第九話 初めてのボス戦! ですわ
第9000王子のボームお兄様とその手下の方々を前にして、ヨイチお兄様、トウカお兄様は冷や汗をかきながら後ろに下がります。
ヨイチお兄様がボームお兄様に向かっておっしゃいました。
「まさかあんたが出張ってくるとはな。あんた、たしか異名を持ってるんだっけ? 『100の部下を持つ男』とかなんとかいう」
「その通りだ。部下たちの優秀な力を認められた私は、王位継承権下位の者たちの争いを収める権限を与えられているのであるぞ!」
と言って、ボームお兄様は胸を張りふんぞり返っていらっしゃいます。
まあっ、ボームお兄様が認められたわけではなくて、部下の方々の力が認められたのね!
ではボームお兄様自身はどうなのかしら?
役立たずなのかしら?
わたくしが考えていると、ボームお兄様はわたくしの存在に気づいたようですわ。
ビシリと指を差しておっしゃいます。
「そこにいるのは、最近騒ぎを起こしている第10000王女のサツキではないか! 貴様が働いた狼藉の数々も私の耳にまで届いておるぞ。まとめて成敗してくれる!」
それを聞いて、トウカお兄様はわたくしの方を向いておっしゃいます。
「ねえ、サツキ。キミ、何かやったの?」
「いえ、わたくしが何かやったというよりは、わたくしにお絡みになったお姉様が自滅なさっただけですわ」
「何だそれ。じゃあ、俺達と一緒で悪いことなんてしてないじゃねーか。おい、聞いただろボーム兄上殿よ! サツキは悪くねーし、オレたちだってこっちから仕掛けたことなんて一度もないぜ! その辺しっかり考慮しろよ!」
そのようにヨイチお兄様がおっしゃるとボームお兄様は、
「ふん、お前たちの意見など知ったことではないわ。それに目上の者に逆らうという行動自体が間違っておるのだ! 兄や姉たちの恨み、思い知れい! ものども、やってしまえ!」
ボームお兄様が手を振りかざしながらお叫びになると、彼の部下の方々は武器を構えます。
そして、隊列を組みながらジリジリと家の庭に侵入してきましたわ!
「おい、サツキ。俺達の後ろにいろ」
ヨイチお兄様とトウカお兄様はわたくしを守るようにして前に出ました。
そして、コソコソと二人で相談を始めます。
「ヨイチ、彼らはちょっと手ごわそうだ。それに数が多い」
「分かってんよ。最悪、サツキだけでも逃さないとな」
そんな! わたくしだけ逃げるなんてできませんわ!
「わたくしも戦いますわ!」
わたくしが手をあげて言うと、トウカお兄様は首を横に振っておっしゃいました。
「勇ましいのは結構だけど止めときなよ、淑女ならね。それにキミは攻撃魔術が撃てなかったじゃないか」
「いえ! 出来るようになりましたわ!」
あっ、ですがリオン様に『制御ができないうちは人に向けて攻撃魔術を撃つな。危険だ』と言われたばかりなのでしたわ。
今日言われたばかりのことを無視してしまったら、流石のリオン様も烈火の如くお怒りになるかもしれません。
それは避けたいところですわ。
それにわたくしも、人に向けて魔術を撃つのは抵抗感がありますし……。
わたくしが頬に手を当てて考えていると、
「無理すんなよ。おとなしくしとけって」
と、ヨイチお兄様が肩を叩いてくださいます。
「いえ、せめてお二人に補助魔術を掛けるくらいはさせてください。まだ慣れてないので、ちょっと爆発するかもしれませんが我慢してくださいな」
わたくしがそう言って魔術陣を描こうとすると、
「なんで補助魔術が爆発すんだよ! そんな補助魔術は存在しねー! おい、やめろ! コエーからやめろ!」
「まあ、ヨイチお兄様ったら遠慮なさらないで。きっと大丈夫ですわ」
わたくしは大げさに騒ぐヨイチお兄様を無視して、彼の体に魔術陣を描きました。
「大地の加護!」
わたくしが詠唱した瞬間、やはり爆発が起きました。
そしてヨイチお兄様を敵陣へと吹き飛ばしてしまいましたわ。
ボームお兄様の部下の方々は、足元へ突然飛んできたヨイチお兄様を見て戸惑ってらっしゃいます。
「ハッハッハ! 仲間割れか? ものども、遠慮はいらんぞ! その小僧をやってしまえ!」
ボームお兄様の命令で、部下の方々はヨイチお兄様に向かって武器を振り下ろします!
