先にすることがありますわ。淑女にふさわしい笑い方を、わたくしと一緒に練習いたしましょう。上品な笑い方をマスターできれば、お姉様も立派な淑女の仲間入りですわ」
するとお姉様はジトリと私を見つめます。
「あなた、一体何が狙いでそんなことを……ハッ!? 私の弱みを握るおつもりね! その手には乗りませんわ!」
「何をおっしゃいますの? わたくしごときがお姉様の弱みを握ったところで、何かできるはずもございません。貧乏貴族の娘ですもの」
わたくしが手のひらを向けると、サファーお姉様は声のトーンを落とします。
「それは、そうでしょうけど……」
「でしょう? さあ、レッスンをはじめましょう。わたくしが笑った後へお続きになって。『ホホホ』」
思案げにわたくしを見つめるサファーお姉様。
しばらく考えたあと、彼女は頭を振りお叫びになられました。
「やはり無理ですわ! あなたにモノを教わるなど!」
「では、どなたから教わるというのです? ご家族? ご学友? きっとみなさん、お姉様に気を使って指摘しなかったのですわ。そのような方たちに、改めて笑い方のレッスンをお願いするというのも恥ずかしいではありませんか」
わたくしがそう言うと、サファーお姉様は悔しそうに地面をお見つめになります。
そして、歯をギリギリさせながらおっしゃいました。
「くっ……仕方ありませんわね」
「お分かりになっていただけました? では、もう一度いきますわ。『ホホホ』」
「……ホッホーホホ」
「違います、ホホホですわ。お姉様」
「ホッホーホッホ」
「まだまだですわ。さあ、もう一度。ホホホです」
「くっ、ホホーッホ」
「先ほどより良くなっていますわ、ホホホです!」
「ホホーホ。どうかしら?」
「おしい! おしいわ! ホホホです!」
「ホッホーホー」
「頑張って! お姉様! ホホホ、ですわ!」
「ホーホーホー」
「それではフクロウですわ! ホホホ! です!」
「ホーホーホーホー」
「だからそれはフクロウです! ホホホ!」
「ホッホーッホ、ンホー!」
「ンホー! ではありません! ホホホ、です!」
「ホッホ、ホッホ、ホッホ、ホッホ」
「それはワザとやっているのですか!? ホホホです!」
「ウホホッ、ウホー、ウホッ?」
「ふざけないでくださいませ! ホホホ、です!」
「ホーッ、ホーッ、ホホー、ホッ? ゴホッゴホッ!」
「もうお姉様! ホ・ホ・ホです……あら?」
「ゴホッゴホッゴホッ! ゴヒュ!? ヒッ、ヒッ、フー! ヒッ、ヒッ、フー! ヒッ、ヒッ、フー!」
大変!
サファーお姉様は、苦しそうに呼吸を繰り返していらっしゃいます!
「いけません! ボディガードの方々! お姉様は呼吸困難になってしまわれたわ! 早くお助けになって!」
わたくしは振り向いて叫びました。
ボディガードの方々は「サファー様!」と言いながら駆け寄ると、見事な連携で素早くお姉様を担ぎ、そのままどこかへお運びになってしまわれました。
家の前にはわたくしとリオン様が取り残されます。
サファーお姉様がいなくなって、辺りは静寂を取り戻しました。
今までの騒がしさがウソのよう。
そんな中、わたくしはポツリと呟きました。
「おいたわしや、サファーお姉様。きっとレッスンに夢中になるあまり、息を吸うのをお忘れになられたのね」
するとリオン様がおっしゃいます。
「彼女をあそこまで追い込んだのはキミでは……?」
「そんなことをおっしゃらないで。わたくし、サファーお姉様を苦しめるつもりはありませんでした。ただ、上品な笑い方をマスターしてもらえば、満足して帰っていただけるかと思ったのです」
「まあ、確かにマスターできれば、満足はしたかもしれないが」
「そうでしょう? それにわたくしは誰も指摘しなかったことをズバリ言ったのです。今後サファーお姉様は、おかしな笑い方をして恥をかくことはなくなったはずですわ」
リオン様は腕を組んで首を傾げると、わたくしにおっしゃいました。
「それはどうだろう? 結局、彼女は上手くホホホと笑えてなかったじゃないか」
……そう言われればそうでしたね。
お姉様はレッスンが完了する前にお倒れになったのでしたわ。
「ホホホ、これからのお姉様の努力に期待いたしましょう」
リオン様のもっともな指摘に、わたくしはホホホと笑ってごまかすことしかできませんでした。
***
サファーお姉様を撃退してから数日後。
わたくしの両親は、国の命令によって遠い街へ出張することになってしまいました。
突然の出張命令に、我が家はてんやわんやです。
「ああ、サツキ! あなたと離れて暮らさなくてはならないなんて!」
おかあさまは、わたくしを抱きしめて言います。
「おかあさま、大げさです。ほんの数週間のことですわ」
おとうさまは、わたくしの肩に手を置いて言います。
「サツキ、お前のために優秀な侍女を雇った。それに、お前を守るための強力な魔導人形も買ったぞ」
「まあ、魔導人形なんて高価なものを? うちにそんなお金があったのですか?」
「お前を守るためなら安いものだ。だがそれでも心配だ! こうなったら、家全体に大結界を張って……」
「おとうさま、落ち着いてくださいませ。それだとわたくしも出入りできなくなってしまいますわ」
わたくしは二人をなだめ続けました。
そして出発ギリギリの時間になってようやく、おとうさまとおかあさまは出張先へ向かわれたのでした。
***
両親が出張に行って、次の日のこと。
またもや、学園でわたくしへの嫌がらせが始まったのですわ。
どうやら、わたくしに向けて新たな刺客が放たれたようです。