第一話 家庭教師登場、そして突然の婚約破棄
わたくしの目の前には、おとうさまとおかあさま、そして背の高い黒髪の男の方がいらっしゃいます。
黒髪の方はリオン様とおっしゃる方だそう。
街の外で行き倒れていたリオン様を、偶然通りかかったわたくしの両親が助けたらしいのです。
そしてリオン様のことを気に入った両親は、わたくしの家庭教師にするつもりで連れ帰ったのです。
先程から両親は、リオン様の長所をしきりにアピールするのですわ。
「ほら、リオンさんのお顔をご覧なさい。イケメンじゃないの」
と、おかあさまが言いました。
「わたくし、顔がいいだけの男の方には興味ございませんの」
渋るわたくしにおとうさまが言います。
「リオン君は、素晴らしい剣術の使い手だぞ」
「わたくし、お強い方は好きです。ですけどリオン様は魔術が得意でないのでしょう? 魔術が得意でない剣士さまが、どうやってわたくしに魔術を教えるというのですか?」
「まあまあ、そう言わずに。リオン君は博識だぞ。お前の知りたいことを何だって教えてくれるはずだ。さあ、リオン君も娘に何か話してやってくれ」
すると、それまで黙ったままだったリオン様はようやく口をお開きになられました。
「む、そうですね。サツキお嬢さま、私は魔術は得意ではないが、魔術教師としてならば自信がある。これまでにA級魔術師を育て上げた実績もある。キミが立派な淑女になると約束するのなら、キミをA級魔術師のレベルまで引き上げることを約束しよう」
「まあ、王国に10人といないA級魔術師を育てたですって? A級魔術師というのは、おとうさま、おかあさまレベルの魔術師の事をいうのですよ。魔術が得意でないあなたが、そんなことをおっしゃっても、まるで説得力がありませんわ」
「だが事実だ」
「信じられません」
「サツキお嬢さま、私は――」
「その『お嬢さま』というのはおやめになってくださらない?」
「やめたら信じてくれるか?」
リオン様がわたくしの目を見つめます。
リオン様のまっすぐな目。
その眼力に負けたわたくしは視線をそらして、息を吐き出しました。
「しかたがないですわね。信じるわけではございませんが、家庭教師としてあなたを受け入れます。それに、おとうさまとおかあさまがわざわざ連れてきてくださった方ですもの。わたくしが断れるはずありませんわ」
わたくしは、おとうさま、おかあさまのお顔をたてるつもりで、家庭教師リオン様の言うことを聞いて頑張りました。
思いの外、リオン様は魔術を教えるのがお上手でした。
わたくしもレッスンにのめり込みます。
わたくしが楽しそうにリオン様のレッスンを受けているところを見て、おとうさま、おかあさまは喜んでくれるのです。
「サツキ、やはりお前は魔術の天才だ! そして、リオン君、君は家庭教師の天才だ!」
「さすが私の娘ね! リオンさん、イケメン! 結婚して!」
などと二人は言うのですわ。
まったく親バカなんだから。
それからおとうさまは、おかあさまの言動に注意なさって!
***
さて、つい最近までわたくしには有力貴族の婚約者がおりました。
アクェ・チョンコサ様という面白いお名前の方です。
彼の特徴は可愛らしい子ブタのような体型。
良く言えば、ぽっちゃり系ですわ。
アクェ様はいつでも自信満々で、周りの人間を見下しておられます。
実家の権力をカサにきては、学園の同級生や後輩たちをいじめていたようです。
ですが上級生には決して手をお出しになりませんでした。
体の大きい方が怖いのでしょう。
彼は上級生の棟には近づくことさえしませんでした。
わたくしの婚約者がどういう方か、お分かりになられました?
え? 分からない?
では一言に要約します。
アクェ様は卑屈なクソブタですわ。
名ばかりの婚約者とはいえ、わたくしのことなど興味もないアクェ様。
わたくしの方も、アクェ様を遠くから見たことはございますが話しかけたことはございません。
彼は、第10000王女の10000というキリの良い数に興味を持っただけなのだと噂でお聞きしました。
彼に婚約を申し込まれた時、わたくしの両親は嘆き悲しみました。
ブタに娘はやれない! と。
ですが、両親は王国教導魔術師とは言え、家格はアクェ様の家よりだいぶ下。
婚約をお断りした場合、アクェ様が色々と手を回すことも考えられます。
教導魔術師としてのお仕事を干されてしまうかもしれません。
わたくしは育ててくださった二人に苦労をかけたくありませんでした。
ですのでアクェ様との婚約を受け入れることにしたのです。
***
それは、家庭教師のリオン様がいらして次の日のことでした。
わたくしが学園の廊下を歩いていると、アクェ様がいらっしゃいました。
そしてわたくしの目の前で立ち止まると、大勢の生徒がいる中いきなりおっしゃいました。
「お前がサツキだな。よく聞け。私、アクェ・チョンコサは第10000王女サツキとの婚約破棄を宣言する! この場にいる者たちよ! お前たちを証人とする!」
前ぶれもなく突然始まった婚約解消劇。
わたくしたちの周りに、野次馬となられた生徒たちがお集まりになります。
しんと静まり返った廊下で、わたくしたちの動向を、彼らは固唾を呑んで見守っています。
驚いているわたくしに、アクェ様が鼻を鳴らしておっしゃいました。
「フン、第10000王女という数のキリが良いだけの娘と婚約していたなど、今では考えるだけでも恥ずかしい。私は第72王女サラサ様と婚約する事になったのだ」
そこまでお聞きし、婚約破棄されたのだとようやく理解して、わたくしは泣き出してしまいます。
するとアクェ様は、
「私の妻になれないのがそんなに悲しいか? フン、貧乏貴族の娘が! ひとときの夢を見れたことを感謝するのだな。だが、二度と私の前に現れてくれるなよ、第10000王女。ハハハハハ!」
アクェ様はそう言い捨ててお立ち去りになりました。
周りの生徒達は泣いているわたくしに関わらないようにと、その場を離れました。
そして、一人取り残されたわたくしは――