ですが、武器が彼の体に到達する前に、わたくしの掛けた大地の加護が攻撃を弾き返します。
カンカンカン! と音を立てて攻撃を弾き返したヨイチお兄様のお体に、部下の方々は驚いていらっしゃいますわ。
「攻撃は全然効いてねーけど、爆発が痛かった……」
ヨイチお兄様はブツブツ呟きながら、何ごともなかったのように立ち上がります。
それを見てトウカお兄様がおっしゃいました。
「すごい効果だね。あの魔術、僕にも掛けてよ」
「合点承知ですわ! 大地の加護!」
するとまたもや爆発が起き、吹き飛ばされるトウカお兄様。
ですが彼はおコケになるようなことはなく、爆発の勢いを上手に利用して敵陣へと突撃なさいました!
その中でトウカお兄様は暴れまわります。
規則正しく整列していた敵陣はたちまち乱れ、乱戦になりました。
「よっし、俺もやってやる!」
そうお叫びになったヨイチお兄様も剣を振りかざし、その乱戦のさなかへと飛び込んで行かれました。
***
ヨイチお兄様とトウカお兄様は善戦なさいましたわ。
その証拠に、わたくしの家の庭にはボームお兄様の部下の方々が、足の踏み場もないくらいお倒れになっているのですから。
ですが、部下の方々はいくらでも湧いて出てくるのです。
倒しても倒してもどこからか現れる部下の方々と戦ううちに、ヨイチお兄様とトウカお兄様は段々とお疲れになっていきます。
更にわたくしのかけた 大地の加護の効果も切れてしまいます。
防戦一方になっていくお二人。
ついには、わたくし達は庭の端へと追い詰められてしまうのでした。
追い詰められたわたくし達を見て、ボームお兄様はニヤリとします。
「私をここまで手こずらせたのは貴様らが初めてだぞ。褒めて遣わす」
結局ボームお兄様は何もしていないではありませんか……。
何故そんなに偉そうにできるのでしょうね?
「はあ、恐れ入りますわ……無能なボームお兄様には」
わたくしがボソリと呟くと、耳ざといボームお兄様は、
「なんだと! もう一度言ってみろ!」
とおっしゃるのですわ。
「はあ、恐れ入りますわ……無能なボームお兄様には」
と、もう一度言うと、やはりボームお兄様はお怒りになるのです。
「私のどこが無能か言ってみろ!」
「最初にご自分でおっしゃっていたではありませんか、『部下たちの優秀な力を認められた』と。部下の方々が優秀なだけで、ボームお兄様が優秀なワケではないのでしょう?」
「何を言っておる! 優秀な部下を持つ私が優秀でないわけがなかろう!」
「では、ボームお兄様は何が出来るのです? 先程から後ろの方で突っ立ってらっしゃるだけではありませんか」
「こ、これは、優秀な部下を取りまとめる者がいないと……」
「ですがボームお兄様は『ものども、やってしまえ!』としか命令しておりませんわ。そう言うだけならどのような無能でもできることですわ」
「こっ、この小娘がぁ! ものども、やってしまえ!」
やはりそのように命令をなさるボームお兄様は無能なのかしら?
一瞬考え込んでしまいそうになりましたが、それをじっくり考えている時間はありません。
ジワリジワリとボームお兄様の部下の方々が近寄ってくるのですから。
……あら? これはもしかして、絶体絶命のピンチというやつではないでしょうか?