第十四話 極道王女
真っ赤に光る魔石は破裂し、それと同時に大爆発を起こしました。
轟音とともに閃光、爆風が発生し、視界が白く染まります。
リオン様とミナヅキは、わたくしの前に出て爆風から守ってくださいます。
お陰で吹き飛ばされるようなこともありませんでした。
爆風が収まると、リオン様はわたくしに言いました。
「サツキ、ケガはないか?」
「ええ、大丈夫です。守っていただいてありがとうございます」
「かまわない。罠にかかった事については小言を言いたい所だが……それは後にしよう」
リオン様はそう言って上を見上げました。
天井や屋根は吹き飛んでいて、そこから雲一つない青空が見えます。
爆発によって、ブラック商会のお屋敷は半壊してしまったのです。
わたくしたちのいた部屋は、完全に更地となっております。
爆心地にいらっしゃった、黒いローブの魔術師さんはどこにも見当たりません。
どこにお隠れになったのかしら?
わたくしがキョロキョロと辺りを見回していると、上空からバラバラと何かが落ちてきました。
リオン様は、落下物からわたくしをかばってくださいました。
「屋根の破片だな。爆発の勢いで上空に打ち上げられた屋根が落ちてきたんだろう」
と、リオン様。
すると屋根の破片に混じって、黒いローブの魔術師さんも落ちてきました。
彼も上空に打ち上げられていたようです。
空の旅を堪能した彼は、爆発の影響で髪の毛がチリチリになり、ファンキーなアフロヘッドになっておいでですわ。
うめき声をあげながらピクピク動いていらっしゃるので、なんとか生きておいでのようです。
彼が生きていたことにホッとしたわたくしは、魔術試合のことを思い出しましたわ。
「この魔術師さんは起き上がれないようなので、魔術試合はわたくしの不戦勝、ということでいいですよね」
自慢げに胸を張るわたくし。
ですがリオン様は、
「それはどんな理屈だ。そもそも魔術試合はキミから魔力を奪うための罠だった。単に、キミはこの男の罠にハマっただけだ」
そのようにおっしゃる彼の眉間に、段々とシワが寄っていきます。
あら、このパターンはまさか……
「キミは魔術と聞けば簡単に目の色を変える。A級魔術師になりたいのはよく分かったが、もう少し落ち着きなさい。目の前に出された餌にすぐ飛びつくものではない」
やはりお説教が始まりましたわ。
わたくしは青空の下、お倒れになっている魔術師さんを横目に、リオン様のお叱りを受けることになってしまいました。
わたくしがお説教を受けている間、魔導人形のミナヅキは辺りを調査していました。
やがて彼女は隠し階段を見つけ出します。
何のへんてつもない、ただの床だと思っていたパネルがスライドし、地下への階段が現れました。
「サツキお姉様、ここから地下に行けるようです。ヨイチお兄様とトウカお兄様はこの先にいらっしゃいます」
***
わたくし達は階段を降り、薄暗い一本道の廊下を歩いていきます。
先程の爆発でも崩れなかったことを考えると、地下は丈夫にできているのでしょう。
「ふむ、ここは有事の際の避難所も兼ねているのだろうな。私が切った屋敷のドアと材質が似ている」
リオン様は廊下の壁をコンコン叩きながらおっしゃいました。
その頑丈な廊下の先には明かりが見えます。
そこに座敷牢のある部屋があるようです。
わたくし達は気配を消してその部屋に近づいていきました。
そこからはヨイチお兄様とトウカお兄様、そして女性の声が聞こえてきました。
「ヨイチ、意地を張るのを止めてアタイの子分になりな」
「だからイヤだって言ってんだろーが!」
「はぁ、そうかい。トウカはどうだい?」
「お断りだね」
「頑固だねぇ、待遇だってよくしてやるって言ってるのにさぁ」
二人を勧誘している女性はティレニア姐さんのようです。
部屋の入口からそっと覗くと、ティレニア姐さんが二人に向かって肩をすくめています。
「まあ、いいさ。それならサツキを釣るエサとして使わせてもらうだけさ」
ヨイチお兄様が叫びます。
「サツキに何をする気だ!」
「なあに、命まで取る気はないさ。ちょいと痛い目にあってもらうだけだよ」
「無理だぜ。サツキを守っているリオン殿がいる」
「ああ、知ってるよ。やたらと強い護衛がいるんだろ? だからこうやって面倒な搦め手をやってんだ。あんたら二人をさらえばサツキたちは血眼になって探すだろう? 探し疲れて、気力も体力もダウンしているところを狙って襲う。護衛も一緒にボコボコにしてやるよ」
ケラケラ笑うティレニア姐さんに、トウカお兄様が言いました。
「僕達がブラック商会に入ったら、サツキを狙うのを止めてくれるのか?」
「そりゃできない相談だよ。個人的にはそれでもいいんだけどねえ。サツキの件は第72王女のサラサから請け負った仕事なんだ。これまでにもずいぶん稼がせてもらってるお得意様だからね。いまさらキャンセルはできないのさ」
なるほど、黒幕は第72王女サラサお姉様でしたのね。
本当にヘビのようにしつこいお方。
ご自分の手は汚さずに、他のお姉様方をけしかけるなんて彼女らしいわ。
汚いサラサお姉様にはまた今度ご挨拶に伺いましょう。
まずはティレニア姐さんに今回の騒動の落とし前をつけてもらいましょうか!
