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第二話 愉快な姉と不愉快な姉

 わたくしは涙を拭います。

 顔がニヤけるのを止められません。


 当然嬉し泣きですわ。

 そして嬉しさのあまり、午後からの講義も放り出して家へと駆け出しました。


「やった! 婚約破棄! あの腹の出たクソブタと、結婚せずにすむなんて!」


 わたくし、この時ばかりは淑女ではいられませんでしたわ。

 周りの目も気にせず、ガッツポーズをして全速力で走り抜けました。




 家にたどり着くと、休暇中だったおとうさまに婚約破棄されたことを報告します。


「おとうさま! おとうさま! 私ね、婚約破棄されたよ!」


「なにっ! それは本当か、サツキ! ハッハッハ、これはめでたい! 今夜は『ガッツリご飯亭』でお祝いだ!」


「ええっ、あの超人気レストランで!? おとうさま、カッコイイ!」



 お仕事からお帰りになったおかあさまにもご報告します。


「おかあさま! 私、あのクソブタと結婚せずにすむの! 婚約破棄されたんだよ!」


「まあ、本当に!? なんてステキなの! お祝いにあなたの欲しがっていた『星くずロッド』を買ってあげましょう!」


「ほんと!? おかあさま、大好き!」


 今日はめでたい一家の記念日ですわ。


 その夜は、呆れたように私達を見るリオン様も一緒に、『ガッツリご飯亭』でごちそうをおよばれになりました。



***



 次の日わたくしが教室に入ると、皆さんサッと視線をそむけるのです。

 何ごとかしらと思いながら自分のイスに座ると、わたくしのクラスメートでもある第9999王女のお姉様が近づいてきました。


 このお姉さまは、ウヅキ様とおっしゃいます。

 わたくしよりも2.6秒早くお生まれになったお姉様ですわ。


 ウヅキお姉様の王位継承権(戦闘力ランキング)は、第20015位。

 とは言え、彼女は名家の生まれでいらっしゃいます。

 権力的な面で、わたくしは全く歯が立ちません。


 ほんの少しお頭が残念なのがたまにキズですが、小柄な可愛らしい方なのです。


 ウヅキお姉様はニヤリとしておっしゃいます。


「サツキ。あなた、アクェ様に婚約破棄されたのですってね。ふふっ、いい気味だわ」


「はい、本当に嬉しい(ざんねん)です」


「残念ですって? 分かってないわね。あなた、これから大変よ。これまでは、名ばかりとはいえアクェ様の婚約者だったから手出しされなかったのよ。孤立したあなたをお姉様方が放っておくハズないわ。せいぜい、怯えて過ごすことね」


「はあ」


「まあ、イジメにどうしても耐えられなくなったら……そのっ、私が助けてあげないでもないけどっ?」


「いえ、結構ですわ。ご忠告、痛み入ります」


「なっ、なんなの! 私がせっかく助けてあげるって言ってるのにっ! フン! 余裕ぶっちゃって! 本当はガクガクブルブルビクビクしちゃってるくせに!」


「わたくし、恐ろしくて、ウヅキお姉様のように頭の中が空っぽになっているのですわ」


「ふふん、そうでしょうね! あなたが地獄へ落ちるところ、じっくり見物させてもらうわ!」


 こんなにも直接的な皮肉が通じないのですから、ウヅキお姉様は、恐ろしい方ですわ。


 彼女は、授業の成績や魔術の腕で、妹のわたくしに負けまいと頑張る健気な子なのです。


 ただ少し。

 ほんの少しだけ、オツムが不足気味でいらっしゃるだけで。



***



 それからしばらくすると、ウヅキお姉様の予言どおり学園で嫌がらせを受けるようになりました。

 机の上に落書きされていたり、イスに画鋲が置かれていたり、靴が隠されたり。


 末子ということで昔から嫌がらせを受けていたわたくしには、まったく効果はありませんわ。

 ですが、これが毎日続くとちょっと面倒ですわね。


 机を掃除し、画鋲を払い、靴を探し出します。


 ふう、これが日常化する前に、犯人さんに注意したほうがよろしいかしら?


