第十話 「ちわーす。配達率100%、安心と信頼の『飛竜便』でーす」
わたくしたちは大ピンチです!
……仕方ありませんわ。
三人ともボコボコにされるくらいなら、覚悟を決めて攻撃魔術を放つしかありません。
攻撃魔術を人に放つのは抵抗がありますし、リオン様にも禁止されているのですが、そのような悠長なことを言っている場面でもありません!
わたくしが意を決して魔術陣を描こうとした時です。
ガチャリと音がして、家のドアが開きました。
そして中からリオン様が出ていらっしゃいましたわ。
庭にいる全員が、突然出てきた背の高い男に注意を払っています。
注目を集めるリオン様は、まっすぐにわたくしの目の前へやって来ると、
「ギリギリまで『攻撃魔術を人に向けない』という言いつけを守ったことは褒めておこう。だが、最後の挑発はなんだ? 相手を怒らせ、自分を窮地に陥らせることになんの意味がある? もっとよく考えて発言しなさい」
といきなりお説教を始めるのですよ!
「リオン様! まさかずっと見ていらしたのに助けてくださらなかったのですか!」
わたくしが声を荒げるとリオン様は、
「キミが上手く立ち回るかもしれないと思って家の中から見守っていた。だが、キミがいきなり挑発を始めるものだから、これはイカンと思って出てきたんだ。キミを守っていた二人も、キミの言動にヒヤヒヤしていたぞ」
わたくしがヨイチお兄様とトウカお兄様を見ると、二人はウンウンと頷いていらっしゃいました。
リオン様は真面目なお顔でおっしゃいます。
「よく聞きなさい。キミは口が悪い。そのため、余計に相手の怒りを買うのだ。オブラートに包むということを覚えなさい」
「わたくしの口が悪いのは存じております! ですが! 『無能なボームお兄様』というのをどうやってオブラートに包むのですか! わたくしには『お無能なボームお兄様』くらいしか思いつきませんわ!」
「ふむ? そうだな、その例だと『あまり有能ではないボームお兄様』、ではないか?」
「違いますわ! 『無能』と『あまり有能ではない』には大きな隔たりがあります! 『無能』は『無能』なのです!」
「だから、それがダメだと言っているんだ。いくら彼が無能でも、そんなにはっきり言ったら怒るに決まっている。もっと相手の身になって発言しなさい」
「嫌です! わたくし達はいわれのない罪を着せられたのですわ! そのような事をなさる方に、何故気をつかわなければならないの!」
「こらっ、話がすり替わっている。私が言いたいのは、無駄に相手を挑発するなということだ」
わたくしとリオン様が言い争っていると、ボームお兄様が雄叫びをお上げになります。
それに驚いて振り返ると、彼は真っ赤なお顔で、頬をヒクヒクさせながらわたくし達を指差しました。
「どいつもこいつもバカにしおって! ものども! あの背の高いヤツも一緒にやってしまえ!」
ああっ、リオン様がボームお兄様を無視してお説教など始めるものだから、彼はお怒りになってしまったではないですか!
彼の部下の方々は容赦なくこちらへ突撃してきます!
「こうなっては仕方ありません、やはりわたくしが攻撃魔術を……」
「それは危険だ。キミにはまだ早い、退きなさい」
リオン様は、わたくしを両手で持ち上げてヒョイと後ろへ押しやると、腰に差していた長い刀を抜き放ちました。
そして、まるで近所を散歩するような気軽さで、向かい来る大群に歩いて行かれるのです。
大群と衝突する瞬間、彼は無造作に刀をお振りになりました。
すると、ボームお兄様の部下の方々は彼の刀を受けて、家の庭からはじき出されていくのですわ。
次々とリオン様に襲いかかり、次々とリオン様に吹き飛ばされる部下の方々。
一人の男の方に大群があしらわれるという異常な光景を、ヨイチお兄様とトウカお兄様は目を丸くして眺めています。
わたくしも驚きました。
人というのはあんなに簡単に吹き飛ぶものなのですね!
やがて、全ての部下の方々を庭から追い出したリオン様。
口を開けたまま驚いているボームお兄様に向かっておっしゃいました。
「安心しろ。みね打ちだ」
あんな勢いで吹き飛ばされた上に地面に叩きつけられたら、みね打ちだろうとなんだろうと関係ない気もいたしますが……。
とにかくリオン様の活躍により、わたくしたちは助かったようですわ。
わたくしはリオン様に駆け寄ってはしゃぎます。
「見直しましたわ! リオン様は本当にお強いのね!」
「最初にそう言っただろう。やはり信じていなかったのか……」
わたくしがリオン様を褒め称えていると、突然ボームお兄様がお叫びになりました。
「油断大敵である! 喰らえぇい!」
拳を振り上げ殴りかかってきたボームお兄様。
そのお頭に、リオン様の刀がゴン、と叩きつけられました。
「不意打ちは黙ってやるものだ。叫べば相手に気づかれる……ん? 聞いていないな、気絶したようだ」
***
その後ヨイチお兄様とトウカお兄様は「リオン殿にぜひ稽古をつけてもらいたい!」と頼み込み、三人は広い河原へと移動なさりました。
私はといえば、家の前でお倒れになっているボームお兄様とその部下の方々をどう処理すべきか悩んでおりました。
すると、空から大きな飛竜に乗った男性が現れて、わたくしの家の前に降り立ったのです。
「ちわーす。配達率100%、安心と信頼の『飛竜便』でーす。お荷物お届けにあがりやしたー」
「あら、ご苦労様です」
「お荷物こちらに置いておきまーっす。あと、受取のサインお願いしまーす」
配達員さんは庭先に荷物を置き、わたくしに紙を差し出しました。
わたくしがそれにサインした時、名案が思い浮かびました。
「あっ、そうだわ。ここに倒れている方々って、『飛竜便』で運んでいただくことは可能でしょうか?」
「はぁい、できますよー。ただ、これだけの荷物ですし、ナマモノですから結構な料金になりやすが?」
「着払いでお願いします。お届け先は上級貴族なので大丈夫ですわ」
「了解でっす! では他の飛竜も連れてきますのでお待ちくださーい」
配達員さんは一度事業所へ帰り、今度は50ほどの飛竜を引き連れてわたくしの家にいらっしゃいました。
飛竜の群れが舞い降りてくるのを見て、近所の方々は驚いてらっしゃいました。
飛竜は他の竜族に比べてよく見かけるとは言え、このあたりに出る魔物など全く相手にならないほどの強さをお持ちです。
ですので、空が覆われるほどの飛竜の群れを見れば、驚くのも当然のことですわ。
配達員さんに指示された飛竜たちは、気を失っているボームお兄様とその部下の方々を、自分の背中に取り付けられている箱の中へ器用に放り込んでいきます。
ですが、あまりに荷物が多すぎたため、全ての箱がいっぱいになってしまいました。
「うーん、荷物もあと少ーしだけなのに入り切りませんね。ちょーっと押し込んでみても大丈夫っすか?」
そう言いながら、箱の中に入っていたボームお兄様をグイグイ押し込む配達員さん。
ですが、ボームお兄様は反発力が意外におありで、押し込むたびに箱の外へと飛び出しそうになるのです。
配達員さんは顔をしかめ、頭を掻きながら言いました。
「うーん、やっぱり駄目っすねー。往復しないと」
「飛竜さんの手やお口を使って運んでもらうのはどうでしょうか?」
「手はダメっすね。飛竜は飛ぶときに手でバランスを取っているのでー。口にくわえるのは大丈夫っすけど、お荷物汚れますよ?」
「大丈夫ですわ。もともと汚れているので」
「あはは、そーですよね。あっ、大事なお荷物のことを笑ったりして失礼しやした。そういうことでよろしければ飛竜にくわえさせてお運びいたしやーす」
ということで、全ての荷物をボームお兄様のお宅へお届けすることができそうです。
配達員さんの判断で、反発力があるボームお兄様は飛竜の口へくわえていただくことになりました。
配達員さんいわく「ボームを箱から出すことで別の荷物が二つ入るっす」とのことでした。
流石プロフェッショナルですわ。
そういったことも瞬時に判断できるのですね。
次回機会があったときも『飛竜便』にお願いいたしましょう。
「またのご利用お待ちしておりまーす」
飛竜の上から配達員さんが挨拶して、飛竜たちは飛び立っていきます。
***
夕焼けの空へ飛竜たちの群れが遠ざかってゆきます。
オレンジ色の大きな太陽に、飛竜たちの、はばたく翼の影。
それはノスタルジックな情感を、わたくしの心に引き起こします。
まるで、幼い頃に置き忘れてきたものを、思いがけずひろったかのよう……。
***
わたくしがその風景を見て切なくなっていると、
「うおっ!? なんだここは!? 何故私は飛んでいる! 何故私はくわえられておるのだ! 私は第9000王子ボームであるぞ! 降ろせ! 降ろして――」
と、偉そうな声が遠ざかってゆきます。
その声のせいで現実に引き戻されたわたくし。
はぁ、まったく。
わたくしは感傷に浸ることすら許されないのですね。
頭を振って気を取り直したわたくしは、配達員さんによって届けられ、庭先に置かれたままになっていた荷物を開封することにいたしました。
わたくしはそれを開封し、中をあらためて――笑い出しました。
「オホホホホ! 来た来た来た! 来ましたわ! 例のブツが来ましたわ!」