「ティレニア姐さん、お二人を返してもらいにきましたわ!」
わたくしが部屋に踏み込むと、ティレニア姐さんは、
「なっ、サツキ!? なんでここが分かった!?」
と、突然現れたわたくしに驚きます。
「オホホホ、お企みは全て聞かせていただきましたわ! ティレニア姐さん、第72王女サラサお姉様と一緒に『治安維持省』に突き出して差し上げますわ! 余罪を数えて余生を過ごしてくださいな!」
わたくしが叫ぶと、彼女は鼻でお笑いになります。
「ふん、無駄だよ! 第72王女サラサの権力の前じゃ治安維持省なんて張子の虎さ!」
「では、せめてブラック商会をお潰しして差し上げます。リオン様、お願いしますわ!」
わたくしがそう言うとリオン様が前に出ます。
「おや、アンタがサツキの護衛かい? なかなか良い男じゃないか。どうだい、ブラック商会に入る気はないかい?」
唐突に勧誘を始めるティレニア姐さんに、リオン様は刀を構えておっしゃいました。
「今日潰れる悪徳商会に身を寄せる気はないな」
「はん! 言ってくれるじゃないか。潰れるのはあんたらの方さ! 後で後悔するんじゃないよ!」
ティレニア姐さんが手で合図すると、ヨイチお兄様とトウカお兄様の周りに、十名ほどのナイフを持った黒服の方々が現れます。
そしてその方々は、ナイフを二人の首筋に突きつけるのです!
「動くんじゃないよ! 動いたら、ヨイチとトウカがどうなっても知らないからね!」
ティレニア姐さんが叫んで、リオン様は歩みを止めます。
そしてティレニア姐さんは意地の悪そうな笑みをわたくしに向けました。
「さあ、サツキ。アンタが選びな。ヨイチとトウカが死ぬか、それともアンタがボコボコにされるか」
まあっ、なんて卑怯な方なのかしら!
わたくし、ティレニア姐さんのことを見損ないましたわ!
「卑怯なヤツだって思ってるんだろう? その通りさ! 結果が出せりゃあ、過程はどうだっていいんだよ! 卑怯だろうがなんだろうが勝てばいいのさぁ!」
ティレニア姐さんは開き直ってお叫びになります。
これはピンチですわ。
卑怯なティレニア姐さんを核撃爆破で爆発させたいところですが、指輪がない今、魔術を使えば敵味方関係なく爆発させてしまうことは必至です。
一体どうすればよいのでしょう?
わたくしがボコボコになる以外に選択肢はないのでしょうか?
わたくしが悩んでいると、ミナヅキが言いました。
「私に任せてください」
それを聞いてティレニア姐さんはお笑いになります。
「ハハハッ、おバカで有名なウヅキが何言ってんだい! 何かできるもんならやってみな!」
どうやら、ミナヅキのことをウヅキお姉様と勘違いしてらっしゃるようです。
ミナヅキのことをおバカだと思うなんて、ティレニア姐さんの目はお腐りなのでしょうね。
目がお腐りのティレニア姐さんに、ミナヅキは言いました。
「ではやってみましょう。魔素光線」
ミナヅキが両手を前に出した瞬間、彼女の指から何十本もの細い光が放たれました。
そのレーザーは正確に、寸部違わず黒服の方々が持つナイフに命中しました。
全てのナイフの刃はレーザーに焼き切られて、根本からポロリと落ちましたわ。
黒服の方々が持っているものは刃のないナイフ。
無用の長物とおなりですわ。
更にミナヅキはレーザーを発し、ヨイチお兄様とトウカお兄様を縛っていた縄も焼き切りました。
最初はレーザーに驚いていたお二人ですが、自由の身になったと分かると黒服相手に大暴れを始めます。
一瞬のうちに形勢逆転されたティレニア姐さんは、座敷牢とミナヅキを交互に見て驚いておりますわ。
「い、今何しやがったんだい! ウヅキ!」
「魔素光線です。それから私はミナヅキです。ウヅキお姉様ではありません」
「何言ってんだい! どう見たってウヅキじゃないか!」
そのように言い張るティレニア姐さんには、やはり目の治療が必要ですわね。
さて、ミナヅキの活躍で勝敗は決まりました。
座敷牢のなかの黒服の方々は全員お倒れになっています。
ヨイチお兄様とトウカお兄様がお倒しになったのですわ。
部屋にはティレニア姐さんが残るのみ。
ティレニア姐さんはお諦めになったのでしょう。
膝をついてうなだれています。
彼女を縛り上げ、治安維持省に連絡しようとした時、黒服の方が叫びながらやってきました。
「姐さん! 大変だ! 治安維持省が来やがった! ガサ入れだ!」
連絡する手間が省けましたわね。
屋敷が爆発したので、その騒ぎを聞きつけて出動したのでしょう。
すぐに白いマントを纏った方々が入ってきました。
白マントの方々は、訓練された動きでティレニア姐さんを取り囲みました。
「治安維持省だ! 第8930王女ティレニア! お前を逮捕する!」
ホホホ、ティレニア姐さんは手錠をかけられて連行されていきますわ。
これで、ブラック商会の悪事は白日の下に晒されることになるでしょう。
ふとリオン様を見ると、彼まで手錠をかけられていました。
あらあら、リオン様は黒いマントを羽織ってらっしゃるので、ブラック商会の方と間違われたのでしょう。
あとで、治安維持省に迎えに行かないといけませんね。
あら?
ヨイチお兄様とトウカお兄様も捕まってしまいましたわ。
お二人は被害者ですのに!
わたくし、断固抗議いたしますわ!
わたくしは抗議のために白マントの方に詰め寄りました。
すると、彼はわたくしに手錠をかけました。
えっ……わたくしも逮捕、なのですか?