 ふと顔を上げると、ウヅキお姉様がチラチラと、心配そうにこちらを見守ってらっしゃいます。

 わたくしが視線を向けると、彼女はビクリと小さなお体を震わせました。


 わたくしが立ち上がり、彼女のそばへ寄ってみると、


「なななによ! 言っとくけど私がやったんじゃないわよ! わっ、わたしは高みの見物で……」


 と、涙目でお焦りになられるウヅキお姉様。


「分かっていますわ。ウヅキお姉様は、このようなせせこましいことはなさりませんものね」


「ふん! なによ、分かってるじゃない」


 お姉様はささやかな胸を張って、お威張りになるのでした。


「ところでお姉様、わたくしの机を汚した方をご存知ですか?」


「え? ええ、まあね。フフン、教えてほしい?」


 ウヅキお姉様は得意そうなお顔でわたくしを見ます。

 その小憎たらしいお顔にわたくしは、


「あ、いえ、結構ですわ」

「なんでよ! 聞きなさいよ! 犯人は、第9646王女よ!」


 ウヅキお姉様、おチョロすぎですわ。


 第9646王女といえば、アクェ様と婚約なさったサラサお姉様と、実家が同じでしたわね。


 たしかサファー様という方でしたわ。

 入学したときから、わたくしを目の敵にしていたお姉様です。


 サファーお姉様はわたくしより二つ上。

 わざわざ下級生の教室までやってきて、わたくしの机にステキな絵を描いていかれたのかしら?

 何かお礼をさせていただかないと。




 講義を終えたわたくしは、サファーお姉様を探すために上級生棟へとやってきました。


 サファーお姉様はすぐ見つけることができましたわ。


 棟の中庭で笑い声を上げて、取り巻きの方々とお茶をお楽しみになっていましたから。


「ホホホー、第10000王女のサツキは、今頃どうしているのかしら? 汚らしい机でお勉強しているのかしら?」


 サファーお姉様が笑うと、取り巻きの方々も笑います。


「ええ、きっとそうですわ。お尻に画鋲が刺さったまま」

「ええ、そして裸足のまま」


「ホホホーッ、あの、けがらわしい妹にはお似合いだわ!」


 わたくしは中庭へ足を踏み入れました。

 すると取り巻きの方がわたくしに気付き、サファーお姉様に目配せをします。

 サファーお姉様は振り向いて私を認めると、こうおっしゃいました。


「あら、第10000王女のサツキさん、ここは上級生棟ですわ。迷子におなりかしら?」


「いえ、実はわたくし、ある方を探しておりまして」


「貧乏貴族の娘に知り合いがいたなんて初耳ですわ!」


 サファーお姉様と取り巻きの方々はお笑いになられます。


「ええ、その方は本当に頭が残念で、不愉快な方なのですが」


「あらあら、貧相なあなたにふさわしいお知り合いの方だわ」


 オホホ、その方とはサファーお姉様のことですよ。

 わたくしは微笑んで、サファーお姉様に尋ねます。


「お姉様方にお聞きしたいのですが、わたくしの机に……」

「証拠はあるのかしら!」


 と、突然お叫びになられるサファーお姉様。


 わたくし、まだほとんど何も言っておりませんのに。

 これでは、私が犯人ですと仰っているようなものではなくって?


 わたくしが、サファーお姉さまの迂闊さに驚いていると、彼女はフンと鼻を鳴らしておっしゃるのです。


「私を疑っているのね。分かったわ。放課後、屋上にいらっしゃいな。礼をわきまえない妹は教育しないとね。オッホホホー、言っておくけれど、逃げても無駄よ。学園には私のボディガードがいるのよ! 放課後には門の前で見張らせておくから、あなたは学園の外には出られないわ!」


「まあ、恐ろしいわ」


「ホーホーホー、今更お気付きになっても遅いわ! ホホーホ、ホー、ホー、ンホーッホーホーッホッ!」


 上手にホホホと笑えないサファーお姉様は、フクロウの鳴き声を真似ながらお立ち去りになりました。




 わたくしは、そのまま帰ることにしました。


 上級生の方々はこの後も講義がおありかもしれません。

 ですが、わたくし達下級生のクラスは本日の講義は終わっているのです。


 放課後までサファーお姉様を待っていられませんわ。

 彼女のボディガードが門にお張り付きになる前に学園を出ましょう。




 わたくしは何事もなく家に帰りました。

 リオン様が淹れてくださった紅茶を飲んでまったりしていると、玄関でフクロウのような騒がしい声がします。


「なんでしょう? リオン様、ちょっと見てきてくださらない?」


 するとリオン様は渋ります。


「私はこの家の召使ではないのだが……」


「ではタダ飯喰らいかしら? 今、リオン様は家庭教師としてのお仕事をされていませんわよね?」


「いや、今は常識はずれなキミに合うカリキュラムを苦心して考えて……いや、分かった。見てこよう」


 リオン様は頭を振って、玄関へと向かいました。


 やがて、けたたましい女の方の声と、リオン様の冷静な声が交互に聞こえてきます。


 しばらくするとリオン様が戻ってきました。


「サツキ、キミに来客だ」


「まあ、わたくしに? おかしいですわね。わたくし、フクロウにお知り合いはおりませんわ。お引き取りいただきましょう」


「フクロウって……」


「リオン様、追い払ってくださるでしょう?」


「ふむ? 力づくでいいなら出来るが」


「まあ、暴力はダメよ。仕方ありませんわ。フクロウの取り扱い方を教えて差し上げます。リオン様、付いてきてくださいな